セックスチェンジアプリ2

廣瀬純七

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テストの前日

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 「……あれ、先生、もう来てる」

 陸がリビングのドアを開けた瞬間、いつもより少し早めに到着していた“かずは”が、ソファの上で参考書を読んでいた。聞き慣れた優しい声で顔を上げる。

 「こんばんは、陸くん。明日、テストだよね? 最後に一通り見直しておこうかなって思って、ちょっと早く来ちゃった」

 「そっか……ありがと、嬉しい……」

 陸は少しだけ照れながら、隣の椅子に腰を下ろす。手元のノートは既に使い込まれて、何度も書き直された字でいっぱいだった。ページの隅には小さな文字で「がんばれ!」と誰かの筆跡が残っている。

 かずははノートをそっと覗き込んで、微笑んだ。

 「すごいじゃない。いっぱい勉強したんだね」

 「うん……でもやっぱり、ちょっと怖い。今日も解けなかった問題あって……ほら、ここ」

 陸が指さしたのは、連立方程式の応用問題。文章題から式を立てるタイプのもので、問題の中に登場する条件の把握が難しいやつだった。

 「A社とB社がそれぞれ異なる人数に商品を売っていて、売上が合計で何円っていうやつね……」

 「そう。式は立てられるんだけど、どっちをxにしていいのか、毎回迷っちゃうんだ」

 かずはは軽く笑った。

 「実はね、どっちをxにしても答えは出るんだよ。大事なのは、『何を求めたいか』をちゃんと意識して立てること。xを“売った人数”にするのか、“売上”にするのか、目的をはっきりさせれば迷わなくなるよ」

 「……あっ、なるほど。いつも“何でもいいや”って感じで決めてたからか」

 陸はペンを走らせ、例題を再び解き直す。途中、何度もかずはに確認しながら、それでも最後には正解にたどり着いた。

 「できた……! なんか、前よりスッと解けた気がする」

 「うん、ちゃんと自分で考えてる証拠だよ。もう、大丈夫だね」

 かずはは静かに頷いた。

 「……ほんとに、先生が家庭教師で良かった」

 不意に陸がつぶやいた。その声は小さかったが、真剣だった。

 「最初、勉強なんて面倒だと思ってた。でも、先生が来てくれてから毎日がちょっと楽しみになって……勉強って、自分の力で解けるんだって思えるようになった」

 かずはは一瞬、視線を外した。喉元に何か熱いものがこみ上げる。

(……私は、“先生”なんかじゃないのに)

 けれど陸の気持ちも努力も、本物だった。その想いに応えたくて、彼はこの数週間、本気で頑張ってきた。

 「……明日、きっといい結果が出るよ。私が保証する」

 「……ほんと?」

 「うん。明日、テストが終わったら、またここで答え合わせしようね。……楽しみにしてるよ」

 陸はこくりとうなずきながら、かずはの顔をじっと見つめた。その目には、不安と、期待と、少しの“特別な感情”がにじんでいた。

 その視線に応えながら、かずはは少しだけ微笑んで言った。

 「……頑張って、ね」

 「うん。絶対、100点取る」

 その夜、かずはが帰る際、陸はいつものように玄関まで見送った。けれど今日は、扉を閉める直前、こう呟いた。

 「……先生が応援してくれたら、何だってできそうな気がするんだ」

 かずはは少し驚いたように目を見開き、そして小さくうなずいた。

 「私も……そう思ってるよ」

 

 扉が閉まり、外に出た瞬間、夜風がそっとかずはの頬を撫でた。小さな罪と、それでも続いてしまう優しさと——揺れる心を抱えたまま、和也は静かに空を見上げた。

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