入れ替わり夫婦

廣瀬純七

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帰りのトイレ

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 ショッピングモールの出口に向かって歩いていたときだった。

「……やばい、ちょっとトイレ」
 美咲の姿の隆司が急に立ち止まり、落ち着かない様子で足をもじもじさせた。

「えっ、今!?」
 隆司の姿の美咲が目を丸くする。

「だって、急に……! ほら、水分けっこう飲んだろ?」
 そう言いながら、隆司は周囲を見回し、いつもの癖で男子トイレの案内表示を探そうとする。しかし次の瞬間、隣からぐいっと腕を掴まれた。

「ちょっと、隆司! 今は女子だから、女子トイレだよ!」

「……えっ!?」
 隆司の表情が一瞬固まった。鏡で見なくてもわかる。彼の中身は夫の隆司でも、外見は完全に美咲。男子トイレに入ったら一発で不審者だ。

「で、でも……女子トイレって……!」
「当たり前でしょ! あなたの身体は今、私なんだから!」

 言い切られ、隆司は顔を真っ赤にする。
「いやいやいや……だって女子トイレなんて入ったことないし、何がどうなってるのかも……!」

「大丈夫、普通にしてれば誰も疑わないって!」
 美咲はにっこり笑いながらも、腕を引っ張って女子トイレの方へ導こうとする。

「ちょ、ちょっと待って心の準備が……!」
「準備してる時間ないでしょ!」

 女子トイレの前に立った隆司は、足を止めて深呼吸した。入口から出てくる数人の女性たちが怪訝そうに彼を一瞥する。そのたびに「バレるんじゃないか」と心臓が跳ねる。

「……ほんとに行くのか」
「行くの!」

 美咲の姿の隆司は、観念したように小さく頷くと、恐る恐るドアを押した。中に入っていく背中を見送りながら、隆司の姿の美咲は思わず吹き出した。

「ふふっ……がんばって、女子トイレデビュー♪」


 美咲の姿の隆司が女子トイレの中へと消えていった。残された隆司の姿の美咲は、モールの出口近くのベンチに腰かけ、腕を組んで待っていた。

「……ふう。あの様子じゃ、個室でしばらく悩んでるわね」

 周囲を見渡すと、人の行き交う音や館内放送がやけに耳に残る。時間はほんの数分なのに、待っていると随分長く感じられた。

「待ってるだけって退屈だな……」
 そうつぶやいた美咲(隆司の体)は、ふとトイレの案内板に目を向けた。

「……あ、そうだ。せっかくだし、私も行っておこうかな」

 立ち上がると、すぐ横の「MEN」と書かれた男子トイレの表示が目に入った。
 思わず自分の胸元を見下ろす。今の自分は隆司の体。つまり、行くべきは男子トイレ。

「なんか変な感じだよね……男子トイレに入るなんて初めてだし」
 小さく笑いながらも、美咲は意を決して足を進めた。

 男子トイレの入口をくぐった瞬間、独特の雰囲気に圧倒される。洗面台の鏡は無骨でシンプル、芳香剤の香りよりも少し湿った空気のほうが強い。中では二人ほどの男性が並んで用を足していたが、誰も特に気にすることなく視線を逸らしている。

「……うわ、ほんとに雰囲気が違う」
 心の中でそうつぶやきながら、美咲は慣れない大股の歩き方で個室に入った。ドアを閉め、鍵をかけるとようやく息をつく。

「これが隆司がいつも入ってる場所なんだ……。なんか不思議」

 ほんの少し緊張しながらも用を済ませると、手を洗いに洗面台へ向かう。鏡に映るのは隆司の顔。タオルで水を拭うその姿は、どう見ても堂々とした一人の男性にしか見えない。

「なるほど……これはこれで悪くないかも」
 にやりと笑うと、美咲はトイレを後にした。

 ちょうど同じころ、女子トイレから出てきた美咲の姿の隆司と、男子トイレから出てきた隆司の姿の美咲が鉢合わせした。

「お、お前……!」
「ふふ、待ってるの退屈だから私も行ってきちゃった!」

 互いに逆のトイレから出てきた自分たちを見て、二人は一瞬だけ呆気にとられた後、同時に吹き出してしまった。

「なんかさ……普通じゃ考えられない体験してるよな、俺たち」
「うん! でも案外、悪くないでしょ?」

 ショッピングモールの出口で二人は顔を見合わせ、まだ続く“入れ替わりの日常”にわくわくを隠せなかった。

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