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母の生ぶん殴る
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結衣の実家は、落ち着いた住宅街の一角にあった。
低めの塀に囲まれた一軒家で、玄関先には季節の花がきれいに並んでいる。
車を降りると、結衣は慣れた足取りで玄関へ向かい、ドアを開けた。
「お母さん、ただいま!」
少し間をおいて、奥からぱたぱたと足音がする。
「おかえり、結衣。……あら?急にどうしたの?」
エプロン姿で現れたのは、結衣の母・美由紀だった。
年齢より若く見え、きりっとした目元が結衣によく似ている。
「お母さんに会いたくなったんだ」
結衣が何でもないことのように言うと、美由紀は一瞬驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「なにそれ、珍しい」
その横で、純は少し緊張しながら頭を下げる。
「こんにちは。結衣さんと一緒に来ました。
私も……お母さんに会いたくて」
純の言葉に、美由紀は目を細めた。
「まあ、そうなの?
遠いところありがとうね」
そして、軽く顎で家の中を示す。
「立ち話もなんだし、上がって。
お茶でも飲んでいきなさい」
リビングは明るく、どこか生活感のある、落ち着く空間だった。
ソファに座ると、美由紀がコーヒーを運んでくる。
「どうぞ。砂糖とミルクは好きにして」
「ありがとうございます」
純はカップを両手で包み、香りを楽しんだ。
結衣はすでにくつろいだ様子でソファに深く腰掛けている。
少し世間話をしたあと、結衣が突然、にやっと笑った。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「ぶん殴るって言ってみてよ」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
美由紀は眉をひそめる。
「何よ突然。どうしたの?」
「いいから。早く言ってよ」
「はあ?」
純は思わずコーヒーを吹きそうになるのをこらえた。
「何でそんなこと言わなきゃいけないのよ。
意味が分からないわ」
美由紀は呆れたようにため息をつく。
それでも結衣は引かない。
「いいからいいから。
ほら、昔よく言ってたでしょ?」
「言ってないわよ、そんな……」
「言ってたって!
ぶん殴るって!」
「しつこいわね!」
美由紀の声が少し大きくなる。
「ぶん殴るって言ってよ!」
「だから、何でよ!」
そのやり取りを見ながら、純は笑いを必死でこらえていた。
――これが、生ぶん殴る……。
そしてついに、美由紀が堪忍袋の緒を切らした。
「結衣、いい加減にしないと……」
一瞬の間。
「……ぶん殴るわよ!」
言ってしまった。
静寂。
次の瞬間――
「言ったー!!」
結衣がソファから飛び上がる。
「今の聞いた!?
生ぶん殴るだよ!!」
結衣は大喜びで拍手をし、純の方を見る。
「ね!?聞いたよね!?」
「うん……聞いた……」
純はとうとう吹き出した。
「ふふっ……本当に……」
二人は顔を見合わせ、同時に笑い出す。
「ちょっと、何なのよあんたたち!」
美由紀は頬を赤くして腕を組む。
「人をからかって楽しい?」
「楽しい!」
結衣は即答だった。
「懐かしかったし!」
「もう……」
美由紀は呆れながらも、どこか照れたように笑った。
「まったく、変な娘ね」
その様子を見て、純は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
――なるほど。
結衣がああいう人なの、ちょっと分かる気がする。
コーヒーの香りと、笑い声に包まれたリビングで、
純は心から思った。
今日は来てよかった、と。
低めの塀に囲まれた一軒家で、玄関先には季節の花がきれいに並んでいる。
車を降りると、結衣は慣れた足取りで玄関へ向かい、ドアを開けた。
「お母さん、ただいま!」
少し間をおいて、奥からぱたぱたと足音がする。
「おかえり、結衣。……あら?急にどうしたの?」
エプロン姿で現れたのは、結衣の母・美由紀だった。
年齢より若く見え、きりっとした目元が結衣によく似ている。
「お母さんに会いたくなったんだ」
結衣が何でもないことのように言うと、美由紀は一瞬驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「なにそれ、珍しい」
その横で、純は少し緊張しながら頭を下げる。
「こんにちは。結衣さんと一緒に来ました。
私も……お母さんに会いたくて」
純の言葉に、美由紀は目を細めた。
「まあ、そうなの?
遠いところありがとうね」
そして、軽く顎で家の中を示す。
「立ち話もなんだし、上がって。
お茶でも飲んでいきなさい」
リビングは明るく、どこか生活感のある、落ち着く空間だった。
ソファに座ると、美由紀がコーヒーを運んでくる。
「どうぞ。砂糖とミルクは好きにして」
「ありがとうございます」
純はカップを両手で包み、香りを楽しんだ。
結衣はすでにくつろいだ様子でソファに深く腰掛けている。
少し世間話をしたあと、結衣が突然、にやっと笑った。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「ぶん殴るって言ってみてよ」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
美由紀は眉をひそめる。
「何よ突然。どうしたの?」
「いいから。早く言ってよ」
「はあ?」
純は思わずコーヒーを吹きそうになるのをこらえた。
「何でそんなこと言わなきゃいけないのよ。
意味が分からないわ」
美由紀は呆れたようにため息をつく。
それでも結衣は引かない。
「いいからいいから。
ほら、昔よく言ってたでしょ?」
「言ってないわよ、そんな……」
「言ってたって!
ぶん殴るって!」
「しつこいわね!」
美由紀の声が少し大きくなる。
「ぶん殴るって言ってよ!」
「だから、何でよ!」
そのやり取りを見ながら、純は笑いを必死でこらえていた。
――これが、生ぶん殴る……。
そしてついに、美由紀が堪忍袋の緒を切らした。
「結衣、いい加減にしないと……」
一瞬の間。
「……ぶん殴るわよ!」
言ってしまった。
静寂。
次の瞬間――
「言ったー!!」
結衣がソファから飛び上がる。
「今の聞いた!?
生ぶん殴るだよ!!」
結衣は大喜びで拍手をし、純の方を見る。
「ね!?聞いたよね!?」
「うん……聞いた……」
純はとうとう吹き出した。
「ふふっ……本当に……」
二人は顔を見合わせ、同時に笑い出す。
「ちょっと、何なのよあんたたち!」
美由紀は頬を赤くして腕を組む。
「人をからかって楽しい?」
「楽しい!」
結衣は即答だった。
「懐かしかったし!」
「もう……」
美由紀は呆れながらも、どこか照れたように笑った。
「まったく、変な娘ね」
その様子を見て、純は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
――なるほど。
結衣がああいう人なの、ちょっと分かる気がする。
コーヒーの香りと、笑い声に包まれたリビングで、
純は心から思った。
今日は来てよかった、と。
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