異世界をホントは救いたい(希望)

ガランドウ

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序章 異世界を救わない

エピソード7 権能 (旧題 和葉と翔子 2)

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 三木 和葉みき かずはの身体のいたるところから皮膚が裂け、その裂け目から炎が吹き出し、やがて全身に炎が纏わりつく。

 僕等がいるこの空間の温度が、ジリジリと上昇していくのが分かる程、その炎の勢いは凄まじい。

 「真崎まさきさん、アンタ達は逃げてくれ。後は俺に任せてくれればいい」
 将馬は三木 和葉を見詰めたまま、気合を入れるように拳を鳴らす。

 「待ってくれ、僕に何か出来ることはないのか!」

 「無い・・いや、じゃあ俺の代わりに、あの女の人をぶん殴っておいてよ」
 三木 和葉がPTSDを起こした切っ掛けだと思っているだろう、済美所長を将馬は指差す。

 だとしてもこの期に及んで、余裕がある素振りを見せる将馬の度量に、負けん気が湧いてくる。

 「ダメだね、僕はフェミニストだ。女性に手を挙げるなんて以ての外だよ」
 将馬の隣に並び立つ。 

 「なんだよ、面倒くさい人だな真崎さん」

 「そう言うなよ将馬。それで、策はあるんだよね?」

 将馬はフッと鼻を鳴らし、ニヒルに片方の口角を釣り上げ僕を見る。

 「和葉に取り憑いた精霊ベスタを、完全に顕現させる。そしたら後は、権能を開かせる前にボコボコにして泣かす」

 「はぁ!?」
 顕現とか権能の意味するところは分からないけど、余りに横暴な策に耳を疑ってしまう。

 大体策と言えたもんじゃないし。

 それに相手はあの姿であっても三木 和葉なのだ。

 「和葉には元々別の精霊、ハイジアが憑いてるから大丈夫だ」
 将馬はまた別の精霊の話をし出すが、それにしても何処ぞで聞いたような神の名が出てくるのは不思議だ。

 「よく分からないけど、取り敢えず僕は所長をゲートから逃がしておく」

 「うん、けど最後は花持たせるから、しくじんないでよ?」

 「う、ううん?まぁいいや、アドリブは得意さ」
 お互い頷き合い、ゆっくりと離れた。


 「駿、必ずあの子を連れ戻すのよ、分かってる?」

 「ええ、分かってますよ、あのですよね」
 念を押す済美所長に対して、念を押し返した僕の胸を「ドン」と叩いて済美所長はゲートに入っていった。

 その間にも三木 和葉は正気を取り戻すこと無く、纏う炎は勢いを増し続けている。

 将馬はゆっくりと歩み、三木 和葉を見上げた。

 「おい、そこのブス。出てこいよ」
 不敵な笑みを浮かべ、将馬が話し出す。
 
 さっきから気になっていたけど、将馬は精霊に対して明け透けな物言いをし、尚且つ僕に対しても饒舌になっている。

 「無視すんなよ、俺の言葉分かってんだろ?」

 まだ、三木 和葉に変化は生じない。

 「いい加減、和葉から離れろよ。テメェみたいな嫌われ精霊は、さっさと穴蔵に戻って大人しくしてろ?」
 将馬は地面を指差し、一層煽る言葉を吐く。

 そこで三木 和葉に変化が生じる。

 生気を感じず、焦点の合わない瞳を中空に漂わせていた三木 和葉が、弛緩した表情から
一転、眉間にシワが寄り、漂わせていた視線をグッと将馬へと移す。

 「お前は、学ぶ事を知らぬと見える」
 三木 和葉の声色だけど、その口調によって憑依している精霊が話し出していると分かる。
 
 「ハァ、あの時の事を言ってるのか?まぁ確かにアレは焦った」
 将馬は腰に手を当て、大きく溜息を吐き下を向く。

 けれど俯く将馬の周りで空気が変わり、沸々と怒りが漲り出すのが分かる。

 「けどベスタ、お前一人じゃ何も出来ない、臆病者じゃん。何を偉そうに口聞いてんだ?この金魚のフンごときが!」
 将馬はあおりにお煽る。

 しかし、ホント口悪いな将馬・・。

 「お、おのれぇっ!言わせておけば!何たる侮辱・・ならば目にもの見せてくれるわ!」

 見事に乗せられた精霊は、三木 和葉の顔に自我の表情を浮かび上がらせ、身体に纏わせていた炎を更に大きく膨らませると、メラメラと炎を全身に蓄えた、一回り大きいグラマラスな女性の姿に変化した。

