バーチャル性転換システムを開発した男

廣瀬純七

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システムの完成

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研究棟の奥に設けられたシールドルームには、完成したばかりの「スイッチハウス正式版」が並んでいた。
慎太郎と遥は、それぞれのカプセル型体験装置に座る。
無数のセンサーが身体の各所に接続され、天井からは柔らかな照明が降り注いでいる。

「これが、完成形か……」
慎太郎はヘッドセットを手に取りながら呟いた。

「開発者が最初の正式ユーザーになるのって、変な感じね」
遥が微笑む。けれどその目は真剣だった。

ふたりは、これまで何百時間もテストと検証を重ねてきた。
しかし、「お互いの人格と身体の完全同期シナリオ」は、今が初めてだった。

慎太郎が静かに告げる。

「じゃあ、スイッチしよう。互いのままで、互いを見るために。」

――起動。

深い沈黙が訪れる。

* * *

「……ッ!」

まぶたを開けると、目の前に見慣れない世界が広がっていた。
視界が低い。指先が細い。胸元にかすかな重みがある。

(これが、遥の……身体……?)

慎太郎は驚きの中で、すぐに自分の声を聞く。柔らかく、凛とした遥の声が、自分の内側から響いてくる。

一方の遥もまた、鏡の前で大きな手を見つめていた。
慎太郎の背筋の張り、歩幅の大きさ、息の深さ。
それはただの“身体”ではなく、「生き方」の一部だとすぐにわかった。

二人は仮想空間の中で再会し、街を歩いた。
かつて遥が“見られる側”として経験していた視線を、慎太郎が受け、
逆に慎太郎が普段無意識に持っていた“威圧”を、遥がそのまま体感していた。

ときおり二人は、立ち止まって言葉を交わした。

「私、あなたの体で歩いてて気づいたの。周囲が、どこか“期待”してくるの。強くあれ、とか、答えを出せ、とか」

「僕は……君の体で初めて、誰かに“値踏みされる”視線の意味がわかったよ。どれだけ見られるかが、評価になるんだな」

体験は2時間にわたって続き、ふたりは大学のカフェテリアや図書館、何気ない日常を“互いとして”過ごした。

そして最後、河川敷のベンチに座ったとき、遥がぽつりと呟いた。

「慎太郎……私はあなたの中に、すごく不器用だけどまっすぐな人を見たよ。私よりずっと、自分に正直だった」

慎太郎も、真剣な眼差しで返す。

「君のことを“しっかりしてる”って思ってた。でも、本当は……人の優しさをすごく感じ取って、だからこそ誰よりも傷つきやすい人なんだって、わかった」

ふたりは、互いの姿のまま静かに目を閉じた。

やがて、カプセルの蓋が開き、慎太郎と遥は元の自分に戻る。

けれど――
二人の表情は、戻る前と少し違っていた。

「ただの技術じゃないな、これは」
慎太郎が呟く。

「うん。これは……対話の“きっかけ”よ。言葉にできない何かを、伝えるための」

互いを知ることは、自分を知ること。
その事実を、誰よりも強く体験したのは、彼ら自身だった。

この日、開発者であるふたりが初めて正式に“他者になる”ことを体験し、
「スイッチハウス」は、ようやくその使命を手にした。

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