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結衣のお母さん
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パンケーキのお店へ向かう道は、週末にしては思ったより空いていた。
純はハンドルを握りながら、一定のスピードで車を走らせている。信号待ちのたびに、少しずつ心も落ち着いていくのが分かった。
助手席の結衣は、窓の外を眺めながら鼻歌まじりにスマホをいじっている。
しばらく沈黙が続いたあと、純はふと、さっきの駐車場での出来事を思い出して口を開いた。
「ねえ、結衣ってさ……」
「ん?」
「昔、ヤンキーだったの?」
結衣は一瞬きょとんとしてから、思い切り吹き出した。
「違うよ!?なに急に!」
「だってさ」
純は前を見たまま、少しだけ口元を緩める。
「普通、女の子が『ぶん殴ってくる』なんて言わないでしょ」
結衣は「あー」と納得したように声を出し、少し考えてから言った。
「いや、それね……」
「うちの家では、普通だったの」
「普通?」
「そう。お母さんがね、よく言ってた」
純は思わず聞き返す。
「よく?」
結衣は指を折りながら、当たり前みたいな口調で言う。
「『宿題しないとぶん殴るよ』とか、
『言うこと聞かないとぶん殴るからね』とか」
「……それ、普通じゃないと思う」
純が即座に突っ込むと、結衣はケラケラ笑った。
「でしょ?大人になってから気づいた」
ハンドルを握る純の肩が、小さく揺れる。
「じゃあさ……」
少し間を置いてから、冗談めかして言った。
「結衣のお母さんが、ヤンキーだったんじゃない?」
結衣は一瞬、真顔になり――
次の瞬間、吹き出した。
「……多分、そうかも?」
「やっぱり!」
「だってさ、言葉遣い荒いし、短気だし、昔の写真見ると髪も派手だったし」
「それ完全にヤンキーだよ」
二人の笑い声が、車内に広がる。
「でもね」
結衣は笑いながら続ける。
「本当に殴られたことは一回もないよ。
言葉だけ、めちゃくちゃ怖いだけ」
「それもそれで怖いけどね」
「でしょ?」
また二人で笑う。
さっきまで胸の奥に残っていた重たい感情が、少しずつ軽くなっていくのを、純ははっきり感じていた。
「……ありがと、結衣」
前を向いたまま、ぽつりと純が言う。
「何が?」
「さっきさ。
私が何も言わなくても、空気変えてくれたでしょ」
結衣は一瞬黙ってから、照れたように言った。
「別に。
パンケーキ食べたかっただけ」
「絶対嘘」
「うるさい」
そう言いながらも、結衣の声は優しかった。
信号が青に変わり、純はゆっくりアクセルを踏む。
「……女の子同士って、いいね」
純がそう言うと、結衣は少し驚いたようにこちらを見る。
「何それ、急に」
「なんとなく」
誰かを疑って、誰かを守ろうとして、
それでも最後は笑い話にできる。
「まあね」
結衣はシートに深く座り直して言った。
「困った時は、殴る前にパンケーキだよ」
「順番おかしくない?」
「うちの母親基準だから」
また二人で声を上げて笑った。
車は郊外の道を進み、
甘い匂いが漂ってきそうな方向へと向かっていく。
純はハンドルを握りながら思った。
――今は、これでいい。
信じることも、距離を取ることも、
笑って話せる友達がいることも。
全部ひっくるめて、今の自分なんだと。
そう思いながら、純はパンケーキ屋の看板が見える交差点を、ゆっくりと曲がった。
純はハンドルを握りながら、一定のスピードで車を走らせている。信号待ちのたびに、少しずつ心も落ち着いていくのが分かった。
助手席の結衣は、窓の外を眺めながら鼻歌まじりにスマホをいじっている。
しばらく沈黙が続いたあと、純はふと、さっきの駐車場での出来事を思い出して口を開いた。
「ねえ、結衣ってさ……」
「ん?」
「昔、ヤンキーだったの?」
結衣は一瞬きょとんとしてから、思い切り吹き出した。
「違うよ!?なに急に!」
「だってさ」
純は前を見たまま、少しだけ口元を緩める。
「普通、女の子が『ぶん殴ってくる』なんて言わないでしょ」
結衣は「あー」と納得したように声を出し、少し考えてから言った。
「いや、それね……」
「うちの家では、普通だったの」
「普通?」
「そう。お母さんがね、よく言ってた」
純は思わず聞き返す。
「よく?」
結衣は指を折りながら、当たり前みたいな口調で言う。
「『宿題しないとぶん殴るよ』とか、
『言うこと聞かないとぶん殴るからね』とか」
「……それ、普通じゃないと思う」
純が即座に突っ込むと、結衣はケラケラ笑った。
「でしょ?大人になってから気づいた」
ハンドルを握る純の肩が、小さく揺れる。
「じゃあさ……」
少し間を置いてから、冗談めかして言った。
「結衣のお母さんが、ヤンキーだったんじゃない?」
結衣は一瞬、真顔になり――
次の瞬間、吹き出した。
「……多分、そうかも?」
「やっぱり!」
「だってさ、言葉遣い荒いし、短気だし、昔の写真見ると髪も派手だったし」
「それ完全にヤンキーだよ」
二人の笑い声が、車内に広がる。
「でもね」
結衣は笑いながら続ける。
「本当に殴られたことは一回もないよ。
言葉だけ、めちゃくちゃ怖いだけ」
「それもそれで怖いけどね」
「でしょ?」
また二人で笑う。
さっきまで胸の奥に残っていた重たい感情が、少しずつ軽くなっていくのを、純ははっきり感じていた。
「……ありがと、結衣」
前を向いたまま、ぽつりと純が言う。
「何が?」
「さっきさ。
私が何も言わなくても、空気変えてくれたでしょ」
結衣は一瞬黙ってから、照れたように言った。
「別に。
パンケーキ食べたかっただけ」
「絶対嘘」
「うるさい」
そう言いながらも、結衣の声は優しかった。
信号が青に変わり、純はゆっくりアクセルを踏む。
「……女の子同士って、いいね」
純がそう言うと、結衣は少し驚いたようにこちらを見る。
「何それ、急に」
「なんとなく」
誰かを疑って、誰かを守ろうとして、
それでも最後は笑い話にできる。
「まあね」
結衣はシートに深く座り直して言った。
「困った時は、殴る前にパンケーキだよ」
「順番おかしくない?」
「うちの母親基準だから」
また二人で声を上げて笑った。
車は郊外の道を進み、
甘い匂いが漂ってきそうな方向へと向かっていく。
純はハンドルを握りながら思った。
――今は、これでいい。
信じることも、距離を取ることも、
笑って話せる友達がいることも。
全部ひっくるめて、今の自分なんだと。
そう思いながら、純はパンケーキ屋の看板が見える交差点を、ゆっくりと曲がった。
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