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序章 異世界を救わない
エピソード2 思惑
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翔子の父、中村 義和は神社境内に軽トラックを乗り入れ、待機していた済美 該世を大声で呼ぶ。
「ガイー!そこの段ボール箱と八足台を積んでくれ!」
「相変わらず、声でけぇよ・・ってかハッソク?なんだよそれ」
5mも離れていない場所から、大声で指示する義和に辟易としながらも、段ボール3箱を一気に持ち上げ、軽トラックの荷台に載せる。
「力持ちなのはいいが、中の神具が割れてたら弁償な!」
ガハハッと豪快に笑いつつ、怖い事を言う義和。
期末テストも終わり、夏休みに突入した該世は、朝早くから義和に呼び出され、該世は翔子との約束通り、義和と神事の手伝いに精を出していた。
「八足台っていうのは、この木で出来た神具を置くテーブルの事だよっと」
社務所から出て来た、巫女姿の神主の娘が八足台を持ち上げようとする。
「無理するな美伽、俺が持つよ」
持ち上げようとして持ち上がらない川添 美伽の代わりに、該世は八足台を持ち上げ軽トラに積み込む。
「済美君って、見た目線が細いのに、凄い力あるのよね。遠藤君が言ってたよ、身体能力高いのに部活入らないの勿体無いって」
遠藤とは、サッカー部の今年キャプテンになったクラスメートであり、美伽もまた同じクラスだ。
そして翔子の父親の義和は、神主である美伽の父親と懇意にしており、その関係で翔子と美伽も、仲のいい古くからの友達同士であった。
「よーし、積み込み終わったな。んじゃガイ、お前もこれ着ろ」
義和は、自分が着ている作務衣と、色も同じ紺の作務衣を手渡した。
義和の運転する軽トラックに同乗した該世は、窓から肘を出し、車窓の景色を眺める。
「休みに引っ張り出して悪かったな、ガイ」
前を向いたまま、義和は今更な詫びを口にする。
「まぁ約束だしね、破った日には俺のハイスクール生活が終わってしまう」
該世は出した肘の上に顎を乗せ、外の風を浴びながら翔子の所業を想像し、眉間に皺を寄せた。
「まぁアイツも頑固なとこあるしな、ガッハッハ」
「おじさん、笑い事じゃないって!翔子は生徒会の権力を傘に、俺を追い込むに決まってる」
「翔子は影のフィクサーってか?それおもろいな!ガッハッハッハ!」
義和は該世の言い草に、バカ笑いをする。
赤信号で停車した義和は、バカ笑いから一転、該世の方を真顔で向く。
「まぁそれでもさ、翔子はお前の事を好いてるみたいだし。なぁガイ、アイツは俺に似ず美人だろ?そこんとこどうだ?」
「・・・はぁ!?何言ってんだおじさん!そんなの勘違いも甚だしいだろうに!それに大体俺は翔子の事を・・・オイおじさん、信号変わってんぞ!」
青に変わった信号を指差し、ここぞとばかりに話を逸らす。
義和はギアを入れ、軽トラックを走らせる。
「まぁいいや。だがガイよ、その言葉今日で後悔することになるかもな!」
「はぁ?どういう意味だよ」
義和は答えず、ニヤ付いた笑顔を湛えたまま、目的地に向かって軽トラックを走らせた。
トンネルの入り口を封鎖していたバリケードが、工事関係者によって開け放たれており、内部に設置した辺りを照らす投光器が、普段見ることの無いトンネル内部の壁面が照らし、墨汁をぶちまけた様な黒いシミがいたるところにはっきりと見え、このトンネルの異様さを演出している。
トンネル入り口付近には、長椅子が並べられ、その横には受付と表示されたテントに、スーツ姿の女性が名簿の仕分けに勤しんでいた。
該世と義和は、その手前まで軽トラックを横付けて降りると、二人してトンネルを見上げた。
義和はトンネルを睨み付けたまま微動だにせず、その様子を遠い目で見ていた該世はフッと軽く息を吐き、義和の肩を叩いた。
「さ、おじさん、準備始めるよ」
「ああ、すまん。よっしゃ!とっとと終わらしちまうか!」
二人はいそいそと、神事の準備に取り掛かる。
その間にも参列者が続々と集まり、受付に列を作り出していた。
受付を済ませた関係者が、用意された長椅子に座ると、口々に雑談を交わす。
「一応、地鎮祭だと聞いてはいるけど、普通閉鎖するのにやるもんかね?」
「なんだ、君は聞いてないのか?なんでも事故があったらしい」
「はぁ?着工すらしていないのにか?」
「ああ、なんでも事前調査で死人が・・」
「そこまでにしとけ、余り吹聴するもんじゃあない」
国交省の役人2人に、上司らしき人物が戒慎を即す。
「私達が参加してる時点で察するべきだが、それにしても、物々しすぎる事は確かだ」
局次長である登坂は、参列する人々に目をくれる。
席に着かず、立談をする人々が散在する。
中には地元の警察署長や、議員の姿があった。
「うっし、大体終わったかな。ああガイ、玉串の数は合ってるか?」
「この葉っぱ付いた枝のこと?数なんて聞いてないぞ」
義和が主要参列者の数だけあるのか確認するが、玉串の意味すら分かっていない該世に頭を抱える。
「兎に角そこにある数を数えてから、神主様とこ行って確認してきてくれ」
「あいよ」と軽く答えた該世は、言われた通りに数を数え、神主の下に向かう。
参列者の間を通り抜けようと、縫うように進む該世の肩がポンと叩かれる。
不意を突かれ、咄嗟に叩かれた相手からザッと距離を取るが、相手を見た該世の眉間にシワが寄る。
「ご苦労さまぁ」
睨まれているにも関わらず、微笑みを返すは、場違いな程に妖艶な美しさを醸す女性であった。
