性転換をするツボ

廣瀬純七

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指先に宿るもの

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「納期は金曜、だけど先方のOKはもう出てるから、あとはコーディングの微調整だけか……」

朝のリビング。
パジャマのまま、白いマグカップに入れたハーブティーを片手に、ノートPCに向かう雄太――いや、“いまの雄太”は、どこか以前とは違って見えた。

細くなった指先がキーボードを軽やかに叩く。爪は自然に整えられ、ほんのり透明なネイルコートが光っている。

「……いつの間に、こんなに手が器用になったんだろう」

カップを持ち上げる仕草も、以前よりゆっくりとしていて柔らかい。
それに気づいた瞬間、雄太は少しだけ眉をひそめた。

「また……か」

この数週間、自分の中に少しずつ“変化”が起きている。
姿が変わっただけではない。考え方、言葉遣い、そして感情の動きまでもが、以前とは少し違ってきているのだ。

例えば――
クライアントとのチャットでも、言葉の選び方が丸くなった。
「了解です」だったところが「承知しました、ありがとうございます」となり、
「修正入れときます」だったのが「ご指摘ありがとうございます、こちらで調整いたしますね」と変わった。

最初は意識していたわけではない。
ただ、気づけばその方が自然になっていた。

「美紀、私……最近、ちょっとおかしいかも」

夕食後、キッチンで洗い物をしている美紀に向かって雄太がつぶやく。

「なにが?」

「気づくと、言葉遣いとか、仕草とか……女っぽくなってるよ。びっくりするくらい」

美紀は振り向き、ふわりと笑った。

「うん、でもそれって悪いこと? 前の雄太も好きだけど、今の雄太も優しくて、繊細で……私はすごく好き」

「……そっか。でも、ちょっと戸惑ってる。これは俺なのか、それとも身体が勝手に……?」

「ねえ、身体と心って、別々に思いがちだけど、案外つながってるものなんじゃないかな。雄太が変わったんじゃなくて、本来の自分が見えやすくなったのかもよ?」

その言葉に、雄太は洗面所の鏡を見たくなった。
そこには、目元がやわらかくなり、唇の動きまでどこか女性的になった自分が映っていた。

けれど、その目には“自分”の芯がしっかりと残っている。

仕事中――
一度ふと気を抜いて頬杖をついたとき、手の甲に頬を預ける角度が自然と“女性的なポーズ”になっていて、自分で少し笑ってしまった。

お昼に作ったパスタの盛り付けが妙に綺麗で、思わずスマホで写真を撮ってしまった。

「……俺、前はそんなことしなかったのにな」

でも、その変化はどれも“心地よい”。
誰かに強制されたわけでも、無理をしているわけでもない。

それはまるで、寒い日にふと羽織ったストールが驚くほど自分に似合っていたような――そんな不思議な安心感だった。

その夜、美紀がベッドに入りながらぽつりと言った。

「ねえ、これからの仕事も、今の雄太の感性でやっていったら?」

「感性?」

「うん。優しさとか、丁寧さとか、ちょっとした美意識とか……私もウェブの仕事見てるけど、今のデザインのほうがすごく人の心に寄り添ってる感じがするよ」

言われて、雄太は自分のポートフォリオを見返す。
確かに、最近の作品には“柔らかい余白”や“視線の導線”、“言葉選びの配慮”など、以前にはなかった“気遣い”が滲んでいた。

「……俺、変わってきてる。でもそれって、悪くないかもしれないな」

ベッドの中で、美紀が手を握ってくれる。

「そうだよ。私は、今の雄太をちゃんと見てるからね」

そしてふたりは静かに目を閉じた。

変化は戸惑いを生む。
けれど、その中でしか見つけられない“新しい自分”がある。
その自分を信じること――それが、これからの雄太に必要な勇気だった。

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