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結衣の実家へ
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ふわふわのパンケーキに、たっぷりの生クリーム。フォークを入れるたびに、甘い香りがふわっと立ち上る。
純と結衣は向かい合って座り、最初の一口を同時に口に運んだ。
「……美味しい」
純が思わずそう呟くと、結衣も満足そうに頷いた。
「でしょ?ここ当たりなんだよ」
しばらくは無言で食べ進める。甘さが身体に染み込んでいく感じがして、純の心まで緩んでいった。
結衣はコーヒーを一口飲んでから、ふと思い出したように言った。
「ねえ、純」
「なに?」
「私の実家、この近くなんだよね」
「え、そうなの?」
「車だと二十分くらいかな」
結衣はニヤッと笑い、少し身を乗り出す。
「お母さんの“ぶん殴る”を、生で聞きたくない?」
一瞬、純はきょとんとしたあと、吹き出した。
「なにそれ」
「伝説の口癖」
「……聞きたい」
純は即答だった。
「聞きたいよ、結衣のお母さんの生ぶん殴る。
さっきから気になってたし」
結衣は満足そうに頷く。
「よし、決まりね」
パンケーキを食べ終えると、二人は店を出て車に戻った。
今度は結衣が運転席に座り、エンジンをかける。
「じゃ、行きますか」
「お願いします」
車が走り出し、郊外の道を進んでいく。
さっきまでの甘い匂いが、少しずつ外の空気に変わっていく。
結衣はハンドルを握りながら、突然言った。
「これってさぁ……」
「うん?」
「母さんの口癖懐かし車乗り 純と一緒にぶん殴るを聞きに行く」
妙に抑揚をつけて、結衣が言う。
純は一瞬考えてから、目を丸くした。
「……石川啄木だっけ?」
結衣は驚いたように純を見る。
「そう!!」
「やっぱり」
「よく分かったね!」
「なんかそれっぽかったから」
純がそう言うと、結衣は大笑いした。
「なにそれ、即興短歌だよ?」
「でもさ」
純も笑いながら言う。
「面白いね。結衣って文学少女だったんだ」
「やめてよ、柄じゃない」
「いや、今のは完全に文学少女だよ、」
「違うって!」
二人の笑い声が、車内に響く。
「でもさ」
結衣は少し照れたように続ける。
「こうやって言葉遊びするの、嫌いじゃないんだよね」
「分かる」
純は頷いた。
「何気ないことを、ちょっと面白くする感じ」
「そうそう」
信号で車が止まり、結衣は前を見たまま言った。
「純といるとさ、変に気を使わなくていい」
「私も」
純は静かに答える。
「女の子同士って、こういう時間がいいんだなって思う」
「でしょ?」
車は再び走り出す。
「もうすぐ着くよ」
「ちょっと緊張するな……」
「大丈夫」
結衣は笑って言った。
「本当にぶん殴られることはないし口だけだから」
「それもそれで怖いけど」
そう言って、二人はまた笑った。
これから聞くであろう“生ぶっ飛ばす”を想像しながら、
純は思った。
――今日は、きっと忘れられない一日になる。
そんな予感を胸に、車は結衣の実家へと向かっていった。
純と結衣は向かい合って座り、最初の一口を同時に口に運んだ。
「……美味しい」
純が思わずそう呟くと、結衣も満足そうに頷いた。
「でしょ?ここ当たりなんだよ」
しばらくは無言で食べ進める。甘さが身体に染み込んでいく感じがして、純の心まで緩んでいった。
結衣はコーヒーを一口飲んでから、ふと思い出したように言った。
「ねえ、純」
「なに?」
「私の実家、この近くなんだよね」
「え、そうなの?」
「車だと二十分くらいかな」
結衣はニヤッと笑い、少し身を乗り出す。
「お母さんの“ぶん殴る”を、生で聞きたくない?」
一瞬、純はきょとんとしたあと、吹き出した。
「なにそれ」
「伝説の口癖」
「……聞きたい」
純は即答だった。
「聞きたいよ、結衣のお母さんの生ぶん殴る。
さっきから気になってたし」
結衣は満足そうに頷く。
「よし、決まりね」
パンケーキを食べ終えると、二人は店を出て車に戻った。
今度は結衣が運転席に座り、エンジンをかける。
「じゃ、行きますか」
「お願いします」
車が走り出し、郊外の道を進んでいく。
さっきまでの甘い匂いが、少しずつ外の空気に変わっていく。
結衣はハンドルを握りながら、突然言った。
「これってさぁ……」
「うん?」
「母さんの口癖懐かし車乗り 純と一緒にぶん殴るを聞きに行く」
妙に抑揚をつけて、結衣が言う。
純は一瞬考えてから、目を丸くした。
「……石川啄木だっけ?」
結衣は驚いたように純を見る。
「そう!!」
「やっぱり」
「よく分かったね!」
「なんかそれっぽかったから」
純がそう言うと、結衣は大笑いした。
「なにそれ、即興短歌だよ?」
「でもさ」
純も笑いながら言う。
「面白いね。結衣って文学少女だったんだ」
「やめてよ、柄じゃない」
「いや、今のは完全に文学少女だよ、」
「違うって!」
二人の笑い声が、車内に響く。
「でもさ」
結衣は少し照れたように続ける。
「こうやって言葉遊びするの、嫌いじゃないんだよね」
「分かる」
純は頷いた。
「何気ないことを、ちょっと面白くする感じ」
「そうそう」
信号で車が止まり、結衣は前を見たまま言った。
「純といるとさ、変に気を使わなくていい」
「私も」
純は静かに答える。
「女の子同士って、こういう時間がいいんだなって思う」
「でしょ?」
車は再び走り出す。
「もうすぐ着くよ」
「ちょっと緊張するな……」
「大丈夫」
結衣は笑って言った。
「本当にぶん殴られることはないし口だけだから」
「それもそれで怖いけど」
そう言って、二人はまた笑った。
これから聞くであろう“生ぶっ飛ばす”を想像しながら、
純は思った。
――今日は、きっと忘れられない一日になる。
そんな予感を胸に、車は結衣の実家へと向かっていった。
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