 偏見かもしれないが、その姿からヘスティアというより、ベスタという火の女神の名がつく事に納得をした。

 「馬鹿が」
 ほくそ笑む将馬は、左手を斜め下に払うように動かし、それを合図と見た僕は、有効かどうかも考えず、ヒップホルスターからハンドガンを抜きざま、ベスタの背中にばら撒くように弾丸を撃ち込む。

 「ぬうん?」
 全ての弾丸が命中し、貫通するわけでもなく体の中で留まり、熱によって次第に溶け出すが、ダメージを与えた様子はなく、不意を突かれたベスタはこちらへ振り返った。

 「なんだよつれないな、俺を見ろよ」
 その隙を見逃さない将馬は、ベスタの背後に肉薄する。

 「侮るでないわ、ガキ!」
 ベスタもそれを読み、振り返る事無く体の表裏を瞬時に入れ替え、振り上げた将馬の腕を燃え上がる手で掴む。

 「将馬!」
 将馬のピンチに再度ハンドガンでの牽制を行おうとしたが、ベスタと将馬とが反発合ったように離れる幻視が見え、様子を見る。

 「きぃぃ・・ガキのくせに、よくも!」
 将馬の腕を掴んでいたベスタの腕が、肘関節部分まで炎が消え、その腕はヒビが入った石像のように変化している。

 将馬はベスタを睨み、掴まれていた右手の具合を確かめるように、握っては開くを繰り返した後、間髪入れずに再度ベスタに突っ込む。

 同じ手を食わぬとばかりに、ベスタは将馬の手を巧みに躱しながら、火炎放射器のように炎を手から射出する。

 将馬の立ち回りを確認しながら、ヒラヒラと飛び回るベスタに、ハンドガンを連射する。

 変わらずベスタの体内で弾丸は留まり溶け出すが、その事で一瞬動きを止めることが出来た。
 
 その隙を見過ごすこと無く、将馬は跳び上がりベスタが纏う炎を削る。

 ベスタは身に纏う炎が削られる度、悲鳴のような嬌声を上げた。

 恣意的しいてきに思われた将馬の作戦「ボコって泣かす」が思いの外、的外れじゃない事に関心してしまうけど、果たしてどこで決着を見るのか、先の将馬との戦い同様不安が過ぎる。

 「外さないでよ、真崎さん」
 機を見て場所を入れ替えるように交差する際、将馬が囁いた。

 思わずハンドガン、ベレッタ92Fの残り弾数を頭で確認する。

 残り3発、けど今回は瞬時にリロード出来ない替わりに、真夜からグロッグ1丁を拝借していた。

 「ギャアアアア!」

 ベレッタを撃ち尽くし、将馬が攻撃を仕掛けた瞬間、ベスタが今までにない強烈な悲鳴を上げた。

 「コアを撃ち抜け、真崎さん!!」
 着地と同時に後ろに跳ぶ将馬の元へ、ベスタの足下を潜るように跳び込み正面に出る。

 倒れた姿勢のまま見上げたベスタの姿は、胸部が割られたセルロイドの人形のように伽藍洞がらんどうの中身をさらけ出し、その中に赤い歪な球体が浮かんでいる。

 「任せろ!」
 立ち上がるのももどかしく、ベレッタをヒップホルスターに仕舞ったその手で、同じ腰に挿していたグロッグを抜き、寝転んだ状態でコアに狙いをつける。

 「これで終わりと言ってくれ!」
 願いを込めて引き金を絞り、ハンドガンを連射した。

 そこで未来予知が発動し、幻視が作り出すスローな世界で、片手撃ちの割にコアに向かって弾は集束し、何発かは弾かれるが、グロッグの装弾数全てを撃ち込むつもりで連射していく。

