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佐久田の経歴
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佐久田は兵学校の頃から異端だった。
極度に合理性を求め、鉄拳制裁を無意味と公言し上級生であっても突っかかった。
そのため態度が悪いと評価が下がり、平凡な成績だった。
もし態度がよろしければ、恩賜の短刀組は確実だった、と当時の佐久田を知るもの達は残念がっている。
任官してからは、幸いにも懐の深い上官に恵まれ合理的な判断力を買われ、仕事を任される程に重宝され、海大へ入学を勧められた。
佐久田の才能は海大で花開く。
図上演習の時、赤軍、米軍を担当した際、開戦後三年程は一撃離脱に終始し日本へ攻めてくることはなかった。
だが、演習上の時間で三年後、日本海軍を倍以上凌駕する艦隊の建造を終えた時、ようやく侵攻を開始。漸減作戦で待ち構えていた日本海軍を圧殺し、日本を海上封鎖、餓死者を出させた後無条件降伏を突き付けた。
このやり方に大いに反発を受けたが当時教官だった小沢の取りなしと2.26事件が発生しその参謀として参加したことによりうやむやになった。
そして海大卒業の時に佐久田の将来を大きく変える論文を発表することになる。
ナポレオン戦争時代の英国の戦略を研究対象にした佐久田は、論文として『大陸複数陸軍国家擁立論』を書き上げた。
ナポレオン戦争において英国が熾烈にフランスに対抗したのは絶対王政体制を転覆させた革命を潰す事ではなく、ヨーロッパ大陸が単一の国家となり強大な超大国となる事を防ぎ、自国を存続させるためである。
英国はかつてから大陸の国家と争うときは他の大陸の国家と同盟し、戦ってきて勝利を収めた。
もし時代を経て、その同盟が崩れても、他の国家と同盟を、たとえかつての敵国とも組み強大な超大国が出来る事を防いだ。
先の世界大戦が熾烈を極めたのもドイツという巨大な力がヨーロッパを統一し英国の存続を脅かすのを防ぐためである。
故に、日本も支那大陸に中華民国を単一政権として認めるのではなく、傘下の複数の軍閥を独立国として認め、彼らに援助を行い、互いに牽制し合うように仕向けるのが日本の進むべき道である。
という内容の佐久田の論文は過激すぎた。
史実を元にしている、いやそれ故に問題だった。
そしてサイレントネイビー、政治に口を出さない海軍が、国家の方針、外交にまで口を挟むのは問題だった。
この論文を問題視された佐久田は卒業後、上海陸戦隊へ左遷された。
そのまま佐久田の経歴は終わりかと思われたが、第二次上海事変が勃発。
陸戦隊を率いて防衛する手柄を立てる。しかし海軍は黙殺し引き続き中国大陸勤務となり陸戦隊や河川砲艦、航空部隊の指揮官、幕僚を務めることになる。
そこで佐久田は艦隊決戦の幻想を打ち砕かれ総力戦の現実、果ての無い消耗戦の実体を刻みつけられる。
それでも佐久田の性格は直らず、むしろより公庫となった。
第二空襲部隊指揮官として恐怖を与え航空戦の威力を見せつけるべく重慶爆撃を命じた山口に当時参謀として配属された佐久田は費用対効果が無いと正面切って言った。
「6番――60キロ爆弾を重慶に落とすのに幾らかかるか知っていますか? 爆弾の代金だけでなく機体の購入、燃料、そして搭乗員の育成費。すべて合わせれば一発落とすのに千円はかかります。その出来た穴を連中は中華民国はどうしているか知っていますか? 一日50銭で苦力一人を雇って埋めるんです」
一方的な空爆だが、コストは敵の2000倍も掛かっている。
このような事例は多く20世紀後半の湾岸戦争でも2000万円のスカッドミサイルをアメリカは1億2000万円のパトリオットミサイルで迎撃するという不経済な戦争を強いられた。
21世紀担ったらさらに酷く、ほんの数十万円のドローンで億越えの戦車を破壊される事例さえ起きていた。
人命は大事だが血税を使った予算も大事に使う必要がある。
敵より戦費が多く必要となれば戦いが長引けば破産してしまう。
