アナザーライフ

廣瀬純七

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 渡辺拓也、二十歳。都内の私立大学に通う、ごく普通の大学生だ。真面目で成績も悪くなく、周囲に対して特に敵意も好意も持たず、淡々と日々を送っている。そんな彼には、ひとつだけ人に言えないコンプレックスがある――生まれてこの方、一度も女性と付き合ったことがないのだ。

 それは別に、努力をしてこなかったわけではない。高校時代には何度か告白もした。大学に入ってからは、合コンやサークルの飲み会にも参加した。しかし、結果はすべて「いい人止まり」。恋愛の空気が漂い始めると、どこかでぎこちなくなり、自分でもわからないほどに壁を作ってしまうのだ。

 そんな彼が出会ったのが、最新の仮想現実(VR)プラットフォーム『EVE: Another Life』だった。リアルな身体感覚、表情のトラッキング、そして高度なAIによるNPC(ノンプレイヤーキャラクター)たちの自然な会話。この世界では、現実の制約を超えて、もう一つの人生を生きることができるという。

 「どうせうまくいかないなら、いっそ違う視点で恋愛を学んでみようか……」

 そんな軽い気持ちで、拓也はアバター作成画面を前に座っていた。男として振る舞うことに限界を感じていた彼の指先は、気づけば女性アバターの項目を選んでいた。

 画面に映し出されたのは、ショートボブの明るい髪と、どこか自信に満ちた瞳を持つ若い女性。拓也はアバターに「ユイ」という名前をつけた。自分とは正反対の、明るくて人懐っこい性格に設定を調整し、ログインボタンを押す。

 ――次の瞬間、視界が白く染まった。

 気づけば、風が髪をなびかせる感触、柔らかな服が肌に触れる感覚、そして――声。「ようこそ、『EVE』の世界へ、ユイさん。」

 自分の口から発せられる、柔らかく高い声に戸惑いながらも、拓也は不思議な安心感を覚えていた。現実では味わったことのない「違う自分」。ここでは何もかもが新鮮で、どこか自由だった。

 そして彼は知らなかった。この仮想世界で出会う人々、恋の予感、そして――自分自身と向き合うことになる日々が、今、始まったばかりだということを。

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