「・・なんでココにいる」
忌々しさが籠もった声を漏らす該世に、その女性は顎だけで外を示し、該世を誘うのだった。
「これで良しっと。うん、やっぱり翔ちゃんは何を着せても似合っちゃう」
神社が用意した控え天幕で、美伽が同じように巫女の衣装を身に着けた翔子に素袍を羽織らせ、神事の準備を進めていた。
「うぅ・・そうかなぁ、変じゃない?」
美伽の褒め言葉に、少し照れながらもその場でくるりと回り、身に着ける衣装を確認するが、途中目の端に該世の姿が写った。
「あ、該世!・・・なに、あの女の人・・」
該世の姿に、ぱっと華やいだ笑顔を見せたのも束の間、後に続く女性を見つけ、翔子の笑顔が曇るのだった。
堤防を登る階段の手前で振り返る該世は、両腕を前で組み、女性を睨み付ける。
「その格好も良く似合うわよ、該世」
女性は該世に近づき、しげしげと作務衣を着た該世を値踏みる。
「うるせぇ、ってかなんでココに来てんだ!」
該世は一歩後ろに引き、女性との距離を取る。
「そんなに怒ること無いじゃない?なぜって、それは大事な息子の晴れ舞台を・・」
「息子いうな!大体晴れ舞台って、バカにしてんのか!?」
「もう、怒ってばっかり!いつからそんな子になっちゃったの!」
女性は該世の手を掴み、自分の胸に抱き寄せた。
「ふがっ!」
大きな胸に顔を埋められ、藻掻く該世だが、抜け出すことが出来ない。
「いい加減に・・しろ・・よ」
一向に抜け出すことが出来ない該世は、徐ろに女性の腰辺りに手を回す。
何かを察知した女性は、抱き締めていた該世からサッと身を引く。
「コラ!お母さんに何しようとしてるの、ダメでしょ!」
メッと子を諭すように、該世に人差し指を立て叱る。
女性が着る黒の上着の左胸に、参列者用の名札が刺されており、その名札には「済美 静香と書かれていた。
「はぁはぁ、もう戯言はいい。端的に言ってくれ、なにが起こった?」
落ち着きを取り戻した該世は、冷静な口調で静香に問うた。
「もう、せっかちねぇ。女の子に嫌われるわよ?」
それでもまだ誂おうとする静香に、該世は前のめりに身を動かす。
「はいはい、冗談が過ぎました、ごめんなさい」
該世を止めるように手を前に突き出し、詫びの言葉を口にするが、表情はにこやかなままだ。
「そうねぇ、何から話しましょうか」
上着の内ポケットからケースに入ったタバコを取り出し、静香には似つかわしくない銀のジッポーライターで火を付ける。
静香は一息肺に紫煙を吸い込み、空に向かって盛大に吐き出した後、上を向いたまま語り始める。
「昨日連絡があったの。・・着任フラジャイルが仕事を為損なったみたい」
「まさか、真崎さんが!?」
静香へ向ける仏頂面が、険しい表情へと変わる。
「連絡があったのは昨日の午後10時頃、ターゲットを見失ったのはもっと前で、召喚儀式を行っていたところを部隊が急襲したようだけど、まんまと罠に嵌ったようよ」
静香は肩を竦め、タバコを口に咥えた。
「急襲したタイミングは、こちらの時間で1週間前。その時の事象は、こちらでも把握しているわ」
「それがトンネル工事現場での事故・・か」
該世は地面に目を落とし、歯を食いしばる。
静香は咥えていたタバコを手に持ち、そのままタバコの先で該世を指す。
「それがどういうことか、あなたなら分かるわよね?」
「・・・」
「まぁ、相当あなたにご執心のようだから・・ねぇ?」
「殺すぞ・・お前・・」
該世は俯いたまま全身の力を漲らせる。
すると該世の周りの空気が陽炎のように揺らぎ、体を覆いだす。
「はいはい、いつでも相手になってあげるけど」
異様な殺気を放つ該世に臆すること無く、静香はニヤリと片方の口角を釣り上げる。
「でも、そうは言ってられないわよ?」
静香はタバコを足元に捨て、足でにじり消す。
不意にトンネルがある方向から、笙の音が聞こえてくる。
該世はハッとなり、トンネルの方向に目をやると、次第に顔が引き攣りだす。
「今・・なんだな?」
殺気を放ったまま、静香に問う。
「ココには私と該世、ヤれるのはあなたしかいないわ」
答えになっていない静香の言葉に、該世は地面を蹴り、飛び出していく。
トンネル内では、神事の始まりを告げる笙の音が響き渡り、音に合わせて巫女である翔子と美伽が、神楽鈴を鳴らし巫女の舞が始まっていた。
それを見守るように、トンネルからはみ出す形で設置された長椅子に座る参列者達。
舞が終わり、脇に控えた巫女と入れ替わるように、しずしずと神主がご神前に陣取る。
神主が八足台に立てられた祝詞弊を手に取ろうとした時、神棚に置かれた神鏡が微かに揺れだした。
元々トンネルの上を車が通過する為、その度にちょっとした振動が起こる。
だがその揺れは、微弱な振動が継続し、神棚の神具全てが震えるように動く。
さすがに異変を感じた神主は、祝詞弊を手に取らず、何事かと辺りを見渡す。
異変を感じているのは、神主とその傍にいる翔子と美伽だけで、参列者達は神主の挙動に疑問を感じている程度であった。
「翔ちゃん、あれ何?」
翔子といっしょに辺りを見渡していた美伽が、神棚の裏、トンネルの奥側に天井から幾本もの白い光の線が、地面と繋がっているのを見つける。
「み、美伽ちゃんこっちに・・」
何かの危険を感じた翔子は、美伽の手を引き出口側に後退る。
次第にその白い光の線が太く広がるにつれ、眩い光を発しだす。
「なんだこれは!」
「眩しいぞ!どうなってるんだ!」
トンネル内が真っ白な光りに包まれ、多くの参列者は余りの眩しさにその場で顔を伏せる。