 何発もの弾がコアに命中し、ひび割れ破砕する。

 ベスタがエビ反りになり、破砕していくコアが体内から離れ浮き上がったその時、ベスタの体内から2本の腕が延び、粉々になりゆくコアを覆うように掴んだ。

 幻視通りにその事象が現実になり、何が起こっているのか全く見当がつかず、答えを求めて将馬を見るが、将馬は愕然とし立ち尽くしている。

 (危ねぇなぁ、なんてことしてくれるんだショウマ、俺の女によぅ)

 どこか馴れ馴れしく感じる思念が、僕の頭にも響いてくる。

 (なんだ?聞こえてねぇのか、しょうがねぇなぁ)
 僕にも聞こえている限り、伝わって無いとは思えないが、将馬はただ目を見張り動こうとしない。

 コアを掴んでいた腕が、ベスタの体内へとコアを掴んだまま戻っていく。

 すると破壊された胸部や他の損傷個所も同時に修復され、一糸も纏わない三木 和葉の姿に戻る。

 けれども、背中から生えていた炎の翼は残り、その翼が縦に重なりを見せると、扇を開くが如く円形に翼を増やし、車輪のような炎を作り上げた。

 すると三木 和葉の両腕、両足が車輪の炎に引っ張られるように取り込まれ腹部から上を残し、まるでレリーフのような姿に変化した。

 「お前・・お前は・・」
 立ち尽くしていた将馬の体がわななき、相手を射殺す程の眼光を、レリーフと化した三木 和葉に向ける。

 目を向けられた三木 和葉は、長い髪を前に垂らし俯いていたが、不意に髪を振り上げる様に勢いよく顔を上げ、黒目の無い白目を見開いた。

 「なんだよ、ショウマと話せるようにしただけだぜ?な、しょうがないだろ?」
 三木 和葉の口から、彼女の声ではない野太い声で言葉が発せられた。

 「バルカン!なんでテメェが出てきてんだよ、ふざけんな!!」

 「オイオイショウマ。現実から目を逸らすなよ、ほら見てみ?僕ならばここにいる、しょうがないだろう?」
 ふざけた言葉に合わせて、三木 和葉の表情も豊かに変化させている。

 「クソがぁ・・ミカラジの野郎はどこだ!!」
 将馬は三木 和葉、いや精霊であろうバルカンを指差す。

 「それは言いっこなしだぜショウマ。俺はただ、ベスタがピンチだっていうから駆け付けただけだぜ、しょうがないだろう?」
 飄々ひょうひょうと言葉を並べるバルカンが、不意に真剣な表情を浮かべる。

 「うーむ、もう少しお前と話していたかったが残念、時間切れだ。お前のせいで俺の権能が臨界点に到達した、しょうがないだろう?」
 バルカンは口惜しそうに目尻を下げた。

 「はぁ?俺のせい、だと?」

 「そうだぜぇ、一つは俺の女に手を出した。2つ目はお前が俺の話を聞かないから、俺の権能を開いて生贄を取り込んだんだ。男の中の男の俺が、女に憑りつけないことぐらい知ってるよな?しょうがないだろう?」
 「ハッハァー!」と歓喜の雄叫びを上げ、バルカンは空間の天井と縦穴との境目まで上昇をし、自身を横回転にゆっくり回り出す。

 「将馬、冷静になれ。そんな血が昇った頭じゃ、良い方策を見出せないよ」
 今にも飛び掛かって行きそうな将馬の後ろから肩に手を置き、落ち着くようなだめる。

 それにしてもいったいどれだけの精霊を、三木 和葉は宿しているのだろう。

 「真崎さんは逃げた方がいい。アレは精霊が放つ権能の力で、その威力は一つの都市を一瞬で破壊するほどだ」
 
 戸邨が言っていた縦穴の話が意味する所までは分かっていた。そして将馬の話によって、一連の騒動の核心部分に行き当たった。
 
 「これは端からミカラジ司教が描いた計略だったんだ。それはここ共和国のどこかを、ピンポイントで破壊しようとしている。僕らの生き死には、二の次だ」

 戸邨は縦穴がシャフトだといい、そしてそのシャフトから横穴があり、これがダクトの役割をして方々に張り巡らされている。

 その先は地上の何処に伸びているかは分からないけど、高威力の爆発をこの地下空間に留め、ダクトを通じて目指すターゲットのみを破壊するつもりなのだろう。

 「将馬、アレが開かれるっていうタイミングは、あとどれぐらいと見る?」
 将馬を連れてゲートに飛び込んだとしても、向こうに着いてからゲートを閉じてもらわないといけない。もし開いたままのゲートが爆発などにさらされた場合、済美所長に何らかの影響があっては困る。

