シェア・ソウル

廣瀬純七

文字の大きさ
3 / 4

一郎と良子

しおりを挟む


郊外の静かな住宅街にある喫茶店「シェア・ソウル」。古びた看板がかすかに揺れ、落ち着いた雰囲気が漂うこの店は、若者だけでなく、中年世代や年配の人たちにも人気の隠れ家的な存在だ。だが、この店には特別な噂がある。「恋人飲み」をすると、身体が入れ替わるという都市伝説だ。

#### 登場人物
**一郎(いちろう)**:55歳。真面目な性格で、地元の中堅企業に勤めている。長年会社に尽くしてきたが、近年は仕事一筋で、家庭では少し無口になりがち。妻の良子との結婚生活は30年近く続いているが、最近は会話も減り、日常の中で互いに距離が生じているように感じていた。

**良子(よしこ)**:53歳。一郎の妻で、専業主婦。家庭を守りながらも、時折寂しさを感じていた。二人の子どもたちはすでに独立し、最近は夫と二人の時間が増えたが、彼が仕事に疲れて無口になることが多く、心の距離を感じるようになっていた。

二人は休日の午後、何気なく散歩している途中でこの「シェア・ソウル」に立ち寄った。

#### 恋人飲みの挑戦

「なんだか、静かでいいお店ね」と、良子が店の内装を見渡しながら言った。店内は落ち着いた木の温もりが感じられ、心が安らぐ空間だった。良子がこの店を選んだ理由は、噂で聞いた「恋人飲み」という奇妙な習慣に興味を持ったからだった。

「良子、今日は珍しくカフェなんてどうしたんだ?」一郎は少し不思議そうな顔をして尋ねた。普段、外で二人で過ごすことは少なく、特にこんな洒落たカフェに来ることは滅多にない。

「ねえ、昔みたいに、ちょっと遊んでみない?これ、『恋人飲み』って言って、一緒に飲むと特別なことが起きるって噂なのよ」

一郎は困ったような顔をしながらも、妻の提案に逆らえずにうなずいた。注文を済ませ、テーブルには二本のストローが刺さったジュースが運ばれてきた。

「いい歳して、ちょっと恥ずかしいな…」と一郎は苦笑しながら、ストローに口をつけた。

「いいじゃない、一緒にやってみようよ。せーの!」

二人は同時にジュースを吸った。その瞬間、不思議な感覚が体に広がり、視界が揺らぐように感じた。

#### 翌朝の異変

翌朝、一郎は目を覚ました。身体がいつもより妙に軽い。そして、寝室の雰囲気もどこか違っていることに気づいた。隣に見慣れた妻の姿があるはずなのに、見えるのは…自分自身?

「まさか…」一郎は自分の手を見て驚愕した。そこにあるのは、細くしなやかな、女性の手。それも、見慣れた妻の手だ。

「おい、これはどういうことだ…」

一方、良子も目を覚まし、自分の体に起きた異変に気づいた。目の前に見えるのは、筋肉質な自分の夫、一郎の体。寝起きで混乱する頭の中に、昨夜の喫茶店での「恋人飲み」のことが思い出された。

「入れ替わってる…私たち、どうしちゃったの?」

二人はすぐに顔を見合わせ、静かに状況を理解し始めた。

#### 入れ替わった日常

「一郎、私たち、本当に体が入れ替わってるのよね…」良子(今は一郎の体)は、慌てふためきながらも、何とか冷静を保とうと必死だった。

「どうやらそうみたいだ…しかし、どうすれば元に戻れるんだ?」一郎(良子の体)は、自分の高くなった声に戸惑いながらも、冷静に考え込んだ。

二人はまず、お互いの生活をそのまま引き継ぐことにした。一郎は良子として家事をこなし、良子は一郎として会社に出勤する。お互いの役割を担うことで、これまで見えなかったお互いの生活に直面することになった。

#### 良子の視点:一郎の仕事

一郎の体で会社に出勤した良子は、そこで夫がどれだけの責任を背負っているかを知ることになった。会議に出席し、部下たちの指示を出し、顧客とのやり取りに追われる日常は、思った以上に忙しく、ストレスフルだった。

「こんなに大変だったのね…家で無口になるのも無理ないわ」と、良子は一郎の苦労を初めて実感した。仕事から帰ると、どっと疲れが押し寄せ、ただ静かに過ごしたくなる気持ちが痛いほど理解できた。

#### 一郎の視点:良子の家事

一方、一郎は良子の体で家事を担当することになった。最初は簡単だと思っていた家事も、実際にやってみると細かい作業が多く、終わりのないルーティンに気が滅入ってしまった。掃除、洗濯、食事の準備…一つ一つは小さなことでも、それらが積み重なると大きな負担になる。

「これを毎日やってたのか…大変だったんだな、良子…」一郎は、妻がどれだけ家庭を支えてきたかを実感し、今まで無関心だった自分を反省した。

#### 元に戻る夜

一週間が経ち、二人は再び「シェア・ソウル」を訪れた。店内は変わらず、マスターは静かに二人を迎え入れた。

「また来ていただけましたか?」マスターは微笑んでジュースを差し出した。

「これは、どうやったら元に戻るんだ?」一郎(今は良子の体)は真剣な表情で尋ねた。

「同じように、二人でジュースを飲めば、元に戻るでしょう」とマスターは静かに答えた。

二人は再びストローに口をつけ、同時にジュースを吸った。すると、視界が再び歪み、体が入れ替わる感覚に包まれた。

#### 互いの理解

翌朝、二人はそれぞれ自分の体に戻っていた。

「元に戻ったな」と、一郎が優しく微笑んだ。

「そうね。でも、私たち、今回のことでお互いをもっと理解できた気がする」と良子も微笑み返した。

「俺、今まで家事の大変さとか、全然わかってなかったんだな。ごめんな、良子。これからはもっと協力するよ」と一郎が真摯に謝ると、良子は「私も、一郎の仕事がどれだけ大変か知ったわ。今まで黙ってたけど、本当はとても頑張ってたのね」と静かに応じた。

それからというもの、一郎は家事に協力的になり、良子も夫の疲れを気遣いながら過ごすようになった。二人は再び寄り添い、長い結婚生活の中で生まれた小さなズレを埋め、より深い絆で結ばれるようになった。

喫茶店「シェア・ソウル」での不思議な体験は、二人にとって大切な教訓となり、その後も夫婦仲は以前にも増して仲良く穏やかに暮らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

兄になった姉

廣瀬純七
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

処理中です...