目を開けることも出来ない程の光は、次第に明度を失い、直径1m程の円柱状にまで膨らんでいた光の線が収束しだし、細い線にまで戻ると光を失い、天井に向かって消えていく。
だが、白い光の線が照射されていた場所に、片膝をつき、胸の前で手を組んで祈る白い修道服を着た人間が、光の線の数だけ出現していた。
先頭の錫杖らしき杖を持つ男は立ち上がると、後方に控える10人が列を2つに整列する。
先頭の男が、どこの言語か分からない言葉を発した後、手に持つ杖の先で神前の場所を指すと、杖の先から炎が火炎放射器のように吹き出し、神棚から神具の全てに火を付ける。
「美伽ちゃん、早く外へ!」
炎の熱に炙られ、翔子は美伽を庇うように後ろから美伽の体を押し、倒れ込んだ。
「おい、火が出てるぞ!消せ!」
「何してんだ!早く外に出ろよ!」
神前に火が付いた事で参列者は事態に気づき、我先にと逃げ出す者や、その場に留まり鎮火を即す者とで混乱が生じるのだった。
「翔子!翔子、大丈夫か!?」
義和が逃げ惑う人の波に逆らい、倒れて動かない翔子の元までたどり着き、抱き起こす。
「う、うう・・お父さん・・美伽は・・」
翔子は意識を取り戻すが、体に痛みが走るのか、自ら体を起こせない。
「ああ、神主の親父が外に連れ出してる。お前は少しやけどしてるがもう大丈夫だ。お父さんが助けてやるからな!」
義和は翔子をおぶり、その場から離れようとするが、突然弾かれたように後ろを振り向く。
(そこの者、動けば殺す)
義和の頭の中に直接響いてくる声が、義和を足止めしたのだ。
炎の中から杖を持った修道服の男が、義和に歩み寄る。
それに合わせて他の修道服の者達は、炎を飛び越え逃げ惑う人々に、それぞれの得物を持ち襲い掛かる。
杖の男はその様にこくりと頷くと、義和に向きを変え杖を突き付ける。
(貴様に問う。ショウマという貴様らと同じ、異世界人を知っているか?)
川の堤防の上で、一人煙草を吹かし佇む静香を見上げながら、堤防の階段を上がるグレーのスーツを着た男は、静香の元に辿り着くと、何も言わず2本の指を差し出す。
「東野さん、私をキャバ嬢かなんかと勘違いしてない?」
隣に立つ遠藤に目もくれず、無表情で言い放つ。
「ああ、すまんすまん、つい癖出ちゃったよ。一本頂けますか?」
お座なりな詫びの言葉を口にし、出した2本の指を静香の目の前でチラチラと振る。
2人はトンネルがある方向を見ながら、無言で煙草を吹かすが、東野が吸いかけの煙草を踏みにじると、前を見たまま静香に話しかける。
「まぁこのまま筋書き通りにいけば、俺の進む道はそう難しいものではない。だが済美、お前が進もうとする先は余りにも無謀に思える。老婆心ながら言うが、勝てる喧嘩ならいい、しかし想像の枠を超える世界が相手になる事もあるだろう・・ヤれるのか?」
静香はフッと紫煙を吐き、短くなった煙草を踏みにじると、首だけを動かし東野を見る。
「確かに当初の計画のままでは、政府を動かす事すら儘ならなかったでしょう。でも、たった1人の少年が私達の計画を塗り替えてしまう。計画だけではない、思想や組織までも・・そう、まさにパラダイムシフトと言っても過言ではないほどに」
静香は話す程に言葉に熱が帯び、その表情は目を見開き、狂気じみた笑顔を張り付かせる。
「ふーん、あの少年がか。まぁ済美がそこまで発情してんなら、相当喧嘩がつえぇんだろうよ」
済美は遠藤の言い草に、キッと睨み付る。
「おーこわ・・そんな怒るなよ。まぁ兎に角、お手並み拝見と行こうじゃないか」
東野は静香を後にし、階段を下りて行く。
「うるさいわよ元陸軍幕僚長。あんたは自分の役割を全うしてくれればいいの、政治家としてね」
静香の小言が聞こえていたのか、東野は背中越しに手を振るのだった。
フードを目深に被っている為、杖の男の表情は読み取れないが、突き付けられた杖に恐れを感じ、恭順を選ぶ義和は、ショウマという単語に幼き頃の思い出が脳裏に甦る。
(ほう、最初に出会った者が、ショウマの知り合いであったとは)
義和の思考が読めるのか、杖の男は天を仰ぎ、自らの強運に打ち震える。
(して、ショウマはどこにいる?居場所を言えば、穏やかな死を与えてやろう)
「な、何を言っているのか、俺には分からない。だ、だが将馬の事なら、俺の知っていることを話す、だからせめてこの子は」
選択肢にもならない条件を突き付ける杖の男に、話すら見えない義和は、おぶっていた娘の翔子を下ろし、翔子を庇う様に両腕を広げて、杖の男の前に立ち塞がる。
杖の男は手に持つ杖を予備動作もなく、義和の左肩目掛けて振り下ろす。
ヒュンと風切り音を残し、義和の肩口から左腕が切り離された。
「うおおぉぉ・・腕が、俺の腕が・・」
地に落ちた腕を、義和は血相変えて拾い上げる。
「い、痛くはない・・なんだこれは・・」
肩口からは出血せず、きれいな断面だけが残されている。
(穏やかな死と言ったであろう。さぁ、言葉にせずともよい、思い描けばいいのだ、ショウマの事を)
蹲る義和を見下ろし、先を即す杖の男は、徐々に苛立たしさを顔に表す。
義和は、将馬と出会った頃からの遠い記憶を、思い浮かべる。
(そんな古い記憶はどうでもいい、今の記憶をだ)
杖の男は腰を落とし、切り離された腕を抱えて膝立ちする義和の鼻先まで顔を寄せた。
(埒が明かない。ならば、直接読み取るまで)
手に持つ杖を地面に突き刺し手放すと、義和の頭を両手で挟む様にし、足が離れる程持ち上げると、両親指を義和の目に差し込む。
「がぁぁ!」
両目を潰され藻掻くが、持ち上げられている分、まともな抵抗が出来ない。
(ふむ・・なんと!既にいるではないか!)
