入れ替わり夫婦

廣瀬純七

文字の大きさ
7 / 20

試着室

しおりを挟む

 試着室のカーテンを閉めると、急に静けさが訪れた。狭い空間に吊られた鏡が、自分の姿をじっと映し返している。

 隆司――今は美咲の身体を借りている彼は、腕いっぱいに抱えたスカートやブラウスを見下ろした。
「……ほんとに俺がこれを着るのか……」
 呟いて苦笑する。だが「いまの自分」は、どこからどう見ても美咲だ。つまり似合わないはずがない。

 意を決して一枚のスカートに着替える。軽やかな布地が太ももに触れるたび、不思議な感覚が広がった。ブラウスのボタンを留め、髪を軽く整えて鏡の前に立つ。

 そこには――よく知る妻、美咲が立っていた。
 いつものラフな服装ではなく、少し大人っぽい雰囲気のスカート姿。ほんの少し背筋を伸ばしただけで、見慣れたはずの姿が新鮮に見えた。

「……うわ、似合ってるな」
 思わず漏れた声に、カーテンの外から美咲――隆司の姿をした彼女の声が飛んできた。
「ねえ、早く見せてよ!」

 恐る恐るカーテンを開ける。
「……どうだ?」

 目の前に現れた“自分の姿”に、美咲は目を丸くした。
「わ……すごい! めっちゃ似合ってる!」
 彼女は大柄な隆司の体で、手を叩いて喜んでいる。

 その様子に、隆司は頬を赤らめた。中身は男の自分なのに、外見は女性で、その女性が妻の歓声を浴びている――奇妙すぎて笑うしかなかった。
「……なんか、恥ずかしいな」
「いいじゃない! 私が普段こういうふうに見えてるんだって分かるでしょ?」

 ぎこちなくスカートの裾をつまむ仕草をすると、美咲は声を上げて笑った。
「その動き、ちょっと女の子っぽくて可愛いよ!」
「やめろ、照れるだろ……!」

 二人で顔を見合わせ、思わず同時に笑い出す。鏡に映るのは夫婦の姿だが、その笑い声はいつも以上に親密だった。

 ――その時。
「お客様、よろしければサイズ違いや別のお色もございますが……」

 不意にカーテンの隙間から、店員の声が差し込んできた。

 二人は同時に硬直した。
 美咲の姿でスカートをはいている隆司。隆司の姿で外に立っている美咲。事情を知るのは二人だけだ。

「えっ……あ、ありがとうございます! だ、大丈夫です!」
 隆司は慌てて答えた。高い声が裏返り、妙にぎこちない。

 カーテンの外で控えている美咲も、どう返していいか分からず、やたら低い声で「は、はい……大丈夫です……」と口を挟んでしまった。

 店員は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐににっこり笑って「ごゆっくりどうぞ」と去っていった。

 静寂が戻る。試着室の中と外で、二人は顔を見合わせた。

「……やばかったな」
「うん……絶対変に思われたよね」

 そして、二人は同時に吹き出した。
「でも……面白いね」
「うん。なんか、本当に“入れ替わってるんだ”って実感する」

 照れくささと可笑しさが入り混じったまま、二人の笑いはなかなか止まらなかった。

---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...