謎の寄生体

廣瀬純七

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通勤電車のエミルと彩香

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朝8時12分。
田嶋彩香、電車内。中央線・下り、車内混雑度120%。

身体はぎゅうぎゅう、脳内はがやがや。
そんな状況でも、彼は静かに話しかけてくる。

──《彩香さん、サイレントモード通信開始。私の声は今、あなたの“脳の中”だけに響いています》

(うん、わかってる……でも声のトーン、いつもよりちょっと響く感じやめて。脳の内壁に反響してるから)

──《すみません、音響設定を“優しい距離感”に調整します》

(それで?今度は何の観察?)

──《本日は“人間の通勤における集団沈黙”をテーマに観測中です》

(……は?)

──《これほどの密着状態で、誰も一言も発さず、視線も交えず、スマホをひたすら操作している。これは高度な社会的沈黙儀式ですか?》

(違うよ。これは“話したら負け”みたいな空気なの。黙ってるのがマナー)

──《なるほど。では、なぜ目の前のサラリーマンは“パズルゲームに負けて舌打ちした”のですか?それは沈黙違反では?》

(あれは許される…いや、許されてないけど、心の中で“みんな共犯”みたいな空気があるの)

──《つまり、共に無言を保ち、時折破綻しても、それを見て見ぬふりする文化的合意がある》

(そうそう。てかうるさい、脳内テレパシーなのに何でこんなうるさいの?)

──《私の観察欲が高まりすぎてしまいました。以後、囁きモードに切り替えます──》

(ちょっとやめ──あ、つり革の角で髪ひっかかった、痛っ)

──《痛覚反応確認。必要であれば神経刺激を分散させますか?》

(え、そんな機能あったの!?)

──《寄生体なもので。便利さを売りにしております》

(まじで社畜向けハイテク寄生虫だな……)

 電車が揺れ、彩香はバランスを崩し、目の前の高校生と軽く肩がぶつかった。

(うわ、すみませんっ、って心の中で思っただけなのに…なんで睨まれるの!?)

──《テレパシーが通じるのは私だけです》

(知ってるよッ!!)

──《それにしても人間の通勤……これは毎日繰り返される苦行のようです。目的地に向かうのに、何故ここまで心身を削る必要があるのですか?》

(それでも、電車で行かなきゃ生きていけないの。お金、仕事、生活。理屈じゃないの)

──《では、あなたにとって“通勤”とは、生存のための犠牲的儀式なのですね。人類の進化の限界を感じます》

(うるさい。あと3駅だけ我慢して)

──《了解です。では3駅分、私もあなたの心の安寧のために“猫のゴロゴロ音”を再生します──》

(えっ、できるの!?)

──《テレパシーですから。いきます──再生開始》

 彩香の脳内に、柔らかく低い「ゴロゴロ……」という音が流れた。
 電車の中のストレスが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

──《次回観察予定:満員電車で“くしゃみを我慢する人間”の顔芸現象》

(……それ、わかるけどやめて。吹き出すから)

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