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陸とのデート
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金曜日の午後。かずはのスマホに、佐々木家の奥さんからの連絡が入った。
> 「陸が今日、学校の数学テストで100点を取ったみたいです! 本当にありがとうございました!」
通知を見た瞬間、かずは——いや、和也の心臓が跳ねた。
(……マジか。取ったのか、ほんとに……)
あのときの約束。「100点を取ったら、先生とデート」。冗談半分だったその一言が、陸の心に本気で火をつけていたことを、和也は知っている。
嬉しい——はずだった。生徒が努力して結果を出したのだから、家庭教師としてはこれ以上ない達成感だ。だが、その成果の“報酬”が、和也の「もう一つの姿」である“かずは”とのデートだという事実が、胸の奥にじわりと重く沈んでいく。
日曜日。初夏の風が心地よい昼下がり。いつもより少しだけラフな格好で、かずはは駅前の噴水広場に立っていた。
先日ショッピングモールで買った淡いラベンダー色の上品なワンピースは派手すぎず、でも中学生の前では“ちょっと大人っぽく”見えるように、時間をかけて選んだコーディネートだ。
「かずは先生ーっ!!」
向こうから走ってきた陸は、眩しいくらいの笑顔だった。制服ではなく、紺色のチェックシャツにジーンズ。髪もいつもより整えていて、少しだけ背伸びしているようにも見えた。
「ほんとに……来てくれたんだ」
「もちろん。約束だったもんね。100点取ったら——デート、だよね」
かずはは笑って言った。できるだけ自然に、穏やかに。でも、どこかで心が引きつっているのを自分でも感じていた。
「先生、俺……めちゃくちゃ頑張ったんだ。分からないところ、何回も解き直して、寝る前にも公式唱えて……初めてなんだ、こんなに点数取れたの」
「うん、本当にすごいよ。誇っていい。自分の力で掴んだ100点なんだから」
「……それ、先生がいたからだよ」
陸の目がまっすぐすぎて、かずはは一瞬だけ視線を逸らした。
「じゃあ……今日は俺がエスコートします!」
得意げに言って、駅前の歩道を先に歩き出す陸。その背中を見て、かずははほんの少し笑った。
「じゃあ、ついていこうかな。よろしくね、“紳士”くん」
向かったのは、小さな美術館と、その隣にあるレトロな喫茶店だった。
「……ここ、母さんがデートに良いって言ってたんだ」
「ふふ、素敵なセンスだね」
絵画を見ながら、陸は作品の感想を口にするたびに、かずはの反応をじっと見る。そのたびに少し照れたように目を逸らす——そんな姿が、いつもの“生徒”よりもずっと大人びて見えた。
喫茶店では、クリームソーダとミックスサンドをシェアしながら、学校のこと、将来の夢、家族の話。様々な話題が尽きなかった。
そして帰り道。駅へ向かう夕暮れの道で、陸がポツリとつぶやいた。
「……先生。今日、すごく楽しかった」
「うん、私も」
「また……こうして一緒に出かけたり、できる?」
かずはは、一拍置いてから微笑んだ。
「また100点取ったらね。今度は英語でもいいよ」
「マジで!? ……じゃあ、次もがんばる!」
陸はまるで、太陽みたいな笑顔を浮かべた。
でもその笑顔を見ながら、かずは——和也の胸の奥には、またひとつ重たい石が落ちた。
この子の想いに、どこまで応えていいのか。
そして、自分がいつまで「かずは」でいられるのか——。
夜風が二人の間をすり抜けていった。
---
> 「陸が今日、学校の数学テストで100点を取ったみたいです! 本当にありがとうございました!」
通知を見た瞬間、かずは——いや、和也の心臓が跳ねた。
(……マジか。取ったのか、ほんとに……)
あのときの約束。「100点を取ったら、先生とデート」。冗談半分だったその一言が、陸の心に本気で火をつけていたことを、和也は知っている。
嬉しい——はずだった。生徒が努力して結果を出したのだから、家庭教師としてはこれ以上ない達成感だ。だが、その成果の“報酬”が、和也の「もう一つの姿」である“かずは”とのデートだという事実が、胸の奥にじわりと重く沈んでいく。
日曜日。初夏の風が心地よい昼下がり。いつもより少しだけラフな格好で、かずはは駅前の噴水広場に立っていた。
先日ショッピングモールで買った淡いラベンダー色の上品なワンピースは派手すぎず、でも中学生の前では“ちょっと大人っぽく”見えるように、時間をかけて選んだコーディネートだ。
「かずは先生ーっ!!」
向こうから走ってきた陸は、眩しいくらいの笑顔だった。制服ではなく、紺色のチェックシャツにジーンズ。髪もいつもより整えていて、少しだけ背伸びしているようにも見えた。
「ほんとに……来てくれたんだ」
「もちろん。約束だったもんね。100点取ったら——デート、だよね」
かずはは笑って言った。できるだけ自然に、穏やかに。でも、どこかで心が引きつっているのを自分でも感じていた。
「先生、俺……めちゃくちゃ頑張ったんだ。分からないところ、何回も解き直して、寝る前にも公式唱えて……初めてなんだ、こんなに点数取れたの」
「うん、本当にすごいよ。誇っていい。自分の力で掴んだ100点なんだから」
「……それ、先生がいたからだよ」
陸の目がまっすぐすぎて、かずはは一瞬だけ視線を逸らした。
「じゃあ……今日は俺がエスコートします!」
得意げに言って、駅前の歩道を先に歩き出す陸。その背中を見て、かずははほんの少し笑った。
「じゃあ、ついていこうかな。よろしくね、“紳士”くん」
向かったのは、小さな美術館と、その隣にあるレトロな喫茶店だった。
「……ここ、母さんがデートに良いって言ってたんだ」
「ふふ、素敵なセンスだね」
絵画を見ながら、陸は作品の感想を口にするたびに、かずはの反応をじっと見る。そのたびに少し照れたように目を逸らす——そんな姿が、いつもの“生徒”よりもずっと大人びて見えた。
喫茶店では、クリームソーダとミックスサンドをシェアしながら、学校のこと、将来の夢、家族の話。様々な話題が尽きなかった。
そして帰り道。駅へ向かう夕暮れの道で、陸がポツリとつぶやいた。
「……先生。今日、すごく楽しかった」
「うん、私も」
「また……こうして一緒に出かけたり、できる?」
かずはは、一拍置いてから微笑んだ。
「また100点取ったらね。今度は英語でもいいよ」
「マジで!? ……じゃあ、次もがんばる!」
陸はまるで、太陽みたいな笑顔を浮かべた。
でもその笑顔を見ながら、かずは——和也の胸の奥には、またひとつ重たい石が落ちた。
この子の想いに、どこまで応えていいのか。
そして、自分がいつまで「かずは」でいられるのか——。
夜風が二人の間をすり抜けていった。
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