あべこべな世界

廣瀬純七

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銭湯の前で

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夕暮れ時、オレンジ色に染まった帰り道を二人は並んで歩いていた。角を曲がると、古びた煙突から煙が立ちのぼる、昔ながらの銭湯「松の湯」が見えてくる。

ふわりと漂ってきた石鹸の匂いに、健太はふと足を止めた。

「なあ、美咲。ちょっと銭湯に寄っていかないか?」

健太がふと足を止めて提案すると、美咲は目を丸くして驚いたような顔をした。

「ええっ!? 急にどうしたのよ。お風呂はお家で入るからいいわよ。それに、いくら幼馴染だからって、一緒に銭湯なんて……恥ずかしいじゃない」

美咲はカバンをぎゅっと抱え、少し顔を赤らめて後ずさりした。今の彼女にとって、年頃の男子と一緒に銭湯へ行くなど、到底考えられないことなのだ。

健太は「あ……」と声を漏らし、自分の失言に気づいて苦笑いした。

「あ、ごめん。つい、あっちの感覚で言っちゃった。……あべこべな世界ではさ、俺も女子の体になっていて、美咲も女子の体であっちの世界では男子だったんだよ。だから俺たち、『男同士の親友』みたいな関係でさ。部活の帰りとか、よくこうして「……部活の帰りとか、よくこうして二人で銭湯に寄ってたんだよ。『男友達』として美咲と一緒に男湯に入ってたんだ」

健太が遠い目をして語ると、美咲は一瞬、言葉を失ったように固まった。そして、みるみるうちに顔を耳まで真っ赤に染めた。

「な、ななな……何言ってるのよ! 私と一緒に、お風呂に……!? 健太くん、いくら夢の話だからって、それはデリカシーがなさすぎるわよ!」

「いや、だから、俺も 美咲も男の子でさ、背も俺より高くて、すごく頼りがいがあって……。湯上がりには二人でコーヒー牛乳を賭けて、どっちが長く潜れるか競ったりしてさ」

健太は懐かしそうに笑うが、美咲は恥ずかしさのあまりカバンで顔を半分隠してしまった。

「信じられない……。私が男の子で、健太くんと男同士の友達なんて。じゃあ、あっちの世界の私は、健太くんが……その、裸とかも見てたってこと?」

「まあ、そうなるな。親友だったから、全然気にしてなかったけど」

「もう、やめて! 聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ!」

美咲はぶんぶんと首を振った。しかし、少しだけ落ち着きを取り戻すと、不思議そうな顔をして健太を見上げた。

「……でも、不思議ね。そんなに仲が良かったんだ」

「えっ? あっちの美咲は『お前は俺がいないとダメだな』なんて言って、いつも俺の頭をガシガシ撫でてくるような奴だったから。『相棒』って感じだったよ」

健太がそう答えると、美咲は少しだけ複雑そうな表情を浮かべ、ポツリと呟いた。

「……ふーん。相棒、ね。私は今のまま、健太くんに守ってもらう方がいいかな」

「え、何か言ったか?」

「なんでもないわよ! ほら、変なこと言ってないで帰るわよ。銭湯は一人で行ってきなさい!」

美咲はプイッと前を向いて歩き出したが、その足取りはどこか落ち着かない。健太はその後ろ姿を追いかけながら、あべこべの世界での「彼」との友情と、今の世界の「彼女」への淡い気持ちが、不思議に混ざり合うのを感じていた。
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