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大学のキャンパス
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キャンパス内のベンチに腰かけ、スマホをいじっていた和也は、不意に肩をぽんと叩かれた。
「やっと見つけた~。今日も連絡なかったから、逃げたのかと思ったよ?」
笑顔で近づいてきたのは斎藤結衣だった。和也の彼女。短めのスカートに白のブラウスという清楚な装いが、初夏の柔らかい陽射しによく似合っている。
「あ、いや……ちょっとゼミが長引いててさ。最近ほんとに色々立て込んでて」
「うん、それは分かってるんだけどね? でもさぁ……もう少し“彼女”にも気を配ってくれてもいいと思うんだけど?」
冗談めかして言いながらも、結衣の目は少しだけ寂しげだった。
和也は、うまく言葉が見つからず、ただ曖昧に笑ってごまかした。
すると突然、結衣が思い出したように声のトーンを明るくする。
「そうだ、そうそう! 今日、また叔母さんから聞いたんだけどね」
「ん? なに?」
「陸くん——私の従兄弟の弟、覚えてる?」
「……う、うん。名前だけは」
背筋がピクリと反応する。和也の中で、何かがゆっくりとざわめき始めていた。
「彼、この前の学力テストでめちゃくちゃ頑張ってるんだって! 数学なんてクラスでトップレベルだって、叔母さんすごく喜んでたよ」
「……へ、ぇ……そ、それは良かったね」
顔がこわばるのを感じながら、なんとか言葉をつなぐ。
「でね、なにがすごいって、その頑張ってる理由がさ——」
そう言って、結衣はくすくすと笑いながら続けた。
「“テストで100点を取ったら、家庭教師の先生とデートできるから”なんだって!」
「——っ!!」
その瞬間、和也の心臓がズキンと大きく跳ねた。笑い混じりの軽い言葉だったはずなのに、まるでナイフのように突き刺さる。
「……へ、ぇ……そんな話……してたんだ」
「ね? 中学生ってほんとかわいいよね~。まだ恋とかよく分かってない感じなのに、すごく一生懸命で」
結衣はまったく気づいていない様子で笑っていた。
和也のこめかみにじわりと冷や汗がにじむ。心の中では警報が鳴り響いていた。
(まさか……陸、あの話を家族に話したのか……!? いや、誰に聞かれた? 自分で言ったのか?)
——いや、それよりも。
(……結衣は、まさか“かずは先生”の正体が俺だなんて、思いもしないだろうけど……)
「……陸くんって、確か和也も前にちょっと教えてたって言ってなかったっけ?」
「え、あ、いや、えーと……それは……名前が似てる子がいて、ちょっと勘違いしてたかも……」
慌てて取り繕うと、結衣は特に疑った様子もなく「そっかぁ」とだけ返した。
「でも、ちょっと羨ましいな……そういう風に、一人の先生のために必死で頑張れるって。私も、そういう風に和也に思ってもらえたら……」
その言葉が、和也の胸の奥にまた別の棘を刺す。
「……ごめん。最近、ちゃんと向き合えてなかったよね」
ぼそりと呟くと、結衣は「ううん」と小さく首を振った。
「和也が頑張ってるのは分かってるよ。でも、私は……やっぱりちゃんと、好きって言ってほしいし、必要って思ってほしいなって……そう思っただけ」
何気ない言葉だった。でも和也の心には、二重の重みでのしかかってきた。
——陸との関係。そして、結衣との関係。
“かずは”という存在が、知らぬ間に周囲の人間関係を歪め始めている。
「……大丈夫。ちゃんと、考えるよ」
「うん。期待してる」
微笑む結衣の笑顔を、和也はまっすぐに見られなかった。
(俺は……何をしてるんだろう)
心の中に渦巻く罪悪感と戸惑いを抱えながら、和也はそっと、結衣の手を握った。
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「やっと見つけた~。今日も連絡なかったから、逃げたのかと思ったよ?」
笑顔で近づいてきたのは斎藤結衣だった。和也の彼女。短めのスカートに白のブラウスという清楚な装いが、初夏の柔らかい陽射しによく似合っている。
「あ、いや……ちょっとゼミが長引いててさ。最近ほんとに色々立て込んでて」
「うん、それは分かってるんだけどね? でもさぁ……もう少し“彼女”にも気を配ってくれてもいいと思うんだけど?」
冗談めかして言いながらも、結衣の目は少しだけ寂しげだった。
和也は、うまく言葉が見つからず、ただ曖昧に笑ってごまかした。
すると突然、結衣が思い出したように声のトーンを明るくする。
「そうだ、そうそう! 今日、また叔母さんから聞いたんだけどね」
「ん? なに?」
「陸くん——私の従兄弟の弟、覚えてる?」
「……う、うん。名前だけは」
背筋がピクリと反応する。和也の中で、何かがゆっくりとざわめき始めていた。
「彼、この前の学力テストでめちゃくちゃ頑張ってるんだって! 数学なんてクラスでトップレベルだって、叔母さんすごく喜んでたよ」
「……へ、ぇ……そ、それは良かったね」
顔がこわばるのを感じながら、なんとか言葉をつなぐ。
「でね、なにがすごいって、その頑張ってる理由がさ——」
そう言って、結衣はくすくすと笑いながら続けた。
「“テストで100点を取ったら、家庭教師の先生とデートできるから”なんだって!」
「——っ!!」
その瞬間、和也の心臓がズキンと大きく跳ねた。笑い混じりの軽い言葉だったはずなのに、まるでナイフのように突き刺さる。
「……へ、ぇ……そんな話……してたんだ」
「ね? 中学生ってほんとかわいいよね~。まだ恋とかよく分かってない感じなのに、すごく一生懸命で」
結衣はまったく気づいていない様子で笑っていた。
和也のこめかみにじわりと冷や汗がにじむ。心の中では警報が鳴り響いていた。
(まさか……陸、あの話を家族に話したのか……!? いや、誰に聞かれた? 自分で言ったのか?)
——いや、それよりも。
(……結衣は、まさか“かずは先生”の正体が俺だなんて、思いもしないだろうけど……)
「……陸くんって、確か和也も前にちょっと教えてたって言ってなかったっけ?」
「え、あ、いや、えーと……それは……名前が似てる子がいて、ちょっと勘違いしてたかも……」
慌てて取り繕うと、結衣は特に疑った様子もなく「そっかぁ」とだけ返した。
「でも、ちょっと羨ましいな……そういう風に、一人の先生のために必死で頑張れるって。私も、そういう風に和也に思ってもらえたら……」
その言葉が、和也の胸の奥にまた別の棘を刺す。
「……ごめん。最近、ちゃんと向き合えてなかったよね」
ぼそりと呟くと、結衣は「ううん」と小さく首を振った。
「和也が頑張ってるのは分かってるよ。でも、私は……やっぱりちゃんと、好きって言ってほしいし、必要って思ってほしいなって……そう思っただけ」
何気ない言葉だった。でも和也の心には、二重の重みでのしかかってきた。
——陸との関係。そして、結衣との関係。
“かずは”という存在が、知らぬ間に周囲の人間関係を歪め始めている。
「……大丈夫。ちゃんと、考えるよ」
「うん。期待してる」
微笑む結衣の笑顔を、和也はまっすぐに見られなかった。
(俺は……何をしてるんだろう)
心の中に渦巻く罪悪感と戸惑いを抱えながら、和也はそっと、結衣の手を握った。
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