17 ジュウナナ

ガランドウ

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第1章 真木 陸斗

第8話 確証

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 リクトはゼファとの戦いの後、負傷した身体を癒すため、丸2日間マンガ喫茶に潜伏していた。
 
 新たなリクトの肉体は驚くほどに治癒力が高く、打撲や裂傷をたった2日で跡形もなく治した。

 身体が完治し、リクトは益美マスミが収容されている夜の病院へと向かうのだった。


 2月4日 金沢県立総合医療センター

 救急医療出入り口から、行き交う人に紛れて病院内に潜入し、益美が居る病室のフロアまで辿り着くがその時、病室から出てくる瑞希ミズキに目が留まる。

 瑞希は手に持った厚手のジャンパーに目を落とし一つため息を吐くと、俯いたままフロアのエレベーターに乗り込んだ。


 瑞希は寒空の中、屋上備え付けのベンチに腰を降ろし、手に持ったジャンパーを羽織ることもせず、身を縮めながら自分の足先を見詰めている。

 「お母さん・・瑞希はどうしたらいいの・・」
 一人呟き、手に持ったジャンパーに顔を埋めた。

 「瑞希ちゃん、脚は良くなった?」

 突然掛けられた言葉にハッと顔を上げる瑞希は、声がした所在が分からず辺りを見渡す。

 屋上には外灯はなく、唯一屋上出入口上部にある蛍光灯の灯りによって、そこに佇む人影に気がつく。

 瑞希は勢いよく立ち上がると、流れる涙を拭うこともせず、人影に向かって走り出した。

 「ぐほぉ!」
 無言で飛びつく瑞希のタックルが人影のみぞおち辺りにヒットし、思わず苦悶の声が人影から上げるが、少し後退るだけで瑞希を受け止めて見せる。

 「ひっぐ・・天使・・じゃなぐで・・ひっぐ・・リグトさん・・」
 瑞希は悲しみと喜びの感情が綯交ナイマぜになり、涙が止まらない。

 「どうした?ほら、落ち着いて」
 リクトは服の袖を伸ばし、瑞希の涙を拭き取る。

 「も、もう!やめでよ、きだないなぁ・・普通はハンガチでしょ・・」
 リクトのデリカシーの無い行為に、鼻声で苦言を呈する。

 「ハハ、汚い言うなよなぁ。あ、ティッシュあるわ」
 リクトは笑いながら、ゴソゴソと上着のポケットからマンガ喫茶の名が入ったポケットティッシュを取り出す。

 「ほれ、チーンしてみチーン」

 「じ、自分で出来るもん!」
 瑞希は子供扱いされた事に恥ずかしさを覚え、差し出されたティッシュを奪い取りながらも盛大に鼻をかんだ。

 「リ、リクトさん。あの・・また逢いに来てくれたんだよね」
 落ち着きを取り戻した瑞希は先程までとは違い、少し上目遣いで恥じらうような素振りでリクトを見る。

 「ん、そうだね。あの時はちと事情があって、俺の事はあまり人に知られる訳にはいかなくってさ」
 リクトはベンチに向かい、瑞希を手招きで誘う。

 リクトはベンチに座り、少し離れた所でちょこんと瑞希は座るが、図々しくもリクトは座った位置をスライドさせて瑞希に密着する。

 「瑞希ちゃん、聞きたいことがあるんだが」
 身体を密着させられ顔を寄せるリクトに、瑞希は顔を見ることが出来ずに俯きながら「な、なに?」と返すのが精一杯だった。

 「えっと、君のお母さんの事なんだが、お母さんの旧姓って竹内、竹内益美っていうのかな?」

 リクトの質問に一瞬理解が追いつかなかったが、瑞希は母の今の状態とに答えがまり、思わず顔を上げリクトを見る。

 「それって、昔のお母さんを知ってる・・?」

 コクリと頷くリクトを見て、瑞希は得心がいったように大きく溜息を吐いて空を見上げると、咄々トツトツと話し始めた。
 
 「あのねリクトさん、お母さんがね・・」


 あの惨劇の後、益美と瑞希それにキャロラインの3人は、それぞれ病院に運ばれ治療を受ける。

 キャロラインは軽い脳震盪だった為、入院することはなかったが、瑞希は刀による刺し傷があり、歩けるようになるまで入院することになるが、鋭利な刃物の傷は塞がるのも早く、また若さもあって1週間経った今では、もう歩けるようになっている。

