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ファミリーレストラン
しおりを挟むファミレスのガラス窓越しに、夕暮れの街灯がぼんやりと映っていた。店内は、休日の夜にしてはほどよく空いており、客たちはそれぞれのテーブルでゆったりと時間を過ごしていた。
「ここ、空いてるみたいだね。よかった」
と、美奈――の姿をした孝弘がつぶやいた。肩まで伸びた長い髪を耳にかけながら、メニューを開く手つきも、もう以前の彼とは思えないほど自然だった。
「ねえ孝弘、食べるの私の体なんだから、あんまり脂っこいの頼まないでよね」
と、向かいに座った美奈が笑う。見た目はがっしりした男――つまり孝弘の身体に宿った美奈だが、その口調や目元の柔らかさには、確かに彼女の“中身”が宿っていた。
「大丈夫、ちゃんと気をつけてる。ていうか、なんか……小食になった気がする。胃が違うって、結構不思議な感覚だよな」
「そうそう、男子ってほんといっぱい食べるよね。胃の容量、ぜんぜん違う!」
ふたりは、しばらくメニューを眺めながら、ふつうのカップルのように会話を交わした。けれど、心の中では互いに少しずつ、「相手の視点」を持つということの重みを感じていた。
孝弘はパスタセットを、美奈はチキンプレートを注文した。注文を取りに来た店員に笑顔で対応しながらも、どこかぎこちない美奈(孝弘)を見て、思わずふき出しそうになる。
「どうしたの?」
「いや……普段、俺がそういう感じで接してるのかって思ったら、なんか変な感じで」
「うわっ、それちょっと恥ずかしいんだけど」
運ばれてきた料理を前に、ふたりは一瞬だけ黙った。ナイフとフォークを握る手の感覚も、重さも、いつもとは違う。けれど、それが妙に心地よくもあった。
「ねえ孝弘」
「ん?」
「もし、ずっとこのままだったら……どうする?」
唐突な問いかけに、孝弘はフォークを止めた。ファミレスの明かりが、彼女の顔を柔らかく照らしていた。男の身体をしていても、その表情は紛れもなく美奈のものだった。
「……たぶん、最初は困る。でも、今こうして普通に食事できてるし、普通に会話できてるし……。大事なのって、結局中身なのかなって、思ってきた」
「うん、私も。身体って、便利な道具みたいなもんだよね。もちろん、自分の身体は大事だけど。でも、それより誰かとちゃんと向き合えることの方が、大事かも」
ふたりは、そのまま静かに食事を進めた。食後のデザートに頼んだパフェを前に、スプーンを取り合うようなやりとりの中で、ふと孝弘は思った。
――体が違っても、声が違っても、この人となら、やっていけるかもしれない。
その夜のファミレスは、特別な場所になった。自分たちの姿が他人の目にどう映ろうとも、確かにそこには、変わらぬ「ふたり」が存在していた。
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