性転換メイク

廣瀬純七

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メイクの魔術師

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ある日、都会の裏通りにひっそりと佇む古びたビルの一角に、噂だけが先行する不思議なメイクアップスタジオがオープンした。そのスタジオには、「どんな人でも美しく、若く、そして全く別人に変えることができる」と評判の女がいると言われていた。名前もわからず、ただ「メイクの魔術師」とだけ呼ばれているその女の元を訪れる客たちは、どこか後ろめたさを抱えた人が多かった。

ある夜、50代のサラリーマンである田中がスタジオの前に立っていた。彼は半信半疑ながらも、どうしても自分を変えたいという思いが捨てきれなかった。妻とは疎遠になり、仕事もパッとしない。今さら若返ることもできず、ただ日々の疲れに押しつぶされそうな毎日だった。

「ここに来れば、何か変わるかもしれない」

そんな期待と不安を胸に、彼はスタジオの扉を叩いた。すると、柔らかな灯りの中から女が現れた。黒い服に身を包み、口元には微笑みを浮かべたが、その目はどこか冷たく、彼の内面をすべて見透かすようだった。

「いらっしゃい。どんな姿になりたいの?」

田中は何と答えて良いかわからず、しばらくの間沈黙したが、やがてポツリと口を開いた。

「…若い頃の自分に戻りたい。でも、それだけじゃなくて…新しい自分にもなりたいんです。」

女は静かに頷き、奥の椅子に彼を案内した。そして、棚に並ぶ奇妙な色合いのパレットや、不思議な形の道具を取り出し、メイクを始めた。彼女の手は滑らかで、動きはまるで舞うように繊細だった。

最初は、顔の輪郭が変わり、シワが消えていく。次に、目元や鼻筋が若々しく整えられていく。その間、田中は次第に自分の顔が変わっていくのを感じた。しかし、最も驚いたのは、彼女が顔のメイクだけでなく、全身に手を伸ばし始めたことだった。

「どうしても若くなりたいのなら、身体も変えなければね」

その声はまるで低く歌うようで、田中は言葉を発することなく頷いた。彼女が不思議な薬剤を塗り込み、特殊なテープで形を整え、メイクと魔法のような技術を駆使すると、田中の体つきが変わり始めた。男性的な肉付きが細くしなやかなラインに変わり、肩の骨が滑らかに整えられていく。数時間後、鏡の前に立っているのは、20代の美しい女性だった。髪も長く艶やかで、誰が見ても田中であるとは思えない完璧な変身だった。

「さあ、これで新しい人生を始める準備は整ったわ」

女が微笑み、彼に声をかけた。田中は自分の姿を見て、言葉を失った。全くの別人だ。自分でも信じられない姿がそこに映っている。彼は恐る恐る鏡に手を伸ばし、その新しい顔に触れた。

「本当に…これが私ですか?」

女はただ微笑んでいた。彼はすぐに感謝の言葉を述べようと振り返ったが、女の姿はすでに消えていた。スタジオの中は不気味な静寂が広がり、まるで最初から彼女などいなかったかのようだった。

それ以来、田中はその姿で街に出ることにした。自由と新しさを手に入れたはずの彼は、やがて違和感と孤独感に苛まれるようになった。見た目は変わっても、内面は何一つ変わっていなかったのだ。過去の自分がちらつき、そして自分が失ってしまったものの大きさに気付かされていった。

最終的に彼が元の自分に戻れる方法は、もはや知る術もなく、スタジオも跡形もなく消え去ってしまっていた。その夜に出会った女の正体は、今も彼の記憶の中で謎に包まれたままだった。
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