セックスチェンジアプリ2

廣瀬純七

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深まる関係

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 その日の夕方、和也は再び“かずは”に変身して、佐々木陸の家を訪れていた。家の玄関先に立つたび、結衣との会話が胸を締めつけるように思い出される。

(……あれは偶然だ、って嘘ついた俺が、今こうして来てるの、最悪だよな)

 けれど、扉を開けた陸の笑顔を見た瞬間、その罪悪感は一瞬だけ遠のいていった。

「こんにちは、かずは先生!」

「こんにちは、陸くん。今日も頑張ろうね」

 笑顔を作って返す自分が、演技なのか本心なのか、もう分からなくなってきている。

 リビングのテーブルには、いつものようにノートと参考書が並べられ、陸は席につくとすぐに言った。

「この前やった英語のテスト、20点も上がったんだ!」

「本当? やったじゃない。努力がちゃんと実ってるね」

 和也は自然に声を弾ませながらも、心のどこかで警鐘が鳴るのを感じていた。これは、“教える側”としての喜びじゃない。ただ、“かずは”として、陸の笑顔を誰よりも近くで見られることへの満足感。

 それが、自分にとってどんどん心地よくなってきているのが怖かった。

「先生ってさ、なんでそんなに丁寧に教えてくれるの?」

「ん? それは……陸くんがちゃんと話を聞いてくれるし、頑張ってるからだよ」

 和也は笑って答えたが、陸はまっすぐな目で彼女——いや、彼を見つめてきた。

「俺ね、先生に会うの、毎週すごく楽しみなんだ。学校の友達とかよりも、先生といると落ち着くっていうか、ちゃんと見てくれてる気がして」

 ——やめろ、それ以上は。

 胸の奥に、鋭い棘が刺さる。和也は笑顔を崩さず、ペン先をノートに向けた。

「……ありがとう。でも、あくまで私は家庭教師だからね。陸くんが一人でやっていけるように、サポートするのが役目」

「わかってるけど……俺、もっと先生と話したいなって思っちゃうんだよね」

 陸は言葉を濁すことなく、素直に好意をぶつけてくる。それが子供特有の純粋さゆえだとわかっていても、和也の心はざわついた。

 (俺は……何をしてる?)

 陸にとっては、今目の前にいる“かずは”が本物だ。年上の優しい女性で、少し頼りがいがあって、話をきちんと聞いてくれる存在。

 でも、その中身は——男であり、陸の従姉の彼氏で、そして彼に嘘をつき続けている裏切り者だ。

 「……あのさ、陸くん」

「ん?」

 和也は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

(今ここで本当のことを言ったら、陸の中の信頼は全部壊れる。結衣との関係も終わる。それだけじゃない、俺自身が、自分を完全に嫌いになってしまう)

 ノートを開き、何事もなかったように声をかけた。

「今日は、間接疑問文を復習しようか。“I don’t know what she wants.”っていう例文、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ!」

 明るく返す陸の声が、和也には遠く聞こえた。

 罪悪感はある。後ろめたさもある。けれど、それでも「かずは」として過ごす時間が、自分にとって何よりも“居心地がいい”ことを、否定できなくなっていた。

 どこかで終わらせなければいけない。

 けれど、今はまだその終わらせ方も、終わらせる勇気も見えなかった。

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