異世界での目覚め

廣瀬純七

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「……そっか、私の勘違いだったかもね。」

博美はそう言って笑った。
柔らかくて、少し寂しそうな笑顔。
その笑顔が、香織の胸に静かに突き刺さった。

香織は――いや、今の「斎藤隆司」は、黙って頷いた。

真実を言えばきっと、彼女は困惑する。
恋人の隆司が、突然“中身だけ”入れ替わったなんて話、誰が信じるだろう。
もしかしたら心配され、病院へ連れて行かれ、まともな目では見られなくなる。
そして何より、博美の心を深く傷つけてしまうかもしれない。

彼女を泣かせたくなかった。

この世界の「斎藤隆司」がどんな人間だったのか、香織にはまだわからない。
けれど、少なくとも博美は、その人を――この身体を――大切に想っていた。
ならば、今ここで自分が崩れてはいけない。

香織は、ベンチに座ったまま小さく深呼吸をした。
男の胸は、こうやって空気を吸うのか、と改めて思う。
肩の動き、喉の感覚、すべてが他人のもののようだ。

「……ごめん、ちょっと最近、考え事が多くて。」

「ううん、いいよ。ちゃんと話してくれて嬉しい。」

博美が微笑んで、隣に座る。
香織の手に、自分の手をそっと重ねてくる。
その手の温もりが、かつての健一とはまったく違っても、なぜか涙が出そうになる。

香織は、唇をかみしめた。

この身体の主であるはずの“斎藤隆司”は、いまどこにいるのだろう。
彼もまた、香織の元いた世界で、見知らぬ身体に戸惑っているのだろうか。
確かめる術もない今、香織にできるのはただ一つ――この世界で、斎藤隆司として生きること。

「……大丈夫だよ。何でもない。心配かけてごめん。」

「ううん。私、隆司のそういうところ、好きだよ。」

その言葉が、胸に残った。

斎藤香織は、静かに目を閉じた。
そして、心の中でそっとつぶやいた。

――私は、斎藤隆司として生きる。あなたのために。
この身体が、誰かにとって大切なものだったのなら――私は、壊したくない。

どんなに自分が壊れても。
彼女の心だけは、守りたかった。

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