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湯けむりの向こうに
しおりを挟むその夜、珍しく雄太が口を開いた。
「なあ、美紀。一緒に風呂、入らない?」
美紀は一瞬、顔をしかめたが、すぐに「……いいけど」と笑った。
変化してから、二人が一緒に湯船に浸かるのはこれが初めてだった。以前は当たり前のようにしていたことが、今は少し、互いに意識してしまう。
湯気が立ちこめる浴室。先に湯船に入った美紀が、ふと後ろを振り返った瞬間、思わず目を見開いた。
「……うわ、マジで……」
雄太はバスタオルで身体を包んでいたが、そのラインは紛れもなく“美しい女性”だった。すらりとした脚線、柔らかな肩、濡れて艶を増した長い髪。湯気の中で、どこか幻想的に映る。
「ちょ、なに? そんなに見んなって……」
雄太が顔を赤くしてタオルを引き寄せると、美紀は思わず吹き出した。
「ごめん、ごめん。でもさ……ちょっと悔しいんだけど? 私より綺麗なんじゃないの?」
「は? いやいや、それはないだろ」
「あるよ。くびれとか肌とか……ていうかその髪、湯気でツヤツヤしてるし、ずるい」
美紀はふくれっ面で湯をすくって雄太の肩にかけた。「ちょっとぐらい、女っぽさ控えてよ、私の立場がない」
「それ、俺のせいじゃないだろ……てか、俺だってな、見た目だけが先に変わって、心が追いついてねぇんだよ。鏡見るたびにびびってるし」
「でも、もう馴染んでるよ。ほら、今だって普通にバスタオル巻いて歩いてきたじゃん。女の子の動きしてたし」
「マジか……最悪だ」
雄太はお湯の中に沈みこみ、顔まで隠してぼやいた。美紀はその姿にくすっと笑って、隣に寄る。
「でもね、ちょっとだけ、わかるよ。私もさ、あなたが変わったこと、最初はすごく戸惑った。でも……今のあなた、けっこう可愛いし。ふふ、なんかこう……抱きしめたくなるっていうか」
「……美紀、それ、褒めてる?」
「うん。たぶんね」
肩を並べて湯船に浸かりながら、二人はしばし黙って湯気の音を聞いた。
変わってしまったこと、変わらないままでいたもの――
それらが泡のように静かに浮かんでは、消えていくようだった。
「……なあ、美紀」
「なに?」
「戻ったらさ、もう一度、プロポーズしていい?」
「……バカ。でも、うん。そのときは、ちゃんとドレス着て待ってる」
「……いや、おれが着てるかもだけどな」
「やだ、それはそれで見てみたいかも」
二人の笑い声が、湯けむりの中にやさしく溶けていった。
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