 だが益美の容態は酷く、緊急手術が行われた結果一命は取り留めたが、今の今まで意識が戻らなかった。


 「ついさっき、お母さんが目覚めて・・そしたらね・・」
 瑞希は俯き、体を震わせる。

 また悲しみが募ったのか、涙を流す瑞希の肩をリクトは擦るようにし肩を抱き締めるのだった。



 益美がいる病室にリクトは一人、音も立てずに入る。

 窓際にある一つのベッドに体を起こし、窓の外を眺める益美の姿があった。

 「ちょっといいか?」
 リクトの掛ける声に、ゆっくり振り向く益美。

 その顔は目と口を残し包帯が巻かれ、酷いケガを負わされていた事を知っているにも関わらず、リクトは息を詰まらせる。

 「あ、陸斗!来てくれたの?」
 益美は喜びの表情を浮かべようとするが、痛みが走り顔に手を当てる。

 「イテテテ・・なんかね、目が覚めたら病室にいて。私どうしちゃったんだろ?」
 リクトへ伺うような視線を送る。

 (ああ、そうだ・・この声)

 「ねぇ陸斗、どうしたの?・・あ・・ごめん、私怪我しちゃってるのよね、心配かけちゃったかな・・でも大丈夫だよ!」
 包帯に隠れてその表情は分からないが、益美は心配かけじと精一杯の笑顔を作っているのが分かる。

 あの頃の益美の笑顔が、リクトの心に触れる。

 「陸斗・・ねぇ陸斗ってば」

 リクトはゆっくりと、ゆっくりと一歩ずつ益美との距離を縮めていく。

 「ああ、うん」
 リクトはベッドの横に立ち、益美と向かい合う。

 「なんか陸斗らしくないよ?」
 益美はリクトに抱き締めて欲しいのだろう、両手をリクトに向かって広げる。
 
 リクトはそれに応じず、益美の顔を覗き込む。

 「ごめん、ちょっと包帯取ってもいいか?痛かったら言ってくれ」
 益美の顔へ手を伸ばす。

 「何よもう!・・う~ん大丈夫だと思うけど、ホントどうしちゃったの陸斗?」
 抱き締めに応じてもらえなかったせいで少し機嫌を損なうが、リクトの要望に応じ目を瞑り顔を差し出す。

