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日差しは暖かかったが、香織の胸の中は冷たい霧のような不安で満ちていた。
見慣れたはずの公園も、どこか違って見える。
ベンチの配置、遊具の色、通り過ぎる親子――その全てが、記憶と微妙にズレていた。
やがて、あの人が来た。
山本博美。
かつての“彼氏”だったはずの山本健一が、女性として現れた姿。
ロングヘアを軽く束ね、シンプルなニットにジーンズというラフな装い。
変わったはずなのに、面影は確かにそこにあった。
「……博美。」
香織はその名前を口にした瞬間、自分の声にまた戸惑った。
低く、よく通る、男の声。それは隆司の声だった。
博美が少し心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの、隆司? 朝からちょっと変だよ。何かあったの?」
その問いかけに、香織は言葉を失った。
“隆司”という名前が、自分を刺すように突き刺さる。
香織じゃない。誰も自分を「香織」とは呼ばない。
この世界では、自分は最初から「斎藤隆司」という、博美の恋人の男だったのだ。
「……別に。ちょっと寝不足なだけ。」
何とか返した言葉も、ぎこちなく喉を通った。
本当は言いたいことが山ほどある。自分が誰なのか、本来いた世界はどうだったのか――
でも、言ってしまえばきっと「おかしくなった」と思われる。そういう目を、博美には向けられたくなかった。
博美は微笑んだが、その表情の裏に、探るような光があった。
「……変なこと言っていい? 今日の隆司、なんか……雰囲気が女の子みたい。」
「えっ……?」
「ううん、変って意味じゃないの。ただ、いつもと空気が違うっていうか……目の感じとか、話し方とか。やさしすぎるっていうのかな。普段より“柔らかい”感じ。」
香織は何も言えず、俯いた。
それはきっと、隠しきれない“自分”が滲み出ていたのだ。
この身体は男でも、中身は女――斎藤香織。
この世界の誰も知らない“よそ者”だった。
そして、博美の中にも、きっと何かが引っかかっていた。
昔の「隆司」にはなかったものを、彼女は敏感に察している。
香織は空を見上げた。
風が吹き、どこかから子供の笑い声が聞こえた。
この世界がどれほど狂っていても、太陽だけは変わらずに輝いていた。
――私は、ここでどう生きていけばいいんだろう。
その問いは、まだ誰にも答えられないままだった。
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見慣れたはずの公園も、どこか違って見える。
ベンチの配置、遊具の色、通り過ぎる親子――その全てが、記憶と微妙にズレていた。
やがて、あの人が来た。
山本博美。
かつての“彼氏”だったはずの山本健一が、女性として現れた姿。
ロングヘアを軽く束ね、シンプルなニットにジーンズというラフな装い。
変わったはずなのに、面影は確かにそこにあった。
「……博美。」
香織はその名前を口にした瞬間、自分の声にまた戸惑った。
低く、よく通る、男の声。それは隆司の声だった。
博美が少し心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの、隆司? 朝からちょっと変だよ。何かあったの?」
その問いかけに、香織は言葉を失った。
“隆司”という名前が、自分を刺すように突き刺さる。
香織じゃない。誰も自分を「香織」とは呼ばない。
この世界では、自分は最初から「斎藤隆司」という、博美の恋人の男だったのだ。
「……別に。ちょっと寝不足なだけ。」
何とか返した言葉も、ぎこちなく喉を通った。
本当は言いたいことが山ほどある。自分が誰なのか、本来いた世界はどうだったのか――
でも、言ってしまえばきっと「おかしくなった」と思われる。そういう目を、博美には向けられたくなかった。
博美は微笑んだが、その表情の裏に、探るような光があった。
「……変なこと言っていい? 今日の隆司、なんか……雰囲気が女の子みたい。」
「えっ……?」
「ううん、変って意味じゃないの。ただ、いつもと空気が違うっていうか……目の感じとか、話し方とか。やさしすぎるっていうのかな。普段より“柔らかい”感じ。」
香織は何も言えず、俯いた。
それはきっと、隠しきれない“自分”が滲み出ていたのだ。
この身体は男でも、中身は女――斎藤香織。
この世界の誰も知らない“よそ者”だった。
そして、博美の中にも、きっと何かが引っかかっていた。
昔の「隆司」にはなかったものを、彼女は敏感に察している。
香織は空を見上げた。
風が吹き、どこかから子供の笑い声が聞こえた。
この世界がどれほど狂っていても、太陽だけは変わらずに輝いていた。
――私は、ここでどう生きていけばいいんだろう。
その問いは、まだ誰にも答えられないままだった。
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