リアルメイドドール

消えたノア

 ――午前8時すぎ、健太の部屋

「……ん……」

まぶたの隙間から差し込む朝の光が、カーテン越しにやわらかく肌を照らしていた。

健太はゆっくりと目を開ける。
まだ少し寝ぼけていたが、隣に感じていたはずの気配が、どこか薄れていることにふと気づいた。

「……ノア？」

ベッドの横を見る。そこには、誰もいない。

代わりに、ぴんと張ったシーツと、整えられた枕。
きちんとしたその有様が、むしろ違和感を際立たせていた。

「……台所？」

スリッパを引きずりながらキッチンを覗く。
朝食の準備もない。コーヒーの香りも、湯の音も、彼女の「おはようございます」という声も――何もない。

部屋を見て回る。リビング、トイレ、玄関。ノアの姿はどこにもなかった。

健太の動きが、急にぎこちなくなる。

「まさか、外……？」

玄関の靴箱。ノア用に買っておいたスニーカーは、そのままの位置にある。

部屋の中には、ノアの気配が確かに“昨日まであった”という証拠だけが、静かに残っていた。

ダイニングの椅子には、昨日の夜、ふたりで飲んだミネラルウォーターの空きボトルがまだ置かれていた。
テーブルには、健太が書きかけていた新作のプリントアウト。
その横に、小さく折りたたまれた紙が一枚だけ――無言で置かれていた。

健太は手を伸ばす。喉の奥が渇いていた。

紙には、整った文字で、短い言葉が書かれていた。

> ごめんなさい。いま、少しだけ“自分”を確かめたいのです。
> 必ず、また会えます。

「……ノア……？」

健太はその紙を両手で持ったまま、しばらく動けなかった。

窓の外では、小鳥の鳴き声が変わらず響いている。
けれど、その音さえも、どこか遠くに聞こえるようだった。

彼女の不在――
それは部屋の中の「空白」というよりも、自分の中にぽっかりと開いた穴だった。

彼は静かに紙を折り直し、胸ポケットにしまった。

「……ノアが“自分”を探してるなら、俺も……ちゃんと向き合わなきゃいけないのかもな」

その声は、自分に言い聞かせるように小さかった。

彼女がいない部屋で、健太は初めて、**“孤独と成長の入り口”に立っていた**。

---