義和の記憶を自ら得た杖の男は、狂気の笑みを浮かべるのだった。
トンネルの外、修道服の男達は刀剣を振るう者や、弓矢を使う者もおり、それぞれの得物で逃げ惑う参列者達を虐殺していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図の場にたどり着いた該世の恰好は作務衣ではなく、夏場だというのに白い襟付きのハーフコートを羽織り、、デザートカラーに統一されたインナーやズボン、そして足元はタクティカルブーツを身に着けている。
該世は左手首に装着した、一見スマートウォッチのように見えるリストバンドの感触を確かめながら、目だけを動かし辺りを見る。
目線の先、倒れて動かない神主の手を引っ張り、必死に逃げようとする美伽の姿があった。
「お父さん、お父さん!誰か・・誰か助けて!」
涙を流し、動かない神主である父を引きずりながら、助けを求める美伽の後方で、弓使いが矢を番え美伽を狙う。
該世は咄嗟に跳躍し、美伽の襟首を片手で掴み上げ、自分の後方へ投げ飛ばすと、飛来する矢に向かって掌を向ける。
矢は該世の掌に接触する寸前で、矢じりから消える様に砂へと変わり、霧散する。
意識の外であったのか、目の前にいる該世に驚く弓使いは、後方へ跳び距離を取った。
該世は弓使いなど眼中に無いとばかりに背を向け、美伽に声を掛ける。
「美伽、翔子はどうした?」
「さ、済美く・・ん?」
美伽は唐突に現れた該世に、今の境遇を忘れ、驚きを隠せないでいる。
「まぁいい、取り敢えず美伽はここにいてくれ。後の事は心配しなくていいからな、絶対動くなよ」
該世は美伽に人差し指を突き付け、念を押す。
その間、弓使いは該世の遣り取りを待つわけは無く、「キチ・キチチキ・・」と昆虫が威嚇時に鳴らす弾くような音を発声し、矢を番え該世に狙いを付ける。
だが狙いを付けたと思った時には既に、該世は弓使いの横に立ち、左腕で弓使いの喉輪を掴んでいた。
「おい、ここは日本だ。こっちに来たなら、日本語話せよ」
弓使いの耳元で囁き、喉輪を掴んでいた腕を振り抜く。
弓使いの胴と首とが切り離され、該世の握る手の中には砂が残されていた。
今までその場にいた人々を始末しようと、飛び回っていた修道服の男達が、一斉に該世の方に向く。
(見つけたぞ、我らが怨敵!)
(我らの国を、破滅せしめた叛徒め!)
(一族の恨み、思い知れ!)
それぞれの思いを思念に載せ、該世の思考へ響かせる。
(ワァーオ!そこまで自己中拗らせるとは、見事なもんだ)
該世は同じように思念を飛ばし、オーバーアクション気味に肩を竦める。
(死ね!悪魔め!!)
直剣使いが腰だめに剣を構え、一跳びに該世へ突っ込んでいった。
突然目の前に現れ、父を蹂躙する修道服の男を止めようと、翔子は腹這いになり父の元へとにじり寄ろうとするが、背中全体を焼ける様な痛みが走り、体が動かせない。
「お、お父さん・・」
痛みを堪え父を呼ぶが、片腕を失い両目を潰された父の倒れ込む姿に、声にならない悲鳴を上げた。
「お父さん・・助けて・・助けて・・該世・・該世!!」
横たわる父に手を伸ばし、必死に助けを求める声が、無意識に自分が最も傍に居て欲しい、該世の名に替わる。
(どうやら我が殉教者が接触したようだ。ならば、お前も連れてってやろう)
翔子の思考に言葉を響かせ、杖の男は翔子の髪を鷲掴みにし持ち上げた。
杖の男は翔子の髪を掴んだまま引き摺り、トンネルの外へ出たその時、ボールのような物が投げ出され、弾んで杖の男の足元に転がる。
それはボールではなく、修道服の男、杖の男が言う殉教者の首であった。
杖の男は、足を使って殉教者の頭を転がし、顔を確認する。
(これはどういう事だ!?殉教者達よ、ショウマはどうした!)
(お仲間なら、おっと、これで残りは1人かな)
杖の男の思念に他の言葉が割り込むと同時に、前方に砂埃が舞い、それを藻掻きながらかき分ける人影が現れた。
その人影は殉教者の一人であるが、地面から足が離れ、宙に浮いているように見える。
(何しに来たんだ、ミカラジ司教?)