 ゆっくりと、巻かれた包帯を外していく。

 確証を得る必要はないと分かっているのに、それでも身体が突き動かさられるのは、そこに在るであろう益美の素顔を見たいという願望だけなのだろうか。

 徐々にその答えが紐解かれるように、益美の顔に巻かれた包帯が解かれる。
 
 益美の顔。

 歳を重ねた跡はあるが、確かにリクトの知る益美だった。
 
 顔中にあった腫れや内出血による青タンは治まってはいる。
 
 だが額や頬、瞼に何十もの縫われた針痕や痣、あまりにも痛々しすぎる。
 
 「ぉぉぉ・・」
 リクトから声にならない嗚咽が漏れる。

 「どうしたの陸斗?」
 目を瞑っていた益美がゆっくりと瞼を開くと、目の前に涙を流しクシャクシャにしたリクトの顔があった。

 「陸斗どうしちゃったの?・・・もう、泣かないで」
 リクトの顔を抱き寄せ、優しく髪を撫でる益美の目にも、涙が溢れ出す。
 
 「もう、私まで泣いちゃうじゃない・・陸斗が泣くのって、試合に負けた時以来なんじゃないの・・」

 (俺を導いた光。それが益美だと俺は理解した)
 その思いは嬉しさと焦燥。

 (益美は俺を求め、俺はそれに応えられていない)
 追憶と後悔。

 (傷ついても尚、あの頃の笑顔を俺に向ける)
 怒りと切なさ。

 様々な感情が、リクトの心に絡みつく。

 その内の1つの感情が、急激にリクトの心を締め上げていく。

 リクトは顔を上げ、益美の顔を優しく両の手で触れる。

 「益美、大丈夫だ。もう心配はいらない、俺がいる」
 優しく包み込むように自分の胸に益美を抱き締め、窓の先を見据えるリクトの顔が、ガラスに映る。

 (これは自分が選んだ人生の外)
 リクトの顔が歪みだす。

 (俺は知らずに生きてきた。だが知っていればどうだ?)
 ガラスに映る自身の顔に問う。

 (この頃の俺だとすれば、立場を重んじてまともに動くことが出来なかった筈だ)
 あの頃の自分に、侮蔑の目を向ける。

 ガラスに映る自分の顔を、目で射殺す程に睨みつける。
 (この感情は、復讐心か。となれば・・)
 負の感情が、リクトの心を支配した。

 気が付けば益美を手放し、病室の扉に向かおうとするリクトの腕を掴む、益美がいた。

 「陸斗、私、夢を見たの、嫌な夢」

 「陸斗が私を置いて、どっか行っちゃうの。なんでか分からないけど行っちゃうの」
 益美の身体は震えている。

 「安心しろ、俺はどこにも行かない、益美と一緒にいるぞ」
 リクトは慌てて益美を抱き締める。

 「陸斗・・行かないで・・お願い置いて行かないで!お願いだから!!」
 益美はリクトの胸に顔を押し付け泣き叫び、まだ塞がっていない傷口から血が滲み出す。

 それでも泣き止まず、何度もリクトに懇願する。

 「ま、待て益美、行かない、もうどこにも行かないから。落ち着こう、兎に角落ち着こうな」
 益美が錯乱し、懇願するサマに、リクトを焚きつける憎悪の火が掻き消え、必死に益美を落ち着かせることに注力する。

 「お母さん!」
 病室の扉の前で待っていた瑞希が異変に気づき、看護師と共に病室に駆け込む。

 リクトは医師による治療と鎮静剤の投与によって、落ち着きを取り戻す益美が眠りにつくまで見届け、瑞希と共に病室を後にした。

 病院の屋上で瑞希と2人、寒々と輝く月を眺めていた。
 
 「リクトさんはお母さんの高校生の時からの恋人、だったってこと?」
 瑞希は悩むように自分の顎をつまみ、思考に更ける。

 「ん?いや・・そういう訳ではない、かな?」
 リクトは月を見上げたまま動かず、どう応えるべきか思い悩む。

 確かにこの時代に生きる自分自身ならば、瑞希の言う通りではある。

 それは今ここにいる自分とは区別するべきだと、大阪でこの時代の自分を目の当たりにしたときに決心していた。

 身に起こった真実を包み隠さず語り、それを受け入れて貰えるならば話は別かもしれない。

 だがこの時代に生きるがいる限り、今の自分は異物であり他の生き物でなければならない。

 「瑞希はどんなリクトさんだって構わない。だってリクトが瑞希の前に現れた時なんて・・」
 思い悩むリクトをよそに、瑞希は出会った時の事を思い出したのか、少し顔を赤らめて。

 「夢じゃなかったんだもん・・」
 リクトを真っ直ぐに見つめた。

 「そうだな、何ていうか・・俺は瑞希ちゃんやお母さんが強く願った事で生まれたのかもしれない。まぁそんな存在だ」
 
 益美や瑞希が強く願った事で導く灯台の光が生まれ、未来で死を経験した陸斗が新たな生命体としてこの時代に降り立ったのだとすれば、全くの嘘ではなくなるとリクトは自身を納得させるのだった。