狂った経済学だが、戦争の現実だった。
「中国の2000倍の国力が日本になければ無意味な作戦です。やればやる程日本は戦費を中国以上に失います。恐怖を与えたと言いますがその効果はどれくらいですか? 数字で表して下さい。継戦意思の喪失と言いますが、南京を放棄してなお戦う連中の意思を砕いていますか? むしろ重慶の外国公館に被害が出ていて日本のイメージがだだ落ちです。直ちに止めるべきです」
人殺し多聞丸と言われていた山口に対しても佐久田は容赦しなかった。
そのため佐久田は中国戦線に残され、日米開戦が決定しマレー作戦を命じられ、南遣艦隊司令長官に任命された小沢が引き抜くまで続いた。
佐久田は南遣艦隊に引き抜かれると、中国戦線時代のコネを使い陸軍と折衝を行った。
そのため開戦劈頭のマレー作戦、その後の蘭印作戦は陸海軍合同作戦――しかも陸海軍の対立のため指揮の統一は出来ず、陸海軍それぞれが作戦を実行する状況で佐久田は上手く整合させ、作戦を成功へ導いた。
小沢が陸軍側、山下泰文、今村均両将軍と良好な関係もあったがマレー、蘭印の制圧が迅速に進んだのは佐久田の調整能力があった。
そして南雲部隊が第一次インド洋作戦に参加したとき、小沢の南遣艦隊はベンガル湾へ進出、通商破壊を行った。
龍壌一隻のみの配属だったが、積極的な航空偵察により連合国の商船の位置を発見し捕獲あるいは撃沈した。
そのうちの一隻の商船はシンガポールで改装され練習用空母として活用され機動部隊の搭乗員育成に使われた。
南雲部隊が引き上げた後も、小沢部隊はベンガル湾の通商破壊を続け、援蒋ルートを遮断した。
そのため連合国はアラビア海側のカラチから軽便鉄道をわざわざ敷設して運ぶ羽目になった。
しかし、海軍内では輸送船や商船ばかりの成果のため評価されなかった。
だが、佐久田はこの成功から、敵であるイギリス軍捕虜からの情報からイギリスの苦境を理解し、インド洋を制圧しイギリスを屈服させることを計画し、南雲機動部隊の再派遣を要請した。
しかし、実行されることはなかった。直後に起きたミッドウェー海戦により南雲機動部隊は壊滅したからだ。
極度に合理性を求め、鉄拳制裁を無意味と公言し上級生であっても突っかかった。
そのため態度が悪いと評価が下がり、平凡な成績だった。
もし態度がよろしければ、恩賜の短刀組は確実だった、と当時の佐久田を知るもの達は残念がっている。
任官してからは、幸いにも懐の深い上官に恵まれ合理的な判断力を買われ、仕事を任される程に重宝され、海大へ入学を勧められた。
佐久田の才能は海大で花開く。
図上演習の時、赤軍、米軍を担当した際、開戦後三年程は一撃離脱に終始し日本へ攻めてくることはなかった。
だが、演習上の時間で三年後、日本海軍を倍以上凌駕する艦隊の建造を終えた時、ようやく侵攻を開始。漸減作戦で待ち構えていた日本海軍を圧殺し、日本を海上封鎖、餓死者を出させた後無条件降伏を突き付けた。
このやり方に大いに反発を受けたが当時教官だった小沢の取りなしと2.26事件が発生しその参謀として参加したことによりうやむやになった。
そして海大卒業の時に佐久田の将来を大きく変える論文を発表することになる。
ナポレオン戦争時代の英国の戦略を研究対象にした佐久田は、論文として『大陸複数陸軍国家擁立論』を書き上げた。
ナポレオン戦争において英国が熾烈にフランスに対抗したのは絶対王政体制を転覆させた革命を潰す事ではなく、ヨーロッパ大陸が単一の国家となり強大な超大国となる事を防ぎ、自国を存続させるためである。
英国はかつてから大陸の国家と争うときは他の大陸の国家と同盟し、戦ってきて勝利を収めた。
もし時代を経て、その同盟が崩れても、他の国家と同盟を、たとえかつての敵国とも組み強大な超大国が出来る事を防いだ。
先の世界大戦が熾烈を極めたのもドイツという巨大な力がヨーロッパを統一し英国の存続を脅かすのを防ぐためである。
故に、日本も支那大陸に中華民国を単一政権として認めるのではなく、傘下の複数の軍閥を独立国として認め、彼らに援助を行い、互いに牽制し合うように仕向けるのが日本の進むべき道である。
