性転換をするツボ

廣瀬純七

文字の大きさ
6 / 9

鏡の中の私

しおりを挟む
休日の朝、リビングのテーブルに並ぶのはパンケーキとカフェオレ。そして、美紀の意味深な笑顔だった。

「ねえ雄太、今日はちょっと私に付き合ってよ」

「え? なにかあんの?」

「ふふ、メイクの練習台になってもらおうと思って」

「……俺が?」

「うん、あなたの顔って、骨格的にすごく整ってるから、絶対映えると思うの。もったいないよ、このままノーメイクとか!」

「いやいや、俺男だぞ?」

「今は女の子の顔してるでしょ? 鏡見てみなって」

渋々鏡の前に座らされ、チークブラシやアイシャドウパレットがずらりと並べられる。美紀はノリノリで、ヘアピンで前髪を留めながら唇を尖らせた。

「ほら、力抜いて。怖がることないから。大丈夫、男の頃よりイケてるから!」

「それ慰めになってねぇ……」

ちょっと不満げな声を出しながらも、雄太はおとなしく目を閉じた。

美紀の指先が肌の上を滑るたびに、くすぐったくて妙な気分になる。まるで自分じゃない誰かになっていくようで――でも、嫌ではなかった。

アイライン、まつ毛、リップ……そして髪をゆるく巻いて、最後にレースのある淡いブルーのドレスを手渡される。

「え、これ着んの?」

「うん。せっかくだし、全身見なきゃ完成しないでしょ?」

渋々ながらも着替えを終えて、ドレッサーの前に戻る。
美紀が、口元を手で覆って小さく声を漏らした。

「……ヤバいよ! 雄太、ビックリするくらい綺麗なんだけど!」

「は……?」

「ちょっと、こっち来て。姿見の前立ってみて!」

言われるまま、全身鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、見覚えのない――だけど確かに“自分”の顔だった。

艶のあるピンクのリップ、繊細に陰影を描かれた目元、わずかに赤みを帯びた頬。そして、ウエストを締めたドレスが引き立てる女性らしいライン。

「……これ、俺?」

声が、ほんの少し震えた。
鏡の中の“彼女”は、見知らぬ誰かのようでいて、それでいて確かに心の奥のどこかに馴染んでいた。

「やっぱりね。あなた、もともと中性的な顔してたけど、メイクとドレスで一気に花開いたって感じ」

美紀は後ろからそっと雄太の肩に手を置いて、鏡越しに微笑んだ。

「……ほんと、ちょっと悔しいくらい綺麗。私、彼氏と女装趣味のある彼女を見てる気分だわ」

「なんだそれ……」

恥ずかしさと、照れと、少しの高揚が入り混じって、雄太の頬はほんのり染まっていた。

「でも、ありがとうな、美紀。……なんか、少し自信ついたかも」

「うん。どんな姿でも、あなたはあなた。そう思えるようになってきた?」

「ちょっとずつ、な」

美紀は優しく頷いて、手を伸ばし、雄太の指先をそっと取った。

「次は、外に出てみよっか。綺麗なあなたを、世界に見せてあげたいな」

雄太は目を丸くしたが、その提案を、なぜかすぐには否定できなかった。

鏡の中の“彼女”が、微笑んでいた気がした。


---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...