        §



 2月5日 大野家

 議事場から導きによって降り立った場所、土蔵でリクトは目を覚ます。

 前日の病院にて、瑞希にせがまれ、一晩厄介になることにしたのだ。

 根無し草に成り下がったリクトにとっては渡りに船なのだが、事件の参考人と目されているリクトがここに居ることは、なかなかにタイトロープなわけで。

 それに、大野俊一の嫁キャロラインと娘のアリアが、何処の者とも分からない男を迎え入れるわけがない・・こともなかった。

 アリアが事情を話してくれたおかげか、キャロラインはリクトに抱きつき、よく来てくれたと歓迎したのだ。

 う~む、若い身体には毒だ。

 
 その日、家の者たちは大野俊一の初七日ということもありせわしなく行事に追われ、キャロラインやアリアは習わしにはウトいようで、馴れない行事に悲しむ暇を惜しみ、参加する人々のお世話に明け暮れていた。

 リクトはその間、土蔵に身を隠していたのは言うまでもない。

 初七日の行事が終わる頃には、日も傾き始めていた。


 「リクト~疲れたぁ~・・肩揉んで!」
 土蔵にやってきた瑞希がふらふらと歩き、リクトの前にお座りする。
 
 「なにぃ?若者がだらしないのう!」と、もう呼び捨てかよと思いつつ、気合を入れて瑞希の肩を揉む。
 「痛い痛い~!もっと優しくしてよ!」

 ブウたれる瑞希の頭をペシッと叩き、リクトは瑞希を無理やり立たせる。
 「ほら、キャリーとアリアの為にメシ作る約束したんだから、手伝ってくれ」
 
 「もうアリアのお母さんを愛称で呼んでるの!?あー!リクトっていやらしい!」
 リクトを侮蔑の目で見る瑞希は、徐ろに自分の胸に目を落とす。

 「はぁ!?ってかさ、女性の魅力はそんなとこやないで?」
 瑞希の視線で言ってる意味を理解し、キャロラインのふくよかな胸に劣等感があるのかとリクトはオモンバカり、瑞希の見る先へと視線を送る。

 「な、なにが・・って何処見てるの!リクトのエッチ!スケベ!」
 リクトの視線に気付き、瑞希は自分の胸元を隠して土蔵から走り出て振り返り、リクトに舌を出した後走り去っていく。

 「うーむ。まぁ俺にデリカシーが無いとしても、年頃の女の子の扱いなんて正直今も昔も分からん」
 リクトは面倒臭そうに頭を掻きながら、土蔵を後にした。



 夕食が終わり、リクトは瑞希ら三人から、大野家の現状の話を聞いた。

 俊一と酒蔵の従業員2名が将臣の凶行により命を失い、祖母は将臣への恐怖と俊一を失った悲しみで、認知症によるせん妄を患い、病院に入院している。

 事を起こした将臣は警察の介入時に現行犯逮捕され、身柄を警察病院にて拘束、治療を行っているという。

 主を失った酒蔵は同業者の援助と協力により、閉ざされること無く営まれるとの事だ。
 
 そして、益美は・・。

 瑞希はその時の事を、思い出しながら話す。
 「お母さん・・瑞希が様子を見に行った時に目が覚めて・・」

 「瑞希の事がわからないって・・それでお医者さん呼んで・・」
 
 「お医者さんが言うには、一時的な記憶障害だって・・」
 リクトは瑞希の傍に寄り、肩を抱く。

 「瑞希、寂しかったな、よしよし」
 リクトは瑞希の髪を優しく撫で、瑞希はそれに応えるように、自分の頭をリクトの胸に寄せる。

 夕食前の態度は何処にやら、自身を構うリクトには瑞希は素直に身を寄せる。

 「もうミズキチャン、すっかりリクトさんに甘えちゃって」
 キャロラインとアリアは、二人の姿を微笑みながら眺めていた。


 リクトは一晩だけと思っていたが、大野家の皆がリクトを引き留め、特に瑞希が何かと理由を付けリクトを離さない。

 リクトもお尋ね者とまでは言わないまでも、警察に目を付けられている事を気にしていたが、灯台下暗しなのだろう、あまり大野家周辺に捜査の目は無く、言葉に甘えることにした。
 
