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美咲の提案
しおりを挟む夕暮れの街を歩きながら、入れ替わった二人は互いの歩幅を気にしつつ並んでいた。足音のリズムが揃わないのも、まだ新しい身体に慣れていない証拠だった。
ふいに、美咲――隆司の身体になった彼女が、ぱっと顔を上げて言った。
「ねえ、どうせなら……お互いに成りきってみない?」
「……成りきる?」
美咲の姿をした隆司が首をかしげる。
「そう。私は隆司になりきるから、隆司は私になりきってみてよ! せっかく外に出てるんだから、徹底的に遊んだ方が楽しいじゃない」
大柄な隆司の体で腕を組み、いたずらっぽい笑みを浮かべる美咲。その姿に、隆司は苦笑をもらした。
「……言うのは簡単だけどな。お前の仕草を真似しろって言われても、俺、どんなふうに動いてたか自覚ないぞ」
「大丈夫、私だってあなたの癖を完璧に覚えてるわけじゃない。でも試してみれば、意外と見えてくるかも」
そう言って、美咲は一歩前に出た。背筋を伸ばし、顎を少し引く。腕を組み、周囲を見渡すときの視線はどこか無駄がなくて、彼女なりに“隆司らしさ”を再現しようとしているのが分かる。
「……お、俺って、こんな感じ?」
低い声をさらに落とし、わざとぶっきらぼうに言葉を放つ。
隆司は思わず吹き出しそうになった。目の前にいるのは間違いなく自分の身体なのに、中身は美咲が必死で“大人ぶっている”ようで、微笑ましくも奇妙だった。
「まあ……似てるっちゃ似てる。ちょっと大げさすぎるけど」
「えへへ、でしょ?」
得意げに笑うその顔は、外見は夫で中身は妻。二重の違和感に、隆司は目をしばたたかせた。
「……じゃあ俺の番か」
隆司は深呼吸をし、美咲の姿をした自分の身体を意識する。なるべく柔らかく声を出してみる。
「えっと……“隆司くん、ごはんにする? お風呂にする?”……とか?」
言った瞬間、自分でも頬が熱くなる。美咲の声でそんな言葉を口にするのは、照れくさくて仕方ない。
すると美咲は大爆笑した。
「ちょ、ちょっと! そんなこと私言ったことないでしょ!」
「いや、イメージだって!」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
やがて、美咲が真剣な表情に戻り、両手を腰に当てた。
「でもね、成りきってみると不思議よ。あなたの体で歩いてると、肩の位置や視線の高さまで全部“違う人間”に感じる。だから、つい堂々とした動きを真似したくなるの」
隆司も頷いた。
「俺も……お前の身体にいると、小さな仕草に自然と気が向く。たとえば、髪を耳にかけたり、声を少し高めにしたり。そうしないと“美咲らしさ”が出ない気がするんだ」
二人は歩道に立ち止まり、互いに見つめ合った。外見は夫と妻。けれど、その動きや表情はぎこちなく模倣された「もう一人の自分」だった。
「ねえ、なんだか変な気分だね」
美咲が言う。低い声にくすぐったい響きが混じる。
「変だな。でも……ちょっと面白い」
隆司も答える。
すれ違う人々は、何も知らずに「仲の良い夫婦」として二人を見て通り過ぎていく。そのことがまた、秘密めいた高揚感を膨らませた。
そして二人は、互いに成りきったまま、ぎこちない動作と笑い声を重ねながら、暮れゆく街を歩き続けた。普段ならただの帰り道も、いまはまるで舞台の上に立って演じているかのように鮮やかだった。
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