セックスチェンジアプリ2

廣瀬純七

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水曜日の夕方

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 水曜日の夕方。再び練馬の住宅街へと向かう電車の中で、かずはは車窓に映る自分を見つめていた。

 やわらかい光に照らされたその顔は、日曜日よりもどこか自然で、落ち着いて見えた。ふと、バッグに入れたペンケースに触れる。中身はかわいらしいパステルカラーの文具——アプリが“自動で選んだ”ものだ。だが今のかずはにとって、それは違和感のない日常になりつつある。

 月曜と火曜には大学の授業があったが、その間もアプリの影響は薄れなかった。服装も言葉遣いも、周囲に違和感を与えない程度に“女性らしく”なっていた。学食で後輩に「先輩、最近雰囲気変わりましたよね、なんか……すごく優しい感じで」と言われたとき、和也は言い返す気力すらなかった。

(……俺は、どこまでが“俺”なんだ?)

 その問いに答える術もないまま、佐々木家の門をくぐる。今日は陸の英語の他に、数学も見る予定だった。部屋に入ると、陸はすでに机の前に座っていて、ちらりとかずはの方を見た。

「あ、こんばんは……先生」

「こんばんは、今日はちょっと難しいとこやるけど、頑張ろうね」

 自然に出たその言葉は、まるで小さな姉が弟に語りかけるような響きだった。陸の表情が、少しだけほぐれる。

 かずはは、英語の復習を終えると数学のプリントを取り出し、彼のノートをのぞき込んだ。分数関係の文章題、途中式までは正確だが、最後の処理でいつもつまずいている。

「ここで間違えるの、もったいないよ。たとえば、これをジュースに置き換えて考えてみようか」

 身を乗り出して説明するうち、ふと陸の視線が、ちらちらと自分の手元や顔に向けられていることに気づく。視線を外そうとして外せないような、そんな曖昧な反応。

(あ、これ……たぶん、あの年頃の男の子特有の、ちょっとした“意識”だ)

 教える側として冷静に分析する自分がいた。だが同時に、それを向けられる“対象”として見られているという事実に、奇妙な実感が湧く。

(和也としての俺が、この子に見えてるのは“かずは”で……)

 授業が終わり、陸が部屋の外に出ていくとき、彼は少し戸惑いながら言った。

「先生って……すごく頭いいのに、怖くないし……なんか、その、落ち着く」

「そっか、ありがとう。そう言ってもらえると、すごくうれしいな」

 やさしく微笑んで答えながら、心の奥に言いようのないざわめきが広がった。

 そして帰り道。駅までの夜道を歩く途中、アプリから新しい通知が届いた。

【新規案件通知:都内複数件の指導希望あり。プロフィール反映:佐藤かずは/女性/21歳/家庭教師専門】

「えっ……希望者が増えてる?」

 思わず立ち止まった。通知には複数の生徒名と日程案、そして“評価点”が表示されていた。

 かずはの評価は、なんと「4.9/5.0」。コメント欄には「説明が丁寧」「親しみやすい」「成績が上がった」といった絶賛の言葉が並んでいた。

(俺の……いや、かずはの教え方が、評価されてる……)

 嬉しいはずなのに、なぜか胸がざわついた。これは本当に“自分”の手柄なのか?それとも、アプリによって作られた“かずは”という人格のものなのか?

 足元のアスファルトが、急に遠く感じられた。

 その夜、帰宅したかずはは久しぶりにアプリの“設定画面”を開いた。そこには新たに加わった項目がひとつあった。

【補正レベル:中 → 高】

 そこには、「人格統合モード」の文字が、小さく点滅していた。

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