入れ替わり夫婦

廣瀬純七

文字の大きさ
6 / 20

ショッピングモール

しおりを挟む

 人のざわめきと冷房のひんやりした空気に包まれたショッピングモールの自動ドアをくぐった瞬間、二人は思わず顔を見合わせた。いつもならなんてことのない休日の風景。だが今は、互いの体が入れ替わったまま――すべてが特別な冒険に見えた。

 隆司の体になった美咲は、にやりと笑って腕を組んだ。大柄な身体で周囲を見回すと、声を少し張って言う。
「よし! せっかくだから隆司に服を買ってあげるよ!」

「……は? ちょっと待て、美咲」
 美咲の姿をした隆司は慌てて手を振った。女性らしい細い腕がひらひらと揺れるのが、自分でも可笑しくて戸惑う。
「俺に服って……いまお前、俺の体なんだから、買うのは“お前の服”だろ?」

 しかし美咲はまるで聞いていない。隆司の長い足でずんずん歩き出し、エスカレーターを上がっていく。その姿は、まるで大きな子どもが新しい遊びを見つけてはしゃいでいるかのようだった。

 案内板を確認した美咲は、「こっち!」と声をかける。到着したのは――婦人服売り場。
 マネキンには華やかなワンピースや、落ち着いたブラウスが並んでいる。ハンガーにかかった色とりどりの服の海に、美咲は目を輝かせた。

「見て見て! これとか絶対似合うよ!」
 隆司の姿をした美咲が、ひらひらとしたスカートを取り出して隆司に差し出す。

 受け取った隆司は目を丸くした。
「……いやいや、ちょっと待て。これって俺の服じゃなくて、美咲の服だよね!?」
 声は女性の高い声で叫んでいるのに、中身は完全に困惑する夫。そのギャップに周囲の視線がチラリと向けられる。

 美咲は気にする様子もなく、堂々と胸を張った。
「だって今のあなたは私なんだもの。だったら婦人服でしょ。似合うかどうか確かめなきゃ!」

「……理屈は分かるけどさぁ……」
 隆司は額を押さえ、溜息をついた。鏡に映る自分は美咲の姿。どう見てもスカートの方が似合うのは分かっている。分かってはいるのだが、心が追いつかない。

「ほらほら、これなんていいじゃない? 爽やかな色合いで、きっと“私”に似合うはず!」
 美咲は次々とラックから服を取り出しては、隆司に押し付ける。腕いっぱいに積み上がっていくスカートやブラウスに、隆司は観念したように小さく笑った。

「……結局お前が楽しんでるだけだろ」
「そりゃそうよ! だって普段はこうやって自分を客観的に見られないもの。いまは“あなたが私”なんだから、私の代わりにちゃんと選んでもらわなきゃ!」

 強引に試着室へと押し込まれた隆司は、カーテンの向こうで小さなため息をつく。
――でも、こういうのも悪くないのかもしれない。
 鏡に映る「美咲」が自分の選んだ服を着て微笑む姿を想像すると、胸の奥がくすぐったくなった。

 婦人服売り場のざわめきの中、二人の「入れ替わり夫婦ごっこ」は、ますます奇妙で賑やかな方向へ転がっていった。

---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...