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博美の提案で、二人は隆司の部屋へ向かうことになった。
「疲れてるみたいだし、少し休んだほうがいいよ」
そんな彼女のやさしさに、香織は逆らえなかった。
エントランスの暗証番号は、指が勝手に動いていた。
ドアを開けると、鼻をくすぐるのはかすかな男性用整髪料の匂い。
見覚えのないローテーブル、重厚感のあるソファ、壁にかけられた登山用具。
ここは、自分の部屋ではなかった。
だが、どこか懐かしさのようなものも同時に感じてしまうのが、香織には不気味だった。
「やっぱり、ちゃんと片づけてるんだね。隆司の部屋っていつも落ち着く。」
博美がそう言いながら、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。
香織は無言で頷き、クローゼットの前に立った。
ゆっくりと扉を開けると、ずらりと並んだのはシャツ、ジャケット、ジーンズ――すべて男物だった。
きちんとアイロンのかかった服は、几帳面で実直な男の暮らしを物語っていた。
「……全部、男物。」
小さくつぶやいた声は、風に紛れて誰にも届かない。
博美が帰るとき、彼女は名残惜しそうに香織――“隆司”の顔を見つめた。
「また、連絡してね。今日はほんとに、ありがとう。」
その笑顔を見送ったあと、香織は玄関のドアをそっと閉めた。
深いため息とともにリビングへ戻り、スマートフォンを取り出した。
何か、答えを探したい。なぜこんな世界に来たのか、自分はどこにいるのか――
そのとき、画面が点滅した。
LINEの通知。
《斎藤香織》からのビデオ通話。
目を見開いた。
登録名は“自分”のまま。だが、そのアイコンの顔は――紛れもなく“彼女”だった。
もう一つの世界にいた、自分の身体。
そして、その中には――もう一人の「隆司」がいる。
震える指で、通話に応じた。
画面に映ったのは、女子用パジャマに身を包んだ私ではないもう一人の“斎藤香織”。
だが、その表情は驚きと怒りと、ほんの少しの不安そうな顔だった。
「……お前か? 俺の身体の中にいるのは、斎藤香織だな。」
スマホを握る手に、じっとりと汗がにじんだ。
画面越しのもう一人の“自分”と、ついに向き合うときが来たのだ。
現実が、いよいよ揺れ始める。
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「疲れてるみたいだし、少し休んだほうがいいよ」
そんな彼女のやさしさに、香織は逆らえなかった。
エントランスの暗証番号は、指が勝手に動いていた。
ドアを開けると、鼻をくすぐるのはかすかな男性用整髪料の匂い。
見覚えのないローテーブル、重厚感のあるソファ、壁にかけられた登山用具。
ここは、自分の部屋ではなかった。
だが、どこか懐かしさのようなものも同時に感じてしまうのが、香織には不気味だった。
「やっぱり、ちゃんと片づけてるんだね。隆司の部屋っていつも落ち着く。」
博美がそう言いながら、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。
香織は無言で頷き、クローゼットの前に立った。
ゆっくりと扉を開けると、ずらりと並んだのはシャツ、ジャケット、ジーンズ――すべて男物だった。
きちんとアイロンのかかった服は、几帳面で実直な男の暮らしを物語っていた。
「……全部、男物。」
小さくつぶやいた声は、風に紛れて誰にも届かない。
博美が帰るとき、彼女は名残惜しそうに香織――“隆司”の顔を見つめた。
「また、連絡してね。今日はほんとに、ありがとう。」
その笑顔を見送ったあと、香織は玄関のドアをそっと閉めた。
深いため息とともにリビングへ戻り、スマートフォンを取り出した。
何か、答えを探したい。なぜこんな世界に来たのか、自分はどこにいるのか――
そのとき、画面が点滅した。
LINEの通知。
《斎藤香織》からのビデオ通話。
目を見開いた。
登録名は“自分”のまま。だが、そのアイコンの顔は――紛れもなく“彼女”だった。
もう一つの世界にいた、自分の身体。
そして、その中には――もう一人の「隆司」がいる。
震える指で、通話に応じた。
画面に映ったのは、女子用パジャマに身を包んだ私ではないもう一人の“斎藤香織”。
だが、その表情は驚きと怒りと、ほんの少しの不安そうな顔だった。
「……お前か? 俺の身体の中にいるのは、斎藤香織だな。」
スマホを握る手に、じっとりと汗がにじんだ。
画面越しのもう一人の“自分”と、ついに向き合うときが来たのだ。
現実が、いよいよ揺れ始める。
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