架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

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対空回避術

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 榛名の護衛にあたっていた雪風が敵機の間に入ってきた。
 雪風に雷撃コースを邪魔された雷撃機は、回避行動を行い、迂回していく。
 その間に榛名は回頭に成功し、雷撃コースから逃れた。

「雪風に助けられたか」

 榛名の護衛とはいえ、助けられると何か借りが出来たように思える。
 あとで雪風には酒を送っておこうと艦長は思った。
 雪風艦長の寺内は酒豪だし、部下の水雷長と機関長も酒好きだから、酒を送れば喜ぶはずだ。

「左舷より敵機接近!」

 艦長が考えている間にも、回り込んできた敵機が榛名の左舷に迫る。
 だが、雪風が守ってくれたお陰で今度は余裕があり、悠々対処出来る。

「面舵五! 見張員! 爆弾庫をよく見ておけ!」
「はっ」

 艦長は当て舵を取らせると共に敵機を監視させた。

「敵機爆弾庫を開きました!」
「面舵一杯!」

 爆弾庫から魚雷が落ちると同時に、榛名へ赤い光と白い航跡が迫ってくる。
 このまま艦底に向かうと思われたが、その寸前に榛名は右に大きく旋回した。
 榛名の横を、白い航跡が通過して行き、命中判定を免れた。

「舵戻せ……ふう」

 魚雷を避けられた事に艦長は小さく安堵する。

「右舷より敵機接近!」

 だが、見張の報告に固まった。
 すぐに右を見ると既に至近距離にまで接近し爆弾庫を開き、投下態勢に入っている。

「面舵一杯!」

 再び急速回頭させようとするが、遅かった。
 敵機は、榛名のすぐ横で魚雷を投下。
 そのまま主翼の日の丸を見せつけるように榛名上空を通過すると、魚雷の白い航跡も榛名の艦底を通過していった。

「判定官より命中判定です!」
「……艦長了解!」

 演習とはいえ、魚雷が命中したことに艦長は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
 艦を預かる身であり、艦長の能力は部下が自分を見る態度に直結する。特に敵に対処できる能力は彼らの生死に関わるだけにシビアだ。
 昨今の航空機の脅威が高まっている事に対して、海軍は各艦艇に航空攻撃からの回避行動に重点を置いている。
 対空砲火が米軍に比べて貧弱なこともあり、艦の動きで敵の爆弾魚雷を回避することが確実だとしている。
 対空砲の性能も数も揃わないための苦肉の策だが、効果は出ている。
 米軍機の脅威が高まる中、航空攻撃で沈んでいる大型艦は少なかった。
 畝に最前線に出ている駆逐艦は交戦回数が多いため、沈没艦が出ていたが、交戦回数の割に少ないように思える。
 だから艦長の操艦の腕が重視されている。
 回避行動を叩き込むための演習が艦隊規模で企画され、敵役を演じる専門の航空隊まで配置されている。
 急降下爆撃がほぼ自殺行為になったため、活躍の場が少なくなり、米軍の艦攻であるアヴェンジャーに似ている彗星を改造し、旧式の三六サンチ航空魚雷を演習用に改造した演習魚雷を使った実戦さながらの訓練を行っていた。
 今日はその演習であり艦長の実力を見せる絶好の機会だった。
 それが、魚雷命中判定となり面目は失われた。

「艦長! 右舷機関室浸水! 速力二三ノットに低下!」
「副長より報告! 機関室閉鎖! 水防作業実施中!」

 見張りの報告に艦長は、現実に引き戻された。

「見張を厳にしろ! 敵機を見落とすな!」
「はっ」

 悔やんでいる時間は無かった。
 まだ演習は続いている。
 損害を受けても艦を港に帰す義務が艦長にあるのだ。
 ミッドウェーで被弾した加賀は、強靱な防御力で沈没を回避し、日本で修理され戦列に復帰した。
 沈没しないように応急指揮を行うことも昨今の海軍に求められている事であり、被害を少なくするのも仕事だ。
 それに速力は低下しているが、榛名はまだまだ動ける。

「左舷より敵機接近!」
「取り舵五! 敵機は左にいる雪風に任せろ!」

 周囲を見て近くに居た雪風に対応を任せている間、榛名は回避行動を取る。
 味方を頼るのも、戦いの内だ。
 駆逐艦雪風が時間を稼いでいる間に榛名を立て直し回避行動を行った。

 この日の演習で榛名は魚雷を一本受けたと判定されたが、残りの魚雷、爆弾は回避。
 応急処置も成功し、良い成績で演習を終えた。
 艦長の面目は保たれ、この艦長なら生還できるという雰囲気が出来て艦内の士気も上がった。

 しかし、実戦でも同じように成果が発揮できるかどうか、生還出来るかどうかは、未知数だった。
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