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短歌のオマージュ
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夕食の準備が整うまでの少しの時間、三人はリビングでそれぞれ思い思いに寛いでいた。
テレビはついているものの、誰も真剣には見ていない。
コーヒーの香りと、夕方の柔らかな光が部屋を満たしている。
純はソファに座りながら、膝の上に置いたスマホを眺めていたが、ふと思いついたように顔を上げた。
「あの……お母さん」
「なに?」
キッチンとの境目にあるカウンター越しに、美由紀が振り返る。
純は少し照れたように微笑んでから、ゆっくりと言った。
「この短歌、どう思いますか?」
「短歌?」
結衣も反応して身を乗り出す。
純は一度息を整え、はっきりと詠んだ。
「――
母さんの口癖懐かし車乗り
純と一緒にぶん殴るを聞きに行く」
一瞬の静寂。
それから、美由紀が目を細めた。
「……石川啄木のオマージュ?」
その声には、驚きと感心が混じっていた。
「はい」
純は頷く。
美由紀は腕を組み、少し考える素振りをしてから純を見る。
「これ、純ちゃんが作ったの?」
「いえ」
純は首を振り、すぐ隣に座る結衣を指さした。
「結衣です」
「えっ」
結衣が目を丸くする。
「ちょ、ちょっと純、急に振らないでよ」
だが、美由紀はその反応を無視して、娘をじっと見つめた。
「結衣……」
間があってから、にやりと笑う。
「あんた、なかなかやるじゃない!」
「え?」
「このアレンジ、上手いわよ」
美由紀は声を弾ませた。
「元歌の雰囲気をちゃんと残してるし、
“ぶん殴る”を入れる勇気も評価できる」
「そこ!?」
結衣が思わず突っ込む。
「そこよ」
美由紀は真顔で頷く。
「日常の言葉を入れてこそ、生活短歌なんだから」
そして、両手を軽く叩いた。
「よし、決めた」
「なにを?」
結衣が警戒する。
美由紀は胸を張って宣言した。
「結衣、あんたに――
お母さん大臣賞をあげるわ!」
「……は?」
一拍遅れて、結衣の顔がぱっと明るくなる。
「やったー!!」
ソファから立ち上がり、両手を上げて喜ぶ。
「人生初の大臣賞だよ!」
「どこの大臣よ」
と笑いながら突っ込みつつも、美由紀はどこか誇らしそうだった。
純はその光景を見て、胸の奥がじんと温かくなるのを感じていた。
――家族の会話って、こういうものなんだな。
言葉を遊び、笑い合い、誰かの才能を見つけては、少し大げさに褒める。
それだけのことが、こんなにも心を満たす。
「純ちゃん」
美由紀がふと優しい声で呼ぶ。
「はい」
「また面白いの思いついたら、どんどん言ってね」
「はい、ありがとうございます」
その返事をしながら、純は思った。
――もし拓也がこの場にいたら、どんな顔をするだろう。
きっと照れながらも、静かに笑うに違いない。
そんな想像を胸に浮かべながら、
純は、今この時間がとても大切なものだと、はっきりと感じていた。
テレビはついているものの、誰も真剣には見ていない。
コーヒーの香りと、夕方の柔らかな光が部屋を満たしている。
純はソファに座りながら、膝の上に置いたスマホを眺めていたが、ふと思いついたように顔を上げた。
「あの……お母さん」
「なに?」
キッチンとの境目にあるカウンター越しに、美由紀が振り返る。
純は少し照れたように微笑んでから、ゆっくりと言った。
「この短歌、どう思いますか?」
「短歌?」
結衣も反応して身を乗り出す。
純は一度息を整え、はっきりと詠んだ。
「――
母さんの口癖懐かし車乗り
純と一緒にぶん殴るを聞きに行く」
一瞬の静寂。
それから、美由紀が目を細めた。
「……石川啄木のオマージュ?」
その声には、驚きと感心が混じっていた。
「はい」
純は頷く。
美由紀は腕を組み、少し考える素振りをしてから純を見る。
「これ、純ちゃんが作ったの?」
「いえ」
純は首を振り、すぐ隣に座る結衣を指さした。
「結衣です」
「えっ」
結衣が目を丸くする。
「ちょ、ちょっと純、急に振らないでよ」
だが、美由紀はその反応を無視して、娘をじっと見つめた。
「結衣……」
間があってから、にやりと笑う。
「あんた、なかなかやるじゃない!」
「え?」
「このアレンジ、上手いわよ」
美由紀は声を弾ませた。
「元歌の雰囲気をちゃんと残してるし、
“ぶん殴る”を入れる勇気も評価できる」
「そこ!?」
結衣が思わず突っ込む。
「そこよ」
美由紀は真顔で頷く。
「日常の言葉を入れてこそ、生活短歌なんだから」
そして、両手を軽く叩いた。
「よし、決めた」
「なにを?」
結衣が警戒する。
美由紀は胸を張って宣言した。
「結衣、あんたに――
お母さん大臣賞をあげるわ!」
「……は?」
一拍遅れて、結衣の顔がぱっと明るくなる。
「やったー!!」
ソファから立ち上がり、両手を上げて喜ぶ。
「人生初の大臣賞だよ!」
「どこの大臣よ」
と笑いながら突っ込みつつも、美由紀はどこか誇らしそうだった。
純はその光景を見て、胸の奥がじんと温かくなるのを感じていた。
――家族の会話って、こういうものなんだな。
言葉を遊び、笑い合い、誰かの才能を見つけては、少し大げさに褒める。
それだけのことが、こんなにも心を満たす。
「純ちゃん」
美由紀がふと優しい声で呼ぶ。
「はい」
「また面白いの思いついたら、どんどん言ってね」
「はい、ありがとうございます」
その返事をしながら、純は思った。
――もし拓也がこの場にいたら、どんな顔をするだろう。
きっと照れながらも、静かに笑うに違いない。
そんな想像を胸に浮かべながら、
純は、今この時間がとても大切なものだと、はっきりと感じていた。
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