 「もう殆ど時間は無い」
 将馬は歯噛みをし、回転を早めていくバルカンを睨み付けている。

 「そうか、分かった」
 僕は将馬の肩を叩き、ゲートに向かって走る。

 ゲートの前でジャケット脱ぎ、その白のジャケットをゲート内に投げ入れた。

 「どういうつもりだ、真崎さん!」
 その様子を見守っていた将馬は、慌ててこちらに駆け寄る。

 「どうって、それは将馬、君に賭けるんだよ」
 将馬の背を押し、バルカンに向かって二人並び立つ。

 「今ゲートを閉じる手順を踏んだ。さぁこれで一蓮托生、君はやれることをやれ、それを見届けさせてくれ」
 
 「何だよそれ・・意味分かんね」
 将馬は少し体を震わせ、そして前を向いた。

 「俺、案外真崎さんみたいな大人、嫌いじゃないよ。だから可能性は低いけど、いいとこ見せようかなってね」
 ニッとはにかむ笑顔を見せ、バルカンへと将馬は歩みだした。


 バルカンの回転は高速を極め、円形の本体が大きな火球へと変化しだしている。

 将馬は熱に煽られつつも、バルカンの前に仁王立つ。

 「なぁハイジア、今君は和葉に寄り添っているんだろ?お願いだ、和葉と話をさせてくれないか?」
 バルカンに向ける、睨むつける険しい表情とは違い、温和でどこか慈しむような表情で語り掛けている。

 「無駄だぜショウマ、考えても見ろよ?なぜ俺がベスタが憑いてる女の体に入れたか。しょうがないだろ?」
 バルカンが邪魔をするように、将馬の話に割って入る。

 けれど将馬は、バルカンの事など毛程も気にする様子はなく、ハイジアに対して語り掛ける言葉を止めない。

 「俺・・いや僕はハイジアには感謝をしているんだ。君がいてくれたから和葉が辛い中生きてこられたし、何より和葉をいっぱい笑顔にしてくれた」
 本当に嬉しそうな、顔をクシャクシャにした将馬の笑顔。

 「和葉と約束したんだ、ずっと一緒にいるって。だから僕もそこに行くよ、そして和葉を「ギュッ」て、抱き締めたいんだ」
 将馬の瞳から一筋の涙が零れる。

 「もうバルカンを止められない。けど・・僕なら封じ込める事が出来る。だからせめて最期の時まで、和葉を抱き締めていたいんだ」
 
 「バカなことを言うな、将馬!そんなの・・そんなのに賭けたんじゃない!」
 精霊に対する将馬の言葉に割って入る。

 将馬は命を賭して、愛する人と契ろうとしている。

 分かる、気持ちは痛い程分かる。けど、そんなのを見届ける為に残ったんじゃない。

 「だからさ、いいんだ俺は、いいんだよ真崎さん。なんかさ、真崎さんっていい人なんだもん、生きていてほしいじゃん」
 将馬はまた顔をクシャクシャにし、その笑顔を僕に向けた。

 「なにカッコつけてるんだよ将馬!・・そんなのいらないよ、それよりも僕に出来る事は無いか?何でもするから言えよ!」
 僕はこの将馬という少年を助けたい。なぜこの異世界に囚われているのかは分からないけど、将馬は一人の女性を守る為、孤独な戦いを強いられていたのだろう。

