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ドキドキの外出
しおりを挟む鏡の前に立った美咲は、まだ慣れない自分の姿に何度も瞬きを繰り返した。そこに映っているのは、長身でがっしりとした体つきの「山本隆司」。見慣れたはずの夫の姿なのに、今は自分の意思で動き、瞬きをし、口を動かす。指を握っては開き、肩を回してみるたび、筋肉の重みと骨格の違いに驚かされる。
「ほんとに……わたしが隆司になってるんだ」
呟いた声は低く、胸に響くような響きで返ってきた。美咲はその低音に思わずくすぐったさを覚え、笑ってしまう。
背後でベッドに腰かけている“美咲”――つまり今は隆司が、美咲の身体を抱えるようにして座っていた。艶のある黒髪が肩から滑り落ち、見慣れたはずの姿がそこにある。けれど、その瞳に宿るのは夫の理性的な光。互いに見慣れた顔をしながら、まるで知らない人と向かい合っているような不思議さがあった。
「外に出るって……おいおい、本気で言ってるのか?」
隆司――いや、今は美咲の身体を借りた隆司が、困ったように眉をひそめた。
「うん。本気よ」
美咲はにっこりと笑う。男性の顔で笑っている自分に少し違和感を覚えながらも、その大胆さに自分自身わくわくしていた。
「せっかくのチャンスだもの。家の中で鏡とにらめっこしてるだけじゃもったいないでしょ。外の空気を吸って、歩いて、人に会ってみないと」
「いや……でも、もし誰かに気づかれたら……」
隆司の言葉はもっともだ。だが美咲は、そんな慎重さすら楽しく感じていた。
「大丈夫よ。誰もわたしたちが入れ替わってるなんて知らないんだから。普通にしてれば、ただの隆司と美咲にしか見えないわ」
理屈はその通りだった。外から見れば、そこにいるのは夫と妻。真実を知るのは二人だけ。
「……まあ、確かに」
隆司はため息をつき、肩を落とした。女性の身体を抱えながらのため息は妙にか細く、今まで聞いたことのない響きだった。
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