入れ替わり夫婦

廣瀬純七

文字の大きさ
3 / 20

服の交換

しおりを挟む

 「……外に出るなら、服を交換しなきゃね」
 美咲――いまや隆司の体になっている彼女が、パチンと手を打って言った。

 隆司は自分の足元を見下ろした。そこにあるのは、美咲のワンピース。レースのついた淡いクリーム色の布地がふくらはぎのあたりで揺れている。自分の逞しい太ももや膝には似合わなさすぎて、目に入れるたびに落ち着かない。
「……確かに、これはまずいな」
 呟く声は美咲の高い声色。どんなに険しい顔をしても、柔らかく可愛らしい響きが返ってくるのが妙に可笑しかった。

 美咲は「ほら急いで!」と隆司のクローゼットを開け、シャツとパンツを取り出した。自分の姿が鏡に映る。背の高い、がっしりした男性がワンピース姿で服を物色している光景に、思わず笑いがこぼれる。
「ふふっ、似合わないにもほどがあるわね……」

「いや、お前が言うなよ」
 隆司は苦笑しながら、美咲のタンスから白いブラウスとスカートを選んだ。手に取った瞬間、布の軽さに驚く。こんな薄い布を普段から着ているのか――そう思うと、不思議な感慨が胸にわいた。

 二人は背中を向け合い、それぞれの服を脱ぎ始めた。慣れない身体での着替えは手間取り、ボタン一つ外すのにも時間がかかる。
「……手が大きすぎてボタンが外しづらいわ」
「俺は逆に、手が小さすぎてベルトが扱いにくい」
 そんな愚痴をこぼしながらも、どこかくすぐったい空気が二人を包んでいた。

 やがて、ようやく着替えが完了した。鏡の中に立つのは、外見はいつもの夫婦だ。けれど中身は正反対。隆司の顔をした美咲はシャツにジーンズ姿で、落ち着きなく袖を引っ張っている。一方、美咲の姿を借りた隆司は、スカートの裾を持ち上げては「こんなにひらひらするものなのか」と真剣に観察していた。

「……よし。これで準備完了ね」
 美咲が胸を張って宣言する。その姿は完全に“夫の体”だが、仕草のひとつひとつに美咲らしさがにじみ出る。

 玄関に立つと、外の光が差し込んできた。ドアを開ける前に二人は顔を見合わせる。
「なあ、美咲……本当に大丈夫なんだろうな?」
 隆司の声は女性らしく小さく響いた。
「大丈夫よ。私たちは私たちなんだから。ただ――今は役割を交換してるだけ」
 美咲はいたずらっぽく笑った。

 ドアノブが回される。きぃ、と音を立てて扉が開くと、夕暮れの町が広がっていた。街路樹の緑、アスファルトの匂い、遠くから聞こえる子どもの声。何も変わらない日常の景色なのに、二人にとってはまるで新しい世界の入口のようだった。

 靴を履き替え、石段を降りる。身体が違えば歩幅も変わる。隆司は小柄な足で地面を踏みしめ、バランスを取るのに苦心している。美咲は逆に、長い足で一歩が大きすぎ、つい早歩きになってしまう。
「ちょっと待って、歩くの早い!」
「え? 私、普通のつもりなんだけど……ああ、足が長いからか」
 小さな笑いが自然とこぼれる。

 角を曲がれば、近所のスーパーや公園が見えてくる。日常の風景を、まるで初めての旅行先のように二人は眺めていた。

「……不思議だな。全部知ってる景色のはずなのに、なんだか知らない町みたいだ」
 隆司が小さく呟くと、美咲は満足そうに頷いた。
「だから言ったでしょ? 外に出てみようって。家にこもってちゃ、この感覚はわからなかったはずよ」

 そして二人は肩を並べ、夕暮れの町へ歩き出した。外見はいつもの夫婦。しかし心の内側では、互いに初めての世界を旅している冒険者のような高揚感に包まれていた。

---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...