アナザーライフ

出会いのバー

　「ユイさん、初めてのご利用ですね？」

　声をかけてきたのは、白いスーツを着た女性だった。透明感のある肌に、滑らかな黒髪、そしてどこか機械的で整った笑顔。すぐにわかった。彼女はAIだ。だが、その挙動ひとつひとつに違和感はない。

　「はい、えっと……どうしたらいいのか……」

　「ご安心ください。わたしが最初のナビゲーションをいたします。この世界で自然に恋愛を学べるよう、必要な体験を段階的にご案内しますね。」

　「は、はい……」

　「ではまず、あなた自身を整えましょう。二階のフロアで、下着と洋服をご用意ください。そこから三階の“出会いのバー”へとご案内いたします。」

　どこか冷静に、それでいて優しげに微笑むそのAIは、腕をひらりと振って、目の前に光の階段を出現させた。

　二階フロアに足を踏み入れた途端、拓也――いや、ユイは圧倒された。そこはまるで高級百貨店のようで、色とりどりの服やランジェリーが整然と並んでいた。鏡に映る自分の姿を見て、また不思議な気持ちになる。たしかに、自分は「ユイ」なのだ。だが、その柔らかいシルエットや視線を引く服の数々に、どこか落ち着かない。

　「……選ばなきゃ、だよな」

　羞恥と好奇心が入り混じる中、ユイは淡いピンクの下着と、シンプルながらも女性らしさを引き立てるワンピースを選んだ。更衣室に入り、VRならではのワンタッチで着替えると、違和感は思ったほどなかった。むしろ、鏡の中で微笑む自分に少しずつ親しみが湧いてくる。

　再びAIが現れた。

　「よくお似合いですよ、ユイさん。では、次は三階へどうぞ。」

　三階へ上がると、そこには淡い照明に照らされたラウンジバーが広がっていた。低く流れるジャズ、軽く笑い合う男女、グラスの中で揺れる琥珀色の液体――どこか大人の世界。

　「ここは“初めての出会い”を楽しむための場所です。AIではなく、他のログインユーザーとの自由な交流ができます」

　「……本当に人間、なんですよね？」

　「はい。あなたと同じように、ここに何かを学びに来た人々です。自分らしく、でも少しだけ冒険してみてください」

　そう言い残してAIは消えた。

　カウンター席に一人座ると、バーテンダーが静かに水を差し出してくれた。軽く頷きながら、ユイは周囲を見渡す。すると、視線の先にいたのは、一人で静かにグラスを傾けている男性アバター。どこか、現実の誰かに似ている気がした――

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