謎の寄生体

廣瀬純七

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朝の身支度

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 洗面所の鏡に向かい、私は化粧ポーチを広げた。パフを手に取り、リキッドファンデーションを肌に伸ばしていく。

『質問です、田嶋彩香さん。人間のメスは、なぜ毎日、顔に塗装を施すのですか?戦闘の儀式ですか?威嚇ですか?』

「やめて。“メス”って言い方やめてくれる?」

『では“女性”と訂正します。女性が顔面に層を重ねる行為は、私の観測データでも謎が多いです。外的環境に適応する迷彩でしょうか?』

「迷彩じゃなくて補正。肌のくすみを飛ばして、自信をつけるためだよ」

『つまり、あなたの素顔は自信を失わせるレベルということですね。なるほど、戦術的です』

 私は一瞬ファンデのスポンジを止めた。こいつ、朝から地味にグサグサくる。

「こっちは社会人なんだよ。化粧はマナー、身だしなみ。ノーメイクで出勤すると“今日は体調悪いの?”って言われるんだから」

『人間社会において“化粧の有無”が健康判定の指標に使われているとは興味深い。であれば、彩香さん、病人扱いを避けるために偽装を行っているのですね。つまり、擬態──』

「違う!!ちょっと可愛くなりたいだけだよ!!」

 エミルの解釈は常に理屈っぽくて、ちょっとズレてる。そしてたまに核心を突くからムカつく。

『ちなみに私の観測によると、彩香さんは“チーク”というピンクの粉をつけると機嫌がよくなります。これは何ですか?摂取する糖分の代替物ですか?』

「違うわ!チークは血色感を出すための……って、もう!やかましい!!」

 私はエミルを無視して、リップを塗った。鏡の中の私は、さっきよりほんの少し、元気そうに見えた。

『なるほど。変化がある。つまりこれは、自分自身への“魔法”なのですね』

 ちょっとだけ真面目な声でエミルが言った。

「……まあ、そうかもね。自分にスイッチ入れるための魔法、かな」

『面白い。人間は、“塗る”ことで気持ちを変えることができる。観察継続します』

 私はため息をついて、髪を整える。

「じゃあ、今日も社会という戦場へ出陣しますかね、寄生体さん」

『了解しました。私は今日も彩香さんの肩で、部長の説教を観察する予定です』

 ……せめて、喋る前にワンクッション置いてほしい。
    
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