 それも今はある意味、益美の理解者がリクトだけだという現状があり、リクトも益美に寄り添い続ける覚悟をすれば、自ずとココにいるのが最善なのだった。


 
 学校から帰ってきた瑞希に、剣道の稽古の手伝いをせがまれ、リクトは快く引き受ける。

 「昔よくおじいちゃんに、ココで教わってたんだよ」
 大きな屋敷なだけあって広い板の間があり、まさに剣道場のようだ。

 道着に着替えた瑞希と向かい合う。

 型を確認するまでの稽古のため、防具は付けてはいないし、リクトに至っては黒のスウェット地のパーカーにジーンズ姿。

 「じゃあ構えるから、リクトは瑞希の前に立ってて」
 一礼の後、瑞希は中段、正眼に構える。

 基本に忠実な構えを見せるが、前に踏み出した足にほぼ全体重を載せているのは、瑞希の勝ち気な性格が出ているのだろう。

 相対するリクトは下段、地の構え。

 だがリクトの構えは、少し変則でもある。

 剣よりも身を前に出し、下げた剣は少し斜め下を向いている。
 
 どちらかと言えば、脇構えに近いが・・。

 「なによその構え。リクトは立っているだけでいいのに」
 瑞希は正眼に構えながらも首を傾げ、リクトの構えに違和感を感じる。

 「まぁ立ってるだけって言うなら、どんな構えしててもいいだろ?」
 リクトはニヤリと口角を吊上げ、瑞希を挑発する。

 瑞希はその挑発に乗り、剣士の顔へと表情を変えた。

 「俺からは打ち込まないけど瑞希、おまえは打ち込んでも構わないぞ?」
 リクトは更に瑞希を挑発する。

 「どうなっても知らないからね!」
 瑞希は更に前へ体重を乗せ、足の指だけでにじみより、リクトとの間合いを詰める。

 「メーーーーン!」
 必中の間合いに到達し、リクトの額目掛けて竹刀を振り下ろす。

 リクトはその振り下ろしを、右足を斜め前に踏み込み、半身にて躱す。

 お互いの立ち位置がすり替わるや、瑞希は踏み込んだ態勢を立て直し。

 「いやぁーー!メーン!メン!メーン!」
 そこから連続の面を繰り出すが、全てリクトは体捌きのみで躱し切る。

 「はい、そこまで!」
 リクトの突然の止めの声に、瑞希はトトっとバランスを崩しそうになり、慌てて構え直す。
 
 「あのなぁ瑞希、なに面取りに来てるんだよ?」
 肩で呼吸しながら剣先を向ける瑞希を、リクトはジト見する。

 「だってぇ・・ハァハァ・・余裕で躱されてムカつくじゃない・・」
 息を切らしながら訴える瑞希。

 「アホ!型だっつってんだろ!いい加減にしなさい」
 リクトは瑞希の頭をペシっと叩き、叱る。

 「あいた!なにも殴ること無いじゃない!」

 「バカみたいに体格差も考えず、面取りばっかするからや!といっても瑞希の剣が俺に当たるわけないがな?」
 
 「なーにー!アッタマ来たー!リクト!防具付けてよ、ぶっ叩いてやる!」
 
 「いや、防具などいらぬよ?当たらんからな!ふわっはっはっは!」
 
 「ぐぬぬ・・泣かしてやるーーー!」

 そこからは打ち込み稽古へと、最初の趣旨から変わっていくのだった。



 瑞希とジャレ付いた後、リクトは益美がいる病院へ行こうとするが、付いて行くいう瑞希を言い聞かせ、一人で向かった。

 キャロラインが医師から聞いた話では、益美の記憶がどの時点から失っているのかは現時点では分からないらしい。

 だが、益美が将臣との結婚以後の記憶がないことは、その言動から読み取れるらしい。
 
 夕食の配膳にバタバタとせわしなく動き回る職員をよそに、益美の病室の戸をノックし中に入る。

 「益美、元気か?」といつもの調子を気取り、声をかける。

 「あ、陸斗!・・ちょっともう!何で食事の時に来ちゃうのよ!」

 益美は恥ずかしそうに手に持っていたスプーンを、テーブルの上に置く。
 