杖の男の思考に語り返す声は、該世のものであり、殉教者が宙に浮くように見えるのは、該世が身を隠す盾の様に掴み上げていた為だ。
該世は、藻掻く殉教者を片手で掴み上げたまま、半身をずらし姿を晒すのだった。
・・つづく・・
「ガイー!そこの段ボール箱と八足台を積んでくれ!」
「相変わらず、声でけぇよ・・ってかハッソク?なんだよそれ」
5mも離れていない場所から、大声で指示する義和に辟易としながらも、段ボール3箱を一気に持ち上げ、軽トラックの荷台に載せる。
「力持ちなのはいいが、中の神具が割れてたら弁償な!」
ガハハッと豪快に笑いつつ、怖い事を言う義和。
期末テストも終わり、夏休みに突入した該世は、朝早くから義和に呼び出され、該世は翔子との約束通り、義和と神事の手伝いに精を出していた。
「八足台っていうのは、この木で出来た神具を置くテーブルの事だよっと」
社務所から出て来た、巫女姿の神主の娘が八足台を持ち上げようとする。
「無理するな美伽、俺が持つよ」
持ち上げようとして持ち上がらない川添 美伽の代わりに、該世は八足台を持ち上げ軽トラに積み込む。
「済美君って、見た目線が細いのに、凄い力あるのよね。遠藤君が言ってたよ、身体能力高いのに部活入らないの勿体無いって」
遠藤とは、サッカー部の今年キャプテンになったクラスメートであり、美伽もまた同じクラスだ。
そして翔子の父親の義和は、神主である美伽の父親と懇意にしており、その関係で翔子と美伽も、仲のいい古くからの友達同士であった。
「よーし、積み込み終わったな。んじゃガイ、お前もこれ着ろ」
義和は、自分が着ている作務衣と、色も同じ紺の作務衣を手渡した。
義和の運転する軽トラックに同乗した該世は、窓から肘を出し、車窓の景色を眺める。
「休みに引っ張り出して悪かったな、ガイ」
前を向いたまま、義和は今更な詫びを口にする。
「まぁ約束だしね、破った日には俺のハイスクール生活が終わってしまう」
該世は出した肘の上に顎を乗せ、外の風を浴びながら翔子の所業を想像し、眉間に皺を寄せた。
「まぁアイツも頑固なとこあるしな、ガッハッハ」
「おじさん、笑い事じゃないって!翔子は生徒会の権力を傘に、俺を追い込むに決まってる」
「翔子は影のフィクサーってか?それおもろいな!ガッハッハッハ!」
義和は該世の言い草に、バカ笑いをする。
赤信号で停車した義和は、バカ笑いから一転、該世の方を真顔で向く。
「まぁそれでもさ、翔子はお前の事を好いてるみたいだし。なぁガイ、アイツは俺に似ず美人だろ?そこんとこどうだ?」
「・・・はぁ!?何言ってんだおじさん!そんなの勘違いも甚だしいだろうに!それに大体俺は翔子の事を・・・オイおじさん、信号変わってんぞ!」
青に変わった信号を指差し、ここぞとばかりに話を逸らす。
義和はギアを入れ、軽トラックを走らせる。
「まぁいいや。だがガイよ、その言葉今日で後悔することになるかもな!」
「はぁ?どういう意味だよ」
義和は答えず、ニヤ付いた笑顔を湛えたまま、目的地に向かって軽トラックを走らせた。
トンネルの入り口を封鎖していたバリケードが、工事関係者によって開け放たれており、内部に設置した辺りを照らす投光器が、普段見ることの無いトンネル内部の壁面が照らし、墨汁をぶちまけた様な黒いシミがいたるところにはっきりと見え、このトンネルの異様さを演出している。
トンネル入り口付近には、長椅子が並べられ、その横には受付と表示されたテントに、スーツ姿の女性が名簿の仕分けに勤しんでいた。
該世と義和は、その手前まで軽トラックを横付けて降りると、二人してトンネルを見上げた。
義和はトンネルを睨み付けたまま微動だにせず、その様子を遠い目で見ていた該世はフッと軽く息を吐き、義和の肩を叩いた。
「さ、おじさん、準備始めるよ」
「ああ、すまん。よっしゃ!とっとと終わらしちまうか!」
二人はいそいそと、神事の準備に取り掛かる。
その間にも参列者が続々と集まり、受付に列を作り出していた。
受付を済ませた関係者が、用意された長椅子に座ると、口々に雑談を交わす。
「一応、地鎮祭だと聞いてはいるけど、普通閉鎖するのにやるもんかね?」
「なんだ、君は聞いてないのか?なんでも事故があったらしい」
「はぁ?着工すらしていないのにか?」
「ああ、なんでも事前調査で死人が・・」
「そこまでにしとけ、余り吹聴するもんじゃあない」
国交省の役人2人に、上司らしき人物が戒慎を即す。
「私達が参加してる時点で察するべきだが、それにしても、物々しすぎる事は確かだ」
局次長である登坂は、参列する人々に目をくれる。
席に着かず、立談をする人々が散在する。
中には地元の警察署長や、議員の姿があった。
「うっし、大体終わったかな。ああガイ、玉串の数は合ってるか?」
「この葉っぱ付いた枝のこと?数なんて聞いてないぞ」
義和が主要参列者の数だけあるのか確認するが、玉串の意味すら分かっていない該世に頭を抱える。
「兎に角そこにある数を数えてから、神主様とこ行って確認してきてくれ」
「あいよ」と軽く答えた該世は、言われた通りに数を数え、神主の下に向かう。
参列者の間を通り抜けようと、縫うように進む該世の肩がポンと叩かれる。
不意を突かれ、咄嗟に叩かれた相手からザッと距離を取るが、相手を見た該世の眉間にシワが寄る。
「ご苦労さまぁ」
睨まれているにも関わらず、微笑みを返すは、場違いな程に妖艶な美しさを醸す女性であった。
「・・なんでココにいる」
忌々しさが籠もった声を漏らす該世に、その女性は顎だけで外を示し、該世を誘うのだった。
