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服の交換
しおりを挟む「……外に出るなら、服を交換しなきゃね」
美咲――いまや隆司の体になっている彼女が、パチンと手を打って言った。
隆司は自分の足元を見下ろした。そこにあるのは、美咲のワンピース。レースのついた淡いクリーム色の布地がふくらはぎのあたりで揺れている。自分の逞しい太ももや膝には似合わなさすぎて、目に入れるたびに落ち着かない。
「……確かに、これはまずいな」
呟く声は美咲の高い声色。どんなに険しい顔をしても、柔らかく可愛らしい響きが返ってくるのが妙に可笑しかった。
美咲は「ほら急いで!」と隆司のクローゼットを開け、シャツとパンツを取り出した。自分の姿が鏡に映る。背の高い、がっしりした男性がワンピース姿で服を物色している光景に、思わず笑いがこぼれる。
「ふふっ、似合わないにもほどがあるわね……」
「いや、お前が言うなよ」
隆司は苦笑しながら、美咲のタンスから白いブラウスとスカートを選んだ。手に取った瞬間、布の軽さに驚く。こんな薄い布を普段から着ているのか――そう思うと、不思議な感慨が胸にわいた。
二人は背中を向け合い、それぞれの服を脱ぎ始めた。慣れない身体での着替えは手間取り、ボタン一つ外すのにも時間がかかる。
「……手が大きすぎてボタンが外しづらいわ」
「俺は逆に、手が小さすぎてベルトが扱いにくい」
そんな愚痴をこぼしながらも、どこかくすぐったい空気が二人を包んでいた。
やがて、ようやく着替えが完了した。鏡の中に立つのは、外見はいつもの夫婦だ。けれど中身は正反対。隆司の顔をした美咲はシャツにジーンズ姿で、落ち着きなく袖を引っ張っている。一方、美咲の姿を借りた隆司は、スカートの裾を持ち上げては「こんなにひらひらするものなのか」と真剣に観察していた。
「……よし。これで準備完了ね」
美咲が胸を張って宣言する。その姿は完全に“夫の体”だが、仕草のひとつひとつに美咲らしさがにじみ出る。
玄関に立つと、外の光が差し込んできた。ドアを開ける前に二人は顔を見合わせる。
「なあ、美咲……本当に大丈夫なんだろうな?」
隆司の声は女性らしく小さく響いた。
「大丈夫よ。私たちは私たちなんだから。ただ――今は役割を交換してるだけ」
美咲はいたずらっぽく笑った。
ドアノブが回される。きぃ、と音を立てて扉が開くと、夕暮れの町が広がっていた。街路樹の緑、アスファルトの匂い、遠くから聞こえる子どもの声。何も変わらない日常の景色なのに、二人にとってはまるで新しい世界の入口のようだった。
靴を履き替え、石段を降りる。身体が違えば歩幅も変わる。隆司は小柄な足で地面を踏みしめ、バランスを取るのに苦心している。美咲は逆に、長い足で一歩が大きすぎ、つい早歩きになってしまう。
「ちょっと待って、歩くの早い!」
「え? 私、普通のつもりなんだけど……ああ、足が長いからか」
小さな笑いが自然とこぼれる。
角を曲がれば、近所のスーパーや公園が見えてくる。日常の風景を、まるで初めての旅行先のように二人は眺めていた。
「……不思議だな。全部知ってる景色のはずなのに、なんだか知らない町みたいだ」
隆司が小さく呟くと、美咲は満足そうに頷いた。
「だから言ったでしょ? 外に出てみようって。家にこもってちゃ、この感覚はわからなかったはずよ」
そして二人は肩を並べ、夕暮れの町へ歩き出した。外見はいつもの夫婦。しかし心の内側では、互いに初めての世界を旅している冒険者のような高揚感に包まれていた。
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