 「恥ずかしいじゃない・・もう・・」
 まだ固いものは食べられないらしく、流動食が盆の上に並べられているが、その殆どを平らげていて食欲は戻っているようだ。

 「陸斗、こっちに来て」
 益美は両手を広げ、リクトを誘う。
 リクトはテーブルを下げ、益美の誘いに応じ益美を抱き寄せる。
 
 二人は付き合い始めた頃はお互い恥じらいもあり、手を握ることもおぼつかない程であったが、月日が経つにつれ二人きりになれば、今のように益美は陸斗に甘えた。
 
 「なぁ益美、俺って何歳に見える?」
 一頻り抱き合った後、ポツリと益美に聞いてみる。

 「え?何歳?・・どういう事?」
 リクトは包帯が巻かれた益美の顔を両手で触れ、顔を真っ直ぐ見るように向ける。

 「う~んだって、私と同じ18歳でしょ?あ、ちがう陸斗は17歳か」
 益美の言葉は記憶が18歳の頃から後の記憶を、失っていることを確定付けた。
 
 しかも・・。

 「それに陸斗の耳、覚えてないの?」
 思わずリクトは、自分の耳を触る。

 「2年生の時に一緒に開けたピアスの跡、陸斗は開けた時メチャクチャ先生に怒られてたよね!」
 楽しそうに笑う益美。

 (そうだ、2年のGW前、付き合ってから1年を記念して、俺が益美にピアスをプレゼントしたんだ)

 「そうだったな。イヤリングとピアスの違いも分からずに買っちゃって。怖がる益美の代わりに、俺が先に開けて見せたんだった」

 「うん、そうだよ。それで片方ずつピアス挿して、それで顧問の先生に陸斗、タルんでるって合宿中、すごいシゴかれてたもん」
 
 再度、自分の耳朶を触ってみる。

 確かに穴の跡はあるが、完全に塞がっている。

 「なるほど。塞がってはいるが、まだハッキリと跡はある。それで俺は17歳か」
 リクトは独り言ちる。

 「けど、陸斗が早生まれなだけで、同い年なんだからね!おばあちゃんって言ったらコロす・・」
 ギラリと睨みを利かす益美。

 体が17なリクトと、心が18の益美とが、高校2年生当時の話に笑い合い、として共有する。

 リクトはそれでいいと思う。

 様々な弊害はあるだろう。
 
 だがそんなことは些細なことだ、なんとでもなる。
 
 打算ではない、俺が益美の傍に居ればいい、それだけのことだ。
 
 このままずっと二人で歩む人生も、悪くない。

 そう思えるリクトは、生まれ変わった境遇を受け入れるには十分な理由だと自覚するのだった。



 それから3週間程の間、大野家と病院との行き来を繰り返しながら、大野家の人々との交流も馴染みを見せ、リクトの居候生活は充実していく。
 
 益美の怪我の具合は順調に回復していくが、記憶障害に関しては回復の兆しは見えてこない。

 というのも、リクトと過ごす時間が益美の記憶を固定してしまっている可能性は否めない。

 リクトが益美を18歳であることを、肯定している存在そのものなのだ。

 リクトは決めていた。
 
 益美と二人して、今から10代の人生を歩んでいこうと、そして家族になろうと。
 
 益美の両親は、退院出来れば実家に瑞希と共に引き取る申し出をしていたが、瑞希が少しの間でも大野家で過ごす時間が欲しいと、切実に願い出た。
 
 益美がリクトと大野家の人々との生活に、幸せを見出してくれたなら、リクトは何でもするつもりだ。

 その間、沢山の嘘を付くだろう。
 
 そしていずれ、嘘が露呈する時がくるのだろう。
 
 だとしても、リクトは益美から離れないと誓う。
 
 それにこのプランの一番の功労者である、瑞希を見守る義務もある。
 
 瑞希はすごく悩み、それでも母の幸せがそこにあるならと、理解してくれたのだから。

 ・・つづく・・
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