性転換をするツボ

廣瀬純七

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背中の秘孔

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土曜の夜、外は春の雨がしとしとと降っていた。窓の外に滲む街灯の光が、リビングの床にやわらかく映り込んでいる。新婚夫婦の中村雄太と美紀は、食後のまったりとした時間を過ごしていた。部屋の隅ではアロマディフューザーが静かに蒸気を吐き、柑橘系の香りが空気を包んでいる。

「今週もお疲れさま、雄太くん」
「うん、美紀もね。肩こりひどくない?」

そんな会話のあと、二人はいつものように交代でマッサージを始めた。仕事で疲れた体を、手のひらのぬくもりで癒す――それが二人の間にできた、ささやかな週末の儀式だった。雄太はTシャツを脱ぎ、ソファにうつ伏せになる。美紀は背中にバームを塗りながら、丁寧に指を滑らせていく。

「ここのコリ、先週よりひどくなってるかも」
「会議づめだったしなぁ。ずっと座りっぱなしでさ」

やがて、美紀の指が止まり、スマホを手に取った。「ねえ、ちょっと面白いの見つけちゃった」と画面を見せてくる。タイトルにはこう書かれていた。

**『背中にある“性転換のツボ”――東洋医学の謎』**

「なにそれ、都市伝説でしょ?」雄太は笑った。
「うん、私も最初はネタかと思ったんだけど、コメント欄がめちゃくちゃ盛り上がってるのよ。“本当に変わった”とか、“戻れなくなった”とか」

眉をひそめる雄太をよそに、美紀はすっかり面白がっていた。「どうせなら押してみよっか?試してみる分にはタダだし」

「はいはい、どーぞ。押したら明日から女性になるかもよ?」

冗談交じりの軽口を交わしながら、美紀はスマホの図を見て、慎重に背中の一点に親指を当てた。その場所は肩甲骨と背骨の間、指先がじんわりと沈み込むツボのような感触がある。

「じゃあ……いきますよ、えいっ」

ごく普通の指圧の感覚だった。特に痺れも、痛みも、変わった感触もない。ただ、美紀の手が離れた瞬間、雄太は一瞬、背筋に冷たい風が通り抜けたような感覚を覚えた。

「……今、なんか変な感じがしたかも」
「マジで?うそ、効いたのかな?」美紀が目を丸くする。

だがその夜は、何事もなく更けていった。二人はベッドにもぐり、軽く手をつなぎながら眠りについた。

そして翌朝。
雄太が目を覚ました瞬間、違和感が全身を包み込んだ。

自分の体が、いつものそれとは明らかに違う。手足は細くなり、胸元には明らかなふくらみがある。声を出そうとすると、喉からは高く柔らかな声が漏れた。

「……な、なにこれ……!?」

ベッドの隣で眠っていた美紀が目を開け、そして絶叫した。

「ゆ、雄太くん!?えっ、だれ……えっ……ウソでしょ……!?」

鏡の中には、見覚えのない、けれどどこか雄太の面影を残した一人の女性が立っていた――。
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