という内容の佐久田の論文は過激すぎた。
史実を元にしている、いやそれ故に問題だった。
そしてサイレントネイビー、政治に口を出さない海軍が、国家の方針、外交にまで口を挟むのは問題だった。
この論文を問題視された佐久田は卒業後、上海陸戦隊へ左遷された。
そのまま佐久田の経歴は終わりかと思われたが、第二次上海事変が勃発。
陸戦隊を率いて防衛する手柄を立てる。しかし海軍は黙殺し引き続き中国大陸勤務となり陸戦隊や河川砲艦、航空部隊の指揮官、幕僚を務めることになる。
そこで佐久田は艦隊決戦の幻想を打ち砕かれ総力戦の現実、果ての無い消耗戦の実体を刻みつけられる。
それでも佐久田の性格は直らず、むしろより公庫となった。
第二空襲部隊指揮官として恐怖を与え航空戦の威力を見せつけるべく重慶爆撃を命じた山口に当時参謀として配属された佐久田は費用対効果が無いと正面切って言った。
「6番――60キロ爆弾を重慶に落とすのに幾らかかるか知っていますか? 爆弾の代金だけでなく機体の購入、燃料、そして搭乗員の育成費。すべて合わせれば一発落とすのに千円はかかります。その出来た穴を連中は中華民国はどうしているか知っていますか? 一日50銭で苦力一人を雇って埋めるんです」
一方的な空爆だが、コストは敵の2000倍も掛かっている。
このような事例は多く20世紀後半の湾岸戦争でも2000万円のスカッドミサイルをアメリカは1億2000万円のパトリオットミサイルで迎撃するという不経済な戦争を強いられた。
21世紀担ったらさらに酷く、ほんの数十万円のドローンで億越えの戦車を破壊される事例さえ起きていた。
人命は大事だが血税を使った予算も大事に使う必要がある。
敵より戦費が多く必要となれば戦いが長引けば破産してしまう。
狂った経済学だが、戦争の現実だった。
「中国の2000倍の国力が日本になければ無意味な作戦です。やればやる程日本は戦費を中国以上に失います。恐怖を与えたと言いますがその効果はどれくらいですか? 数字で表して下さい。継戦意思の喪失と言いますが、南京を放棄してなお戦う連中の意思を砕いていますか? むしろ重慶の外国公館に被害が出ていて日本のイメージがだだ落ちです。直ちに止めるべきです」
人殺し多聞丸と言われていた山口に対しても佐久田は容赦しなかった。
そのため佐久田は中国戦線に残され、日米開戦が決定しマレー作戦を命じられ、南遣艦隊司令長官に任命された小沢が引き抜くまで続いた。
佐久田は南遣艦隊に引き抜かれると、中国戦線時代のコネを使い陸軍と折衝を行った。
そのため開戦劈頭のマレー作戦、その後の蘭印作戦は陸海軍合同作戦――しかも陸海軍の対立のため指揮の統一は出来ず、陸海軍それぞれが作戦を実行する状況で佐久田は上手く整合させ、作戦を成功へ導いた。
小沢が陸軍側、山下泰文、今村均両将軍と良好な関係もあったがマレー、蘭印の制圧が迅速に進んだのは佐久田の調整能力があった。
そして南雲部隊が第一次インド洋作戦に参加したとき、小沢の南遣艦隊はベンガル湾へ進出、通商破壊を行った。
龍壌一隻のみの配属だったが、積極的な航空偵察により連合国の商船の位置を発見し捕獲あるいは撃沈した。
そのうちの一隻の商船はシンガポールで改装され練習用空母として活用され機動部隊の搭乗員育成に使われた。
南雲部隊が引き上げた後も、小沢部隊はベンガル湾の通商破壊を続け、援蒋ルートを遮断した。
そのため連合国はアラビア海側のカラチから軽便鉄道をわざわざ敷設して運ぶ羽目になった。
しかし、海軍内では輸送船や商船ばかりの成果のため評価されなかった。
だが、佐久田はこの成功から、敵であるイギリス軍捕虜からの情報からイギリスの苦境を理解し、インド洋を制圧しイギリスを屈服させることを計画し、南雲機動部隊の再派遣を要請した。
しかし、実行されることはなかった。直後に起きたミッドウェー海戦により南雲機動部隊は壊滅したからだ。
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