架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

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撤収作戦

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「なんとかなったわい」

 阿武隈の艦橋から先立って離脱していく艦艇群を見ながら木村はほっとした。
 サイパン島の沿岸に切り込んだ木村率いる第二連合水雷戦隊が行ったのは撤収作戦だった。
 夜襲が下令されると同時に編成され木村はサイパン島へ向かって突進した。
 松型を中心とした一個水雷戦隊一六隻、一二隻が輸送隊に指定され各艦五〇〇名、六〇〇〇名をサイパンの浜辺、奪回した浜辺から脱出した。
 アスリート飛行場を占領され、拠点となる基地を失った基地航空隊の地上部隊、整備員や施設要員を救出した。
 宇垣率いる第二艦隊が米艦隊に襲いかかったのは木村達の撤収作業援護のためだった。
 ただ、サイパンの沿岸には敵の揚陸部隊とその護衛部隊がいる。
 迎撃にやってきた敵艦隊に対して木村は先頭を切って斬り込んだ。
 夜戦支援の金剛型戦艦の砲撃支援の元、敵の迎撃を突破、サイパンの沿岸にたどり着いた。
 すぐさま大発動艇を出し、沿岸に集まっていた将兵を収容、救出すると離脱した。
 彼らだけではない。作戦中止命令が出てすぐにテニアンとグアムからも脱出が始まっている。
 輸送第一〇〇一航空隊をはじめ輸送機部隊のみならず陸攻も胴体に搭乗できる限りの要員を乗せて飛んでいる。
 作戦参加は三〇〇機。一機二〇名として六〇〇〇名が空路で一度に脱出し、この夜以降も続けられた。

「成功出来て良かったわい」 

 験担ぎに阿武隈にしたが上手くいった。
 キスカ撤収作戦の時、阿武隈を旗艦にして突入し守備隊六〇〇〇名全員を救出することに成功したのだ。

「有賀の方はどうじゃ?」
「はい、無事に収容したとの事です」
「よし、さあ、帰投じゃ」
「はい」

 木村の声に部下は応えたがその声は昏かった。
 米軍機動部隊は健在であり夜が明ければ活動を再開する。
 そして自分たちは米軍の行動範囲内を航行している。
 夜が明ける前に行動圏内から脱出することは不可能だった。

「司令官、夜が明けます」

 見張りの報告と共に東側の空が明るくなり、日が昇ってきた。
 上空の視界は急速に広がり周囲がよく見えるようになる。
 つまり、敵からもよく見えるという事だ。
 まだマリアナからは十分に離れていない。
 数分後予想通りに米軍機が現れてきた。

「対空戦闘用意!」

 収容者をかき分けて乗員が配置に付く。
 上甲板にまで兵員を乗せたために重心が上がって操艦しにくい。
 作戦参加艦艇の半数が損傷もしくは撃沈されると軍令部は判断しており、生き残れるかどうかは運だ。
 機銃員は引き金を強く握った。
 上空から銃撃音が響き渡る。
 白い下面に日の丸を塗った機体が上空を駆け抜け青い米軍機へ攻撃する。

「味方だ!」

 テニアンとグアムに残った防空戦闘機隊だった。
 彼らにも撤退命令が出ていたが、脱出時間を少しでも稼ごうと残り、制空権を確保しようとしていた。
 さらに第一機動艦隊の装甲空母群からも艦上戦闘機が飛来し上空を警護する。

「ありがたい事じゃ」

 木村は感謝しているとフイに一機の機体が接近してきた。
 ミカ焚きと思われ発砲はしなかったがそれは間違いだった。
 日本軍の隙を突いて襲ってきた米軍のヘルダイバー急降下爆撃機が阿武隈へ爆弾を投下した。
 旗艦阿武隈はヘルダイバーによって被弾。
 木村少将は無事だったがマストに命中し通信機能が破壊された。
 そこへ米軍水上艦部隊が接近してくる。
 司令官からの指示が無くなったため日本側は混乱した。

「第五水雷戦隊に告ぐ」

 阿武隈からの通信が途絶えた後、無線から聞き覚えのある声が第三水雷戦隊に響いた。

「こちらは中部太平洋方面艦隊司令長官南雲忠一である。旗艦阿武隈の通信不能により臨時に指揮をとる。全艦単縦陣を形成せよ。左雷撃戦用意、距離二万で調整せよ。第四駆逐隊」

 一呼吸置いてから南雲は命じた。

「第四駆逐隊、敵艦隊へ向け突撃せよ。回避行動自由、我に続け。艦長取り舵一杯、突入せよ。砲術、手近な敵を撃て」
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