セックスチェンジアプリ2

廣瀬純七

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ショッピングモール

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 ショッピングモールの三階、女性向けのアパレルショップ「Lumière」。日曜の午後、和也は人の波を避けるように、店の入口に立ち尽くしていた。

 ——いや、今ここにいるのは、和也ではない。アプリで変身した“かずは”だ。

 ロングの黒髪を軽く結んだ清楚系の美少女。いつものゆったりとしたカーディガンとスカート姿ではあるが、今日は明確な“目的”がある。

(……デート用の服を買いに来るって、冷静に考えたらすげぇ状況だよな……)

 目的はただ一つ。陸との“約束”のために、かずはとして初めて「プライベートの外出用コーデ」を選ぶことだった。

 (でも、今さら制服のまま行くのも変だし、大人っぽすぎても中学生が引くだろうし……ど、どうすりゃいいんだ……?)

 足がすくみそうになっていたそのとき、明るい声がかけられた。

 「こんにちは~! よろしければ、なにかお探しですか?」

 振り向くと、若い女性の店員がにこやかに立っていた。落ち着いたベージュのシャツワンピを着こなした、洗練された雰囲気の人だ。

 「えっ、あっ……」

 思わず目を逸らす。だがここで逃げたら何も進まない——和也は腹をくくった。

 「あの……今度、ちょっと……好きな人と出かける予定があって……それに合う服がほしくて」

 思い切って口にすると、店員の目がぱっと輝いた。

 「わぁ、素敵! デートですか?」

 「……そ、そう、です……」

 「なるほど! じゃあ、どんなところに行くんですか?」

 「えっと、美術館と……ちょっとレトロなカフェ、みたいな場所です」

 店員は「うんうん」と頷きながら棚を見回すと、優しく微笑んだ。

 「じゃあ、清楚だけどほんの少し特別感のあるワンピースなんてどうですか? 大人っぽすぎないものを選びますね」

 そう言って手に取ったのは、淡いラベンダーのフレアワンピース。袖口と裾にさりげないレースがあしらわれていて、可愛らしさと品の良さが同居している。

 「これ……かわいい……」

 思わず本音が漏れる。鏡に当ててみると、柔らかな色合いが“かずは”の雰囲気に自然に馴染んだ。

 「靴は白のパンプスとかスニーカーでも合うと思いますよ。あ、髪は今のゆる結び、すごく合ってます!」

 「そ、そうですか……ありがとうございます……」

 「では、こちらのフィッティングルームへどうぞ~」

 店員に案内されて、かずはは試着室のカーテンを引いた。

 ——狭い空間。壁の鏡が、全身を余すところなく映し出している。

 「よし……」

 試着するワンピースは、淡いラベンダー色の上品な光沢があり、触れるだけでしっとりと指に馴染む柔らかさだった。

 着ていたカーディガンとスカートを脱ぎ、ワンピースに袖を通す。ひんやりとした布が肌に触れた瞬間、少しだけ背筋が伸びる。

 「……うわ……」

 前を向いた。鏡の中の“かずは”が、そこにいた。

 ふわりと広がるフレアスカート。ウエストをさりげなく絞ったシルエットが、スラリとした身体のラインを自然に強調する。
 黒髪をひとつにまとめた髪型が、シンプルなワンピースの清楚さを引き立てていた。

 「……誰、これ……」

 自分の口から、ぽつりとこぼれた。

 いつもの自分じゃない。だけど、どこか“しっくりくる”自分。
 まるで、最初からこういう姿だったような錯覚にすら陥る。

 (俺……いや、私……?)

 鏡に映る“彼女”が笑った。頬を赤らめ、少しはにかむように、まるで恋する乙女みたいに。

 心臓が、どくんと跳ねた。

 思わず目をそらしそうになるけれど、目が離せない。
 「これが……かずはなのか?」と、呟いてしまうほどに、自分自身で、自分を見失いそうだった。

 だが、深呼吸ひとつして、なんとか意識を現実に戻す。

 (……落ち着け。俺は“和也”だ。アプリが作った仮の姿。そうだろ?)

 そう言い聞かせながら、ゆっくりと服を脱ぎ、元の服へと着替え直した。

 レジで会計を終え、紙袋を受け取ったとき、不思議な高揚感が胸に残っていた。

 (……これを着て、陸と“デート”するんだ)

 罪悪感と期待、そして言葉にしがたい“かずは”としての自分への好奇心——そのすべてが、混ざり合っていた。

 ショップを出ると、日差しがやや傾き始めていた。紙袋を抱え、和也——かずはは小さく息を吐いた。

 「……変だよな、俺、何やってんだろ」

 でも、心のどこかで“楽しみにしている自分”がいることを、否定はできなかった。

 
その日の夜。和也は自分の部屋のベッドに仰向けに寝転がり、天井を見つめていた。

 スマホの画面はスリープモードに落ちていて、あのアプリのアイコンが沈黙を守っている。

 (……なんだったんだ、あれ)

 試着室で鏡に映った“かずは”の姿が、脳裏から離れない。
 ただ服を着替えただけなのに、あの時の胸の高鳴りは、どうしてこんなに強く残っているのか。

 「……あれが、俺?」

 思わず口にした言葉に、自分でも戸惑いを隠せなかった。

 女の子として見られることに、最初は恥ずかしさや居心地の悪さしかなかったはずだ。
 なのに、いつからか——それを“楽しんでいる”自分が、確かにいた。

 誰かに褒められること。誰かに頼られること。
 そして、誰かに「好きだ」と言われること。

 (あれは全部、“かずは”としての俺に向けられた言葉だ)

 和也としての自分には、届かなかった感情だった。

 「でも……だからって、それが本当の俺かって言われると……」

 わからない。

 どこまでが“演技”で、どこからが“本心”なのか。

 陸のまっすぐな視線が頭をよぎる。「先生、またデートしようね」と笑った顔が、まぶたに焼きついている。

 (……俺は、このままでいいのか?)

 そっとスマホに手を伸ばし、アプリのアイコンに指を置く。

 けれど、画面は開かず、そのまま手を引っ込めた。

 「……もう少しだけ、考えさせてくれ」

 ぽつりと呟いた声は、誰に向けたものでもなかった。

 ただ、自分自身に対する問いかけのように——静かな夜の中へと溶けていった。

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