「これで良しっと。うん、やっぱり翔ちゃんは何を着せても似合っちゃう」
神社が用意した控え天幕で、美伽が同じように巫女の衣装を身に着けた翔子に素袍を羽織らせ、神事の準備を進めていた。
「うぅ・・そうかなぁ、変じゃない?」
美伽の褒め言葉に、少し照れながらもその場でくるりと回り、身に着ける衣装を確認するが、途中目の端に該世の姿が写った。
「あ、該世!・・・なに、あの女の人・・」
該世の姿に、ぱっと華やいだ笑顔を見せたのも束の間、後に続く女性を見つけ、翔子の笑顔が曇るのだった。
堤防を登る階段の手前で振り返る該世は、両腕を前で組み、女性を睨み付ける。
「その格好も良く似合うわよ、該世」
女性は該世に近づき、しげしげと作務衣を着た該世を値踏みる。
「うるせぇ、ってかなんでココに来てんだ!」
該世は一歩後ろに引き、女性との距離を取る。
「そんなに怒ること無いじゃない?なぜって、それは大事な息子の晴れ舞台を・・」
「息子いうな!大体晴れ舞台って、バカにしてんのか!?」
「もう、怒ってばっかり!いつからそんな子になっちゃったの!」
女性は該世の手を掴み、自分の胸に抱き寄せた。
「ふがっ!」
大きな胸に顔を埋められ、藻掻く該世だが、抜け出すことが出来ない。
「いい加減に・・しろ・・よ」
一向に抜け出すことが出来ない該世は、徐ろに女性の腰辺りに手を回す。
何かを察知した女性は、抱き締めていた該世からサッと身を引く。
「コラ!お母さんに何しようとしてるの、ダメでしょ!」
メッと子を諭すように、該世に人差し指を立て叱る。
女性が着る黒の上着の左胸に、参列者用の名札が刺されており、その名札には「済美 静香と書かれていた。
「はぁはぁ、もう戯言はいい。端的に言ってくれ、なにが起こった?」
落ち着きを取り戻した該世は、冷静な口調で静香に問うた。
「もう、せっかちねぇ。女の子に嫌われるわよ?」
それでもまだ誂おうとする静香に、該世は前のめりに身を動かす。
「はいはい、冗談が過ぎました、ごめんなさい」
該世を止めるように手を前に突き出し、詫びの言葉を口にするが、表情はにこやかなままだ。
「そうねぇ、何から話しましょうか」
上着の内ポケットからケースに入ったタバコを取り出し、静香には似つかわしくない銀のジッポーライターで火を付ける。
静香は一息肺に紫煙を吸い込み、空に向かって盛大に吐き出した後、上を向いたまま語り始める。
「昨日連絡があったの。・・着任フラジャイルが仕事を為損なったみたい」
「まさか、真崎さんが!?」
静香へ向ける仏頂面が、険しい表情へと変わる。
「連絡があったのは昨日の午後10時頃、ターゲットを見失ったのはもっと前で、召喚儀式を行っていたところを部隊が急襲したようだけど、まんまと罠に嵌ったようよ」
静香は肩を竦め、タバコを口に咥えた。
「急襲したタイミングは、こちらの時間で1週間前。その時の事象は、こちらでも把握しているわ」
「それがトンネル工事現場での事故・・か」
該世は地面に目を落とし、歯を食いしばる。
静香は咥えていたタバコを手に持ち、そのままタバコの先で該世を指す。
「それがどういうことか、あなたなら分かるわよね?」
「・・・」
「まぁ、相当あなたにご執心のようだから・・ねぇ?」
「殺すぞ・・お前・・」
該世は俯いたまま全身の力を漲らせる。
すると該世の周りの空気が陽炎のように揺らぎ、体を覆いだす。
「はいはい、いつでも相手になってあげるけど」
異様な殺気を放つ該世に臆すること無く、静香はニヤリと片方の口角を釣り上げる。
「でも、そうは言ってられないわよ?」
静香はタバコを足元に捨て、足でにじり消す。
不意にトンネルがある方向から、笙の音が聞こえてくる。
該世はハッとなり、トンネルの方向に目をやると、次第に顔が引き攣りだす。
「今・・なんだな?」
殺気を放ったまま、静香に問う。
「ココには私と該世、ヤれるのはあなたしかいないわ」
答えになっていない静香の言葉に、該世は地面を蹴り、飛び出していく。
トンネル内では、神事の始まりを告げる笙の音が響き渡り、音に合わせて巫女である翔子と美伽が、神楽鈴を鳴らし巫女の舞が始まっていた。
それを見守るように、トンネルからはみ出す形で設置された長椅子に座る参列者達。
舞が終わり、脇に控えた巫女と入れ替わるように、しずしずと神主がご神前に陣取る。
神主が八足台に立てられた祝詞弊を手に取ろうとした時、神棚に置かれた神鏡が微かに揺れだした。
元々トンネルの上を車が通過する為、その度にちょっとした振動が起こる。
だがその揺れは、微弱な振動が継続し、神棚の神具全てが震えるように動く。
さすがに異変を感じた神主は、祝詞弊を手に取らず、何事かと辺りを見渡す。
異変を感じているのは、神主とその傍にいる翔子と美伽だけで、参列者達は神主の挙動に疑問を感じている程度であった。
「翔ちゃん、あれ何?」
翔子といっしょに辺りを見渡していた美伽が、神棚の裏、トンネルの奥側に天井から幾本もの白い光の線が、地面と繋がっているのを見つける。
「み、美伽ちゃんこっちに・・」
何かの危険を感じた翔子は、美伽の手を引き出口側に後退る。
次第にその白い光の線が太く広がるにつれ、眩い光を発しだす。
「なんだこれは!」
「眩しいぞ!どうなってるんだ!」
トンネル内が真っ白な光りに包まれ、多くの参列者は余りの眩しさにその場で顔を伏せる。
目を開けることも出来ない程の光は、次第に明度を失い、直径1m程の円柱状にまで膨らんでいた光の線が収束しだし、細い線にまで戻ると光を失い、天井に向かって消えていく。
