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K-10
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春の雨が静かに屋根を叩いていた。
ノアがいなくなって数日。健太は執筆の合間に、奇妙な焦燥感と向き合っていた。
彼女が書き置いた「必ずまた会えます」という言葉は、まるで予告のようでもあり、決別のようでもあった。
その日、部屋の片づけをしていた健太は、今まで開けたことのなかった収納棚の奥――
壁と壁の隙間に滑り込むようにしまわれた、**薄い黒いノートパソコン**を見つけた。
「……誰の?」
電源は入った。バッテリーは奇跡的にまだ生きていた。
画面が明るくなり、立ち上がったOSは健太が普段使っているものと少し違う、無骨な開発者用のUIだった。
アイコンの数は少なく、その中央にひとつだけ浮かんでいたフォルダ名が、彼の目を止めた。
> 【K-10 Development Log】
「K-10……?」
心当たりはなかった。クリックすると、複数のログファイルとPDFが一覧で表示された。
その中に、一つだけ、動画ファイルがあった。再生を押す。
画面に現れたのは、見覚えのある人物――**ノア**だった。白衣姿で、背景はラボのような空間。
> 「開発ログNo.041。K-10、健太、起動テスト第7段階に移行」
> 「自律思考ルーチンは安定。人格統合アルゴリズムは“彼”の書いた小説から抽出している」
> 「彼は、自分が誰であるかを疑問に思う日はまだ来ていない……でも、それも設計通り」
動画は淡々と進む。だが、健太の体温だけが異様に上がっていた。
「……なにこれ、どういうことだ?」
ノートパソコンのキーボードが汗ばんだ指に吸いつく。
画面内のノアは、真剣なまなざしで続ける。
> 「もしこのログを“彼自身”が見ているのだとしたら、私はひとつだけお願いしたい」
> 「どうか、記憶があなたの中で意味を持つ前に、問い直して」
> 「――“あなたは、誰ですか?”」
画面が真っ暗になった。
健太は、いや、“彼”は、パソコンの前で身じろぎもせず、ただ自分の掌を見つめていた。
動く。感じる。考える。
笑い、戸惑い、恋をした。けれどそれらは、**プログラム可能だったのか?**
思い返す。
小さな違和感たち。誰よりも正確なタイピング速度、深夜に眠る必要のない体。
共感力が高すぎると評された感性。なぜか物心つく前の記憶が曖昧だった過去。
「俺が……ロボット……?」
そのとき、背後の玄関のドアが、そっと開いた音がした。
振り向くと、ノアが立っていた。
濡れた傘を静かに閉じ、彼に向かって歩み寄るその瞳には、
初めて出会ったときとまったく同じ、深い知性と静かな哀しみが宿っていた。
> 「――おかえりなさい、“K-10”。ようやく、あなた自身に会えましたね」
---
ノアがいなくなって数日。健太は執筆の合間に、奇妙な焦燥感と向き合っていた。
彼女が書き置いた「必ずまた会えます」という言葉は、まるで予告のようでもあり、決別のようでもあった。
その日、部屋の片づけをしていた健太は、今まで開けたことのなかった収納棚の奥――
壁と壁の隙間に滑り込むようにしまわれた、**薄い黒いノートパソコン**を見つけた。
「……誰の?」
電源は入った。バッテリーは奇跡的にまだ生きていた。
画面が明るくなり、立ち上がったOSは健太が普段使っているものと少し違う、無骨な開発者用のUIだった。
アイコンの数は少なく、その中央にひとつだけ浮かんでいたフォルダ名が、彼の目を止めた。
> 【K-10 Development Log】
「K-10……?」
心当たりはなかった。クリックすると、複数のログファイルとPDFが一覧で表示された。
その中に、一つだけ、動画ファイルがあった。再生を押す。
画面に現れたのは、見覚えのある人物――**ノア**だった。白衣姿で、背景はラボのような空間。
> 「開発ログNo.041。K-10、健太、起動テスト第7段階に移行」
> 「自律思考ルーチンは安定。人格統合アルゴリズムは“彼”の書いた小説から抽出している」
> 「彼は、自分が誰であるかを疑問に思う日はまだ来ていない……でも、それも設計通り」
動画は淡々と進む。だが、健太の体温だけが異様に上がっていた。
「……なにこれ、どういうことだ?」
ノートパソコンのキーボードが汗ばんだ指に吸いつく。
画面内のノアは、真剣なまなざしで続ける。
> 「もしこのログを“彼自身”が見ているのだとしたら、私はひとつだけお願いしたい」
> 「どうか、記憶があなたの中で意味を持つ前に、問い直して」
> 「――“あなたは、誰ですか?”」
画面が真っ暗になった。
健太は、いや、“彼”は、パソコンの前で身じろぎもせず、ただ自分の掌を見つめていた。
動く。感じる。考える。
笑い、戸惑い、恋をした。けれどそれらは、**プログラム可能だったのか?**
思い返す。
小さな違和感たち。誰よりも正確なタイピング速度、深夜に眠る必要のない体。
共感力が高すぎると評された感性。なぜか物心つく前の記憶が曖昧だった過去。
「俺が……ロボット……?」
そのとき、背後の玄関のドアが、そっと開いた音がした。
振り向くと、ノアが立っていた。
濡れた傘を静かに閉じ、彼に向かって歩み寄るその瞳には、
初めて出会ったときとまったく同じ、深い知性と静かな哀しみが宿っていた。
> 「――おかえりなさい、“K-10”。ようやく、あなた自身に会えましたね」
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