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鏡の中の私
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休日の朝、リビングのテーブルに並ぶのはパンケーキとカフェオレ。そして、美紀の意味深な笑顔だった。
「ねえ雄太、今日はちょっと私に付き合ってよ」
「え? なにかあんの?」
「ふふ、メイクの練習台になってもらおうと思って」
「……俺が?」
「うん、あなたの顔って、骨格的にすごく整ってるから、絶対映えると思うの。もったいないよ、このままノーメイクとか!」
「いやいや、俺男だぞ?」
「今は女の子の顔してるでしょ? 鏡見てみなって」
渋々鏡の前に座らされ、チークブラシやアイシャドウパレットがずらりと並べられる。美紀はノリノリで、ヘアピンで前髪を留めながら唇を尖らせた。
「ほら、力抜いて。怖がることないから。大丈夫、男の頃よりイケてるから!」
「それ慰めになってねぇ……」
ちょっと不満げな声を出しながらも、雄太はおとなしく目を閉じた。
美紀の指先が肌の上を滑るたびに、くすぐったくて妙な気分になる。まるで自分じゃない誰かになっていくようで――でも、嫌ではなかった。
アイライン、まつ毛、リップ……そして髪をゆるく巻いて、最後にレースのある淡いブルーのドレスを手渡される。
「え、これ着んの?」
「うん。せっかくだし、全身見なきゃ完成しないでしょ?」
渋々ながらも着替えを終えて、ドレッサーの前に戻る。
美紀が、口元を手で覆って小さく声を漏らした。
「……ヤバいよ! 雄太、ビックリするくらい綺麗なんだけど!」
「は……?」
「ちょっと、こっち来て。姿見の前立ってみて!」
言われるまま、全身鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、見覚えのない――だけど確かに“自分”の顔だった。
艶のあるピンクのリップ、繊細に陰影を描かれた目元、わずかに赤みを帯びた頬。そして、ウエストを締めたドレスが引き立てる女性らしいライン。
「……これ、俺?」
声が、ほんの少し震えた。
鏡の中の“彼女”は、見知らぬ誰かのようでいて、それでいて確かに心の奥のどこかに馴染んでいた。
「やっぱりね。あなた、もともと中性的な顔してたけど、メイクとドレスで一気に花開いたって感じ」
美紀は後ろからそっと雄太の肩に手を置いて、鏡越しに微笑んだ。
「……ほんと、ちょっと悔しいくらい綺麗。私、彼氏と女装趣味のある彼女を見てる気分だわ」
「なんだそれ……」
恥ずかしさと、照れと、少しの高揚が入り混じって、雄太の頬はほんのり染まっていた。
「でも、ありがとうな、美紀。……なんか、少し自信ついたかも」
「うん。どんな姿でも、あなたはあなた。そう思えるようになってきた?」
「ちょっとずつ、な」
美紀は優しく頷いて、手を伸ばし、雄太の指先をそっと取った。
「次は、外に出てみよっか。綺麗なあなたを、世界に見せてあげたいな」
雄太は目を丸くしたが、その提案を、なぜかすぐには否定できなかった。
鏡の中の“彼女”が、微笑んでいた気がした。
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「ねえ雄太、今日はちょっと私に付き合ってよ」
「え? なにかあんの?」
「ふふ、メイクの練習台になってもらおうと思って」
「……俺が?」
「うん、あなたの顔って、骨格的にすごく整ってるから、絶対映えると思うの。もったいないよ、このままノーメイクとか!」
「いやいや、俺男だぞ?」
「今は女の子の顔してるでしょ? 鏡見てみなって」
渋々鏡の前に座らされ、チークブラシやアイシャドウパレットがずらりと並べられる。美紀はノリノリで、ヘアピンで前髪を留めながら唇を尖らせた。
「ほら、力抜いて。怖がることないから。大丈夫、男の頃よりイケてるから!」
「それ慰めになってねぇ……」
ちょっと不満げな声を出しながらも、雄太はおとなしく目を閉じた。
美紀の指先が肌の上を滑るたびに、くすぐったくて妙な気分になる。まるで自分じゃない誰かになっていくようで――でも、嫌ではなかった。
アイライン、まつ毛、リップ……そして髪をゆるく巻いて、最後にレースのある淡いブルーのドレスを手渡される。
「え、これ着んの?」
「うん。せっかくだし、全身見なきゃ完成しないでしょ?」
渋々ながらも着替えを終えて、ドレッサーの前に戻る。
美紀が、口元を手で覆って小さく声を漏らした。
「……ヤバいよ! 雄太、ビックリするくらい綺麗なんだけど!」
「は……?」
「ちょっと、こっち来て。姿見の前立ってみて!」
言われるまま、全身鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、見覚えのない――だけど確かに“自分”の顔だった。
艶のあるピンクのリップ、繊細に陰影を描かれた目元、わずかに赤みを帯びた頬。そして、ウエストを締めたドレスが引き立てる女性らしいライン。
「……これ、俺?」
声が、ほんの少し震えた。
鏡の中の“彼女”は、見知らぬ誰かのようでいて、それでいて確かに心の奥のどこかに馴染んでいた。
「やっぱりね。あなた、もともと中性的な顔してたけど、メイクとドレスで一気に花開いたって感じ」
美紀は後ろからそっと雄太の肩に手を置いて、鏡越しに微笑んだ。
「……ほんと、ちょっと悔しいくらい綺麗。私、彼氏と女装趣味のある彼女を見てる気分だわ」
「なんだそれ……」
恥ずかしさと、照れと、少しの高揚が入り混じって、雄太の頬はほんのり染まっていた。
「でも、ありがとうな、美紀。……なんか、少し自信ついたかも」
「うん。どんな姿でも、あなたはあなた。そう思えるようになってきた?」
「ちょっとずつ、な」
美紀は優しく頷いて、手を伸ばし、雄太の指先をそっと取った。
「次は、外に出てみよっか。綺麗なあなたを、世界に見せてあげたいな」
雄太は目を丸くしたが、その提案を、なぜかすぐには否定できなかった。
鏡の中の“彼女”が、微笑んでいた気がした。
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