だが、白い光の線が照射されていた場所に、片膝をつき、胸の前で手を組んで祈る白い修道服を着た人間が、光の線の数だけ出現していた。
先頭の錫杖らしき杖を持つ男は立ち上がると、後方に控える10人が列を2つに整列する。
先頭の男が、どこの言語か分からない言葉を発した後、手に持つ杖の先で神前の場所を指すと、杖の先から炎が火炎放射器のように吹き出し、神棚から神具の全てに火を付ける。
「美伽ちゃん、早く外へ!」
炎の熱に炙られ、翔子は美伽を庇うように後ろから美伽の体を押し、倒れ込んだ。
「おい、火が出てるぞ!消せ!」
「何してんだ!早く外に出ろよ!」
神前に火が付いた事で参列者は事態に気づき、我先にと逃げ出す者や、その場に留まり鎮火を即す者とで混乱が生じるのだった。
「翔子!翔子、大丈夫か!?」
義和が逃げ惑う人の波に逆らい、倒れて動かない翔子の元までたどり着き、抱き起こす。
「う、うう・・お父さん・・美伽は・・」
翔子は意識を取り戻すが、体に痛みが走るのか、自ら体を起こせない。
「ああ、神主の親父が外に連れ出してる。お前は少しやけどしてるがもう大丈夫だ。お父さんが助けてやるからな!」
義和は翔子をおぶり、その場から離れようとするが、突然弾かれたように後ろを振り向く。
(そこの者、動けば殺す)
義和の頭の中に直接響いてくる声が、義和を足止めしたのだ。
炎の中から杖を持った修道服の男が、義和に歩み寄る。
それに合わせて他の修道服の者達は、炎を飛び越え逃げ惑う人々に、それぞれの得物を持ち襲い掛かる。
杖の男はその様にこくりと頷くと、義和に向きを変え杖を突き付ける。
(貴様に問う。ショウマという貴様らと同じ、異世界人を知っているか?)
川の堤防の上で、一人煙草を吹かし佇む静香を見上げながら、堤防の階段を上がるグレーのスーツを着た男は、静香の元に辿り着くと、何も言わず2本の指を差し出す。
「東野さん、私をキャバ嬢かなんかと勘違いしてない?」
隣に立つ遠藤に目もくれず、無表情で言い放つ。
「ああ、すまんすまん、つい癖出ちゃったよ。一本頂けますか?」
お座なりな詫びの言葉を口にし、出した2本の指を静香の目の前でチラチラと振る。
2人はトンネルがある方向を見ながら、無言で煙草を吹かすが、東野が吸いかけの煙草を踏みにじると、前を見たまま静香に話しかける。
「まぁこのまま筋書き通りにいけば、俺の進む道はそう難しいものではない。だが済美、お前が進もうとする先は余りにも無謀に思える。老婆心ながら言うが、勝てる喧嘩ならいい、しかし想像の枠を超える世界が相手になる事もあるだろう・・ヤれるのか?」
静香はフッと紫煙を吐き、短くなった煙草を踏みにじると、首だけを動かし東野を見る。
「確かに当初の計画のままでは、政府を動かす事すら儘ならなかったでしょう。でも、たった1人の少年が私達の計画を塗り替えてしまう。計画だけではない、思想や組織までも・・そう、まさにパラダイムシフトと言っても過言ではないほどに」
静香は話す程に言葉に熱が帯び、その表情は目を見開き、狂気じみた笑顔を張り付かせる。
「ふーん、あの少年がか。まぁ済美がそこまで発情してんなら、相当喧嘩がつえぇんだろうよ」
済美は遠藤の言い草に、キッと睨み付る。
「おーこわ・・そんな怒るなよ。まぁ兎に角、お手並み拝見と行こうじゃないか」
東野は静香を後にし、階段を下りて行く。
「うるさいわよ元陸軍幕僚長。あんたは自分の役割を全うしてくれればいいの、政治家としてね」
静香の小言が聞こえていたのか、東野は背中越しに手を振るのだった。
フードを目深に被っている為、杖の男の表情は読み取れないが、突き付けられた杖に恐れを感じ、恭順を選ぶ義和は、ショウマという単語に幼き頃の思い出が脳裏に甦る。
(ほう、最初に出会った者が、ショウマの知り合いであったとは)
義和の思考が読めるのか、杖の男は天を仰ぎ、自らの強運に打ち震える。
(して、ショウマはどこにいる?居場所を言えば、穏やかな死を与えてやろう)
「な、何を言っているのか、俺には分からない。だ、だが将馬の事なら、俺の知っていることを話す、だからせめてこの子は」
選択肢にもならない条件を突き付ける杖の男に、話すら見えない義和は、おぶっていた娘の翔子を下ろし、翔子を庇う様に両腕を広げて、杖の男の前に立ち塞がる。
杖の男は手に持つ杖を予備動作もなく、義和の左肩目掛けて振り下ろす。
ヒュンと風切り音を残し、義和の肩口から左腕が切り離された。
「うおおぉぉ・・腕が、俺の腕が・・」
地に落ちた腕を、義和は血相変えて拾い上げる。
「い、痛くはない・・なんだこれは・・」
肩口からは出血せず、きれいな断面だけが残されている。
(穏やかな死と言ったであろう。さぁ、言葉にせずともよい、思い描けばいいのだ、ショウマの事を)
蹲る義和を見下ろし、先を即す杖の男は、徐々に苛立たしさを顔に表す。
義和は、将馬と出会った頃からの遠い記憶を、思い浮かべる。
(そんな古い記憶はどうでもいい、今の記憶をだ)
杖の男は腰を落とし、切り離された腕を抱えて膝立ちする義和の鼻先まで顔を寄せた。
(埒が明かない。ならば、直接読み取るまで)
手に持つ杖を地面に突き刺し手放すと、義和の頭を両手で挟む様にし、足が離れる程持ち上げると、両親指を義和の目に差し込む。
「がぁぁ!」
両目を潰され藻掻くが、持ち上げられている分、まともな抵抗が出来ない。
(ふむ・・なんと!既にいるではないか!)