 そんなヒーローを、僕は放っておける筈がないじゃないか。

 けど、僕に何が出来る?僕は泣きたくなる程に無力だった。

 そんな思いとは裏腹に、大きな火球と化していたバルカンの中心部に、3D映像のような女性の姿が現れた。

 「ショウマ・・ありがと。あなたの気持ち、カズハに届いたわ」
 その女性の姿は三木 和葉ではなく、全身を蔦で絡まれ、月桂樹を冠した正に女神を体現した姿だった。

 「カズハはあなたを待っています。さぁショウマ、私と一緒に」
 その女神は、将馬に手を差し伸べる。

 「待て待て!なんで出てこれるんだハイジア、聞いてないぞ!」
 火球のどこからか、バルカンが声を荒たげるが、変な口癖が出ないほど焦っているのが分かる。

 「黙れ、奸賊如きにいいように使われるゲスが。本来なら、お前みたいなゲスにつけ入る隙など与えはしない、一生の不覚だわ。とにかく考え無しに権能を使う阿呆は今、開くことしか出来ないのだから、指を咥えて見ているがいいわ」
 中々に辛辣な言葉を投げつける、ハイジアという精霊。

 「ハ、ハイジアさん、将馬を・・将馬をどうする気なんだ?」
 僕は思わず、ハイジアに声を掛けていた。

 ハイジアは僕の方を見て、何も言わずただ目を細め、軽く頷く仕草を見せる。

 将馬もこちらを向き、何か話したように見えたが、聞き取ることが出来ず、そのままハイジアの体へと衣服を焼かれながら、取り込まれていった。

 「何をしているか知らんが、権能が開くぞ!お前ら諸共灰になりやがれ!しょうがないだろ!」
 バルカンの叫びと共に、火球が青白く輝きだし、徐々に圧縮されていく。

 しかし中心の白い部分に太陽の黒点のような物が写り、それが広がりを見せ、人影へと変化した。

 「な、なんだこれは・・俺の権能の力が・・クソ!久々に全てを灰に出来ると思ったに・・しょうがな・・い」
 バルカンの断末魔を余所に、その人影は2人の抱き合う姿になり、火球の表面が徐々に黒い外皮に覆われていく。

 「将馬ぁーー!」
 抱き合う2人の影は将馬と三木 和葉であり、将馬の願いが叶ってしまう悲しみに、涙が溢れた。

 火球は完全に冷えた溶岩のように、黒黒とした岩石に変わり、宙に浮かんでいる。

 「カッコよすぎるよ将馬。それに比べて・・・クソ、クソ、クソーー!!」
 自分の無力さ加減に呆れ、大声を張り上げた。

 地下空間に静寂が訪れ、一人取り残された僕は、地面に大の字で倒れたまま身じろぎ一つ出来ずにいた。

 どれぐらいの時間が経ったのだろう、時間の把握が出来ない程一頻り悲しみに暮れた後、徐に身を起こした時、宙に浮かんだままの黒い岩石から「ピシッ」と弾ける音が鳴り、岩石の下の方から小石が落ちて行く。

 それでも僕は虚ろ気にその様子を見上げていた。

 次第に丸い形状だった岩石が崩壊し、中から透明で透き通るガラス細工のような姿の三木 和葉と、何も纏わぬ裸の将馬とが抱き合う姿が現れたのだった。

 その光景に只々唖然とし、掛ける言葉すら浮かんでこない。

 三木 和葉は将馬から身を離し、将馬の顔を伺う。

 「ショウマ、あなたは前を向いて、後はあなた次第よ。マリクリウスはショウマと共に、私はあなたの選択に身を委ねるだけ」
 三木 和葉の姿で語る精霊ハイジアは、宥める様に将馬の体を擦り、頭を撫でた。

 「さぁ行きなさい、ショウマ」
 三木 和葉の体が実体を失ったかのように、スルリと将馬だけが抜け、ゆっくりと地面に降りる。

 「待って、待ってよ・・」
 将馬は中空に浮かぶ三木 和葉から離れたくない一心で、手を伸ばす。

 けど三木 和葉は将馬へ微笑みを湛えながら両手を広げ、透き通る透明の胸の中に灯火が灯り、その光がガラスの体を赤く照らし、次第に色付き始める。

 てらてらと光る体が肌を取り戻し、三木 和葉が実体を顕した。

 「和葉・・やっぱり僕は和葉の傍にいたいよ」
 将馬は膝を付き、悔いるように項垂れる。

 「将馬、大丈夫だよ、あなたにはちゃんと帰るところがあるんだから」
 三木 和葉は将馬を見下ろし微笑むが、実体を得た体のつま先や指先に火が灯り出す。

 「僕の事はいいんだ、和葉の傍に居れたらそれでいい・・」
 項垂れていた顔を上げ、溢れる涙を拭おうともせず、三木 和葉に懇願する。

 「最期の時まで将馬が私を抱きしめていてくれた、傍にいてくれたから私、幸せだよ」
 灯った火が足先や指先から体の中心に向かって延焼し、三木 和葉の体を灰にしていく。

