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モニターテスト
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―扉の向こうに、もうひとりの自分―
「“あなたになること”は、想像よりもずっと現実だった」
2026年春。
都内某所にある未来体験型テクノロジーセンターの特設会場には、厳選された大学生・社会人の30名が集められていた。
彼らは「スイッチハウス」プロジェクトの、初の**一般公開モニター**として招待された者たちだ。
壇上に立つのは、開発者の山中慎太郎と藤本遥。
「みなさん、本日はようこそお越しくださいました」
遥の声は穏やかだったが、その目には芯の強さがあった。
慎太郎が続ける。
「本日、皆さんに体験していただくのは、“他者の視点と身体”を通じて“自分自身の新しい可能性”と出会うための、バーチャル共感技術です」
参加者たちの表情には興味と緊張が交じっていた。
説明を終え、案内スタッフに従って個別ブースへと移動する。
各自が事前に提出した「体験希望パターン」に基づき、アバターと身体情報が割り振られていた。
ある学生は、
「男子として育ってきたけれど、女子の視点で世界を見てみたい」と応募していた。
またある社会人女性は、
「職場で“女性らしく振る舞え”と言われ続けた。逆の立場を体感してみたい」と静かに語っていた。
ヘッドセットと全身センサーが装着され、照明が落ちる。
――起動。
* * *
体験時間はおよそ1時間。
視線の高さ、声の響き、歩くときに周囲が避ける/注目する、その微妙な空気の差異。
「スイッチハウス」のシステムは、それらすべてを緻密に再現した。
カフェでの注文、電車の乗降、街中を歩くこと、SNSアカウントに接続しての仮想投稿など、
参加者たちは“性別の境界”を越えたリアリティに次々と驚きを見せていった。
そして、セッション終了後。
静まり返った待合室に戻ってきた参加者たちは、しばらく言葉を発せなかった。
だがその沈黙は、「戸惑い」ではなかった。
それは、**想像以上の“経験”に、言葉を探している**沈黙だった。
一人の男子学生が、ぽつりと口を開く。
「……怖かった。街中で、誰かの目線が身体じゃなくて“役割”を見てるのが、わかった気がして」
別の女性参加者が続ける。
「私は、強くいなきゃっていつも思ってたけど……“強くあれ”って言われる側のプレッシャーも、知らなかっただけだった」
慎太郎と遥は、黙ってそれを聞いていた。
やがて遥が一歩前に出て、言う。
「私たちがこのシステムで目指したのは、“変わること”じゃありません。“理解しようとすること”です」
慎太郎も言葉を重ねる。
「人の“立場”を理解することって、言葉だけでは限界があります。だから僕らは、体験をつくりました。
他人になることで、自分を知る。その扉を開いてほしくて」
参加者の一人が、小さく拍手を始めた。
やがて、その音は会場全体に広がっていった。
この日、「スイッチハウス」は単なるテクノロジーではなく――
**新しい対話の形**として、多くの人の心に刻まれた。
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「“あなたになること”は、想像よりもずっと現実だった」
2026年春。
都内某所にある未来体験型テクノロジーセンターの特設会場には、厳選された大学生・社会人の30名が集められていた。
彼らは「スイッチハウス」プロジェクトの、初の**一般公開モニター**として招待された者たちだ。
壇上に立つのは、開発者の山中慎太郎と藤本遥。
「みなさん、本日はようこそお越しくださいました」
遥の声は穏やかだったが、その目には芯の強さがあった。
慎太郎が続ける。
「本日、皆さんに体験していただくのは、“他者の視点と身体”を通じて“自分自身の新しい可能性”と出会うための、バーチャル共感技術です」
参加者たちの表情には興味と緊張が交じっていた。
説明を終え、案内スタッフに従って個別ブースへと移動する。
各自が事前に提出した「体験希望パターン」に基づき、アバターと身体情報が割り振られていた。
ある学生は、
「男子として育ってきたけれど、女子の視点で世界を見てみたい」と応募していた。
またある社会人女性は、
「職場で“女性らしく振る舞え”と言われ続けた。逆の立場を体感してみたい」と静かに語っていた。
ヘッドセットと全身センサーが装着され、照明が落ちる。
――起動。
* * *
体験時間はおよそ1時間。
視線の高さ、声の響き、歩くときに周囲が避ける/注目する、その微妙な空気の差異。
「スイッチハウス」のシステムは、それらすべてを緻密に再現した。
カフェでの注文、電車の乗降、街中を歩くこと、SNSアカウントに接続しての仮想投稿など、
参加者たちは“性別の境界”を越えたリアリティに次々と驚きを見せていった。
そして、セッション終了後。
静まり返った待合室に戻ってきた参加者たちは、しばらく言葉を発せなかった。
だがその沈黙は、「戸惑い」ではなかった。
それは、**想像以上の“経験”に、言葉を探している**沈黙だった。
一人の男子学生が、ぽつりと口を開く。
「……怖かった。街中で、誰かの目線が身体じゃなくて“役割”を見てるのが、わかった気がして」
別の女性参加者が続ける。
「私は、強くいなきゃっていつも思ってたけど……“強くあれ”って言われる側のプレッシャーも、知らなかっただけだった」
慎太郎と遥は、黙ってそれを聞いていた。
やがて遥が一歩前に出て、言う。
「私たちがこのシステムで目指したのは、“変わること”じゃありません。“理解しようとすること”です」
慎太郎も言葉を重ねる。
「人の“立場”を理解することって、言葉だけでは限界があります。だから僕らは、体験をつくりました。
他人になることで、自分を知る。その扉を開いてほしくて」
参加者の一人が、小さく拍手を始めた。
やがて、その音は会場全体に広がっていった。
この日、「スイッチハウス」は単なるテクノロジーではなく――
**新しい対話の形**として、多くの人の心に刻まれた。
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