義和の記憶を自ら得た杖の男は、狂気の笑みを浮かべるのだった。
トンネルの外、修道服の男達は刀剣を振るう者や、弓矢を使う者もおり、それぞれの得物で逃げ惑う参列者達を虐殺していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図の場にたどり着いた該世の恰好は作務衣ではなく、夏場だというのに白い襟付きのハーフコートを羽織り、、デザートカラーに統一されたインナーやズボン、そして足元はタクティカルブーツを身に着けている。
該世は左手首に装着した、一見スマートウォッチのように見えるリストバンドの感触を確かめながら、目だけを動かし辺りを見る。
目線の先、倒れて動かない神主の手を引っ張り、必死に逃げようとする美伽の姿があった。
「お父さん、お父さん!誰か・・誰か助けて!」
涙を流し、動かない神主である父を引きずりながら、助けを求める美伽の後方で、弓使いが矢を番え美伽を狙う。
該世は咄嗟に跳躍し、美伽の襟首を片手で掴み上げ、自分の後方へ投げ飛ばすと、飛来する矢に向かって掌を向ける。
矢は該世の掌に接触する寸前で、矢じりから消える様に砂へと変わり、霧散する。
意識の外であったのか、目の前にいる該世に驚く弓使いは、後方へ跳び距離を取った。
該世は弓使いなど眼中に無いとばかりに背を向け、美伽に声を掛ける。
「美伽、翔子はどうした?」
「さ、済美く・・ん?」
美伽は唐突に現れた該世に、今の境遇を忘れ、驚きを隠せないでいる。
「まぁいい、取り敢えず美伽はここにいてくれ。後の事は心配しなくていいからな、絶対動くなよ」
該世は美伽に人差し指を突き付け、念を押す。
その間、弓使いは該世の遣り取りを待つわけは無く、「キチ・キチチキ・・」と昆虫が威嚇時に鳴らす弾くような音を発声し、矢を番え該世に狙いを付ける。
だが狙いを付けたと思った時には既に、該世は弓使いの横に立ち、左腕で弓使いの喉輪を掴んでいた。
「おい、ここは日本だ。こっちに来たなら、日本語話せよ」
弓使いの耳元で囁き、喉輪を掴んでいた腕を振り抜く。
弓使いの胴と首とが切り離され、該世の握る手の中には砂が残されていた。
今までその場にいた人々を始末しようと、飛び回っていた修道服の男達が、一斉に該世の方に向く。
(見つけたぞ、我らが怨敵!)
(我らの国を、破滅せしめた叛徒め!)
(一族の恨み、思い知れ!)
それぞれの思いを思念に載せ、該世の思考へ響かせる。
(ワァーオ!そこまで自己中拗らせるとは、見事なもんだ)
該世は同じように思念を飛ばし、オーバーアクション気味に肩を竦める。
(死ね!悪魔め!!)
直剣使いが腰だめに剣を構え、一跳びに該世へ突っ込んでいった。
突然目の前に現れ、父を蹂躙する修道服の男を止めようと、翔子は腹這いになり父の元へとにじり寄ろうとするが、背中全体を焼ける様な痛みが走り、体が動かせない。
「お、お父さん・・」
痛みを堪え父を呼ぶが、片腕を失い両目を潰された父の倒れ込む姿に、声にならない悲鳴を上げた。
「お父さん・・助けて・・助けて・・該世・・該世!!」
横たわる父に手を伸ばし、必死に助けを求める声が、無意識に自分が最も傍に居て欲しい、該世の名に替わる。
(どうやら我が殉教者が接触したようだ。ならば、お前も連れてってやろう)
翔子の思考に言葉を響かせ、杖の男は翔子の髪を鷲掴みにし持ち上げた。
杖の男は翔子の髪を掴んだまま引き摺り、トンネルの外へ出たその時、ボールのような物が投げ出され、弾んで杖の男の足元に転がる。
それはボールではなく、修道服の男、杖の男が言う殉教者の首であった。
杖の男は、足を使って殉教者の頭を転がし、顔を確認する。
(これはどういう事だ!?殉教者達よ、ショウマはどうした!)
(お仲間なら、おっと、これで残りは1人かな)
杖の男の思念に他の言葉が割り込むと同時に、前方に砂埃が舞い、それを藻掻きながらかき分ける人影が現れた。
その人影は殉教者の一人であるが、地面から足が離れ、宙に浮いているように見える。
(何しに来たんだ、ミカラジ司教?)
杖の男の思考に語り返す声は、該世のものであり、殉教者が宙に浮くように見えるのは、該世が身を隠す盾の様に掴み上げていた為だ。
該世は、藻掻く殉教者を片手で掴み上げたまま、半身をずらし姿を晒すのだった。
・・つづく・・
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