 「私の汚れてどうしようもない人生の中で、将馬が初めて幸せをくれた。だから今度は将馬が幸せにならなきゃ・・・ありがとうね将馬・・」
 体の中心に火が到達した瞬間、一気に燃え盛り、その炎の奥で三木 和葉は微笑みの中に涙を残し、炎の鎮火と共に消滅した。

 「あぁ・・何だよそれ・・和葉がいなきゃそんなの・・そんなのないよぉ・・」
 将馬は何度も地面に拳を叩き付けては泣き喚く。

 飽きることなく何度も繰り返し、地下空間内に慟哭が響き渡るのだった。



        §



2019年 8月 前哨砦 (異世界侵入3日目)

 前哨砦にある待機部屋で、一人物思いにふけ真崎 駿まさき しゅんに、該世がいせは声を掛けた。

 「真崎さん、和葉の事なんだけど」
 該世の問い掛けに我に返る真崎は、微笑みを返す。

 テーブルを挟んで向かいに座る該世は、神妙な面持ちで真崎に話を切り出した。
 「この異世界での精霊について、真崎さんには話しておこう思って」

 「ん?その話は該世、余り話したがらなかったよね?」
 真崎は微笑みのまま該世を見詰めていたが、フッと苦笑を漏らした。

 「なんだよ真崎さん、真剣に話そうと思ったのに!」

 「ごめん、ごめん。いやね、さっきまで君達の事を思い返していたんだ」
 へそを曲げる該世に、真崎は弁解をする。

 「うっ・・嫌なこと言うなぁ」
 思うところがあるのか、該世はバツが悪そうに頭を掻く。

 「精霊の話か。なるほど、それが三木 和葉の生存に関わるんだね?」
 真崎は居を正して、話を戻した。

 「そうだと、思う。だからコイツの事を、真崎さんには知っててもらいたい」
 該世は自分の胸に拳を当て、その胸を忌々し気に睨むのだった。



        §



 ガダスミル皇帝居城 塔上部のとある居室

 小さな円卓に一つの椅子、それに一台のベッドが置かれた質素ではあるが清潔感のある部屋で、中村 翔子なかむら しょうこは目覚めた。

 「い、つつ・・」
 体を起こそうとするが、全身に筋肉痛のような痛みが走り、寝返りすらも躊躇してしまう。

 仰向けのまま視界に入る天井を見詰めていたが、まったく自分の居場所に見当がつかない。

 「なぜこんな・・うぐぅ、痛い・・」
 自分の身に何が起こったのか記憶を呼び起こそうとすると、今度は強烈な頭痛が襲う。

 そこへ部屋の明かりが灯り、重々しい音をさせて扉が開かれ、翔子が横たわるベットの傍まで一人の男が歩み寄ると、苦痛の表情を浮かべる翔子の額に、そっと手を翳して目を閉じる。

 すると痛みが和らいでいくのか、翔子の表情から苦痛が取り除かれていく。

 (怪我はほぼ治ってはいるが、まだ無理をしてはいけない。でも安心するといい、あなたに危害を加えようとする者はいない)
 直接頭に響いてくる声。

 不思議ではあるがどこか安らぎを感じる声に、翔子は様々な疑問を捨て、また眠りに就くのだった。

 男は翔子が眠りに就くのを見届け、その寝顔にどこか悲哀を感じる表情を浮かべた。

 (精霊よ、願わくばこの少女の思い、叶えてやってはくれぬだろうか。そして出来得るならばこの国を救う一助を開いて・・いや、それは欲深な事か)
 天を仰ぎ強く目を閉じた男は「フッ」と息を吐き、悔恨の念を表情に浮かべ、居室を後にした。

 ・・つづく・・
 
 2話でも収まらず、3話まで和葉と翔子が続いてしまう・・
 場合によってはエピソード6~8までの題を変えるかもしれません
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桜桃-サクランボ-
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金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

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