17 ジュウナナ

ガランドウ

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第1章 真木 陸斗

第9話 顕現

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 大野家に転がり込んでからのリクトは、すっかり大野家に溶け込んでいた。

 どこの者とも知らない謎多き人物ではあるが、 元は歳を重ねたおっさんであるリクトは指導者であった頃から人心を掴む要領に長けた人誑ヒトタラしの才があり、それが発揮された結果かもしれない。

 現在瑞希はハナレではなく、本家のアリアと一緒の部屋で生活をしており、そのためリクトが暮らす場所として離が提供されていた。

 「ねぇリクトはお仕事どうするの?」
 瑞希は茶碗片手に、箸でリクトを指し、話し出す。
 
 「こら瑞希、はしたない。箸で人を指すんじゃない」
 リクトは丼メシを掻き込みながら、説教をする。
 
 「リクトに言われたくないよ・・ポロポロご飯こぼして」

 本家で朝食を共にすることが当たり前になり、一度瑞希に立合い行った日から、瑞希はリクトを剣道の先生として稽古をせがむようになっていた。

 毎日のルーティーンと化した朝稽古をし、皆で朝食を取る。
 
 瑞希が学校から帰れば、夜にも剣道の稽古を付けている。


 瑞希を学校に送り出せば、リクトのすることは夜遅くに益美の見舞いに行くこと以外なにもない。

 未だに夜にしか見舞いに行けないのは、益美の回復を待って事情聴取をしたい捜査官が、毎日顔を出すようになっているからだった。

 あと敢えてする事といえば、の刑事課課員に現在の自分になりすまして、ここの捜査状況を電話で聞く事だ。

 知りたかった情報は2つ。

 一つは凶行に走った大野 将臣の現況だ。

 現在、治療を行っている将臣は回復しているようで、本人は捜査員の追求に、当時の記憶がないの一点張りだという。

 記憶にないと言い張ろうが、被害者の証言や状況証拠が明確に揃っているため、立件には問題ないだろう。

 だが心神喪失などの心的疾患を盾に、刑を逃れる可能性をリクトは懸念していた。

 もう一つはリクト自身に関わる情報を、何らかの形で警察は得ているのかだ。

 凶行に走る将臣を制圧した謎の少年を警察が放っておくわけがなく、最重要人物として捜査しているというが、これといった情報は得れてはいないらしい。

 だが警察の捜査能力は侮れない。

 場合によってはリクトの事だけではなく、ゼファの存在も情報として上がっていないかと思ったが、そういった類いの話はなかった。

 何度目かの電話でさすがに怪しまれている感があり、もうこれ以上情報を引き出すのは
リスキーだと判断をし、連絡を取ることはやめることにした。



 「リクトさん、一緒に学校いかない?」
 暇そうにしているリクトを見かねて、よくアリアがこうして自分が通う、外国人が通う学校所謂イワユルインターナショナルスクールに誘ってくれる。
 
 「お、いいねぇ」
 リクトはアリアが通う学校に行くのが好きだった。

 というのはアリアの友達である、レオというフランス人の男子と気が合い、リクトを快く迎えてくれるのだ。

 「ボーナミシンユウ!待ってたぜ!」
 レオはリクトに抱きつき、背を何度も叩く。

 「レオ、来てやったぜ!宿題ちゃんとやったか?」
 
エビダーモントウゼン!3日で作ったぜ」
 レオが箱から取り出すは、赤いズゴッグ。

 「オイ待て、誰がズゴッグに指揮官アンテナ付けていいといった!?」

 リクトの言う宿題とはガンプラ作りであり、2人はガンオタだった。



 「リクト、アリアお姉ちゃんとお出かけしたの?」
 リクトは瑞希の面打ちを、下段からの払いで受ける。

 「ん?なぜ知ってる?」
 竹刀の先で牽制し合い、瑞希はリクトの懐に飛び込む。

 「行くなら言ってくれてても、いいじゃないっと!」
 鍔迫り合いから押し込もうとするが、リクトはびくとも動かない。

 「いや瑞希が学校行って、その後に誘われてるんだから、言いようがないだろ?」
 リクトに打突をかまされ、後ろに飛ばされるが、瑞希はなんとか踏ん張る。

 「どうせアリアお姉ちゃんきれいだし・・リクトは浮気男なんだから」

 「なにブツブツ言ってんだ!いい加減、剣に集中しろ瑞希!」
 リクトの檄に、瑞希は竹刀を構え直す。

 「なんなのよ・・リクトはお母さんの・・でも・・もうなんなのよ!」
 なにか釈然としない心のまま、瑞希はリクトと剣を交わすのだった。


 「もう来週には、お母さん退院出来るね」
 稽古を終え、二人は並んで正座をし防具を直す。

 「そうだな、そろそろ準備しないとなぁ」
 リクトはここに、益美を迎え入れる準備のことを考えていた。

 そこへ、二人の元に慌てた様子のキャロラインが携帯電話を手に持ち、駆け込んできた。

 「マサオミが、逃げたって!ハァハァ・・今警察から、電話が!」
 
  

        §



 時は少し遡る。

 大野将臣を病院から拘置所に移送するため、警護や捜査官併せて6名が将臣を囲うよにし、搬送用通用口から護送車に乗車しようとした、その時だった。
 
 突然将臣の周りに旋風が巻き起り、その場にいた皆が風に煽られ、顔を伏せたその一瞬、誰とも知らないフードを目深に被った人物が将臣の顔に触れた。

 「よう、おまえを逃がしてやるよ。せいぜいヤりたいようにヤるがいいさ」
 その言葉と同時に、将臣とフードの人物の姿が透明になり視界から消える。

 「なんだ、何なんだよおまえは・・」

 「しーっ、無駄口叩かず付いてきな」
 動揺が隠せない将臣に、フードの人物は強風が吹き荒れる中、隠れるわけもなく先頭に立って歩き出す。

 旋風が吹き荒れ、その場に立っているのも難しく地面に這いつくばる警察官らは、将臣が居なくなっている事に気が付かない。

 次第に風が弱まり、やっとのことで辺りを確認することが出来た時には、忽然と将臣の姿が消えていた。



        §


 
 「アリア、それはいつ頃の話って、警察は言ってる?」
 リクトは事態を掌握するために情報を取りたいが、自ら得るわけにも行かず、日本語の達者なアリアを窓口にして警察とやり取りをさせていた。

 「ついさっき、夕方5時過ぎだって。それと警護のために、こっちにも警察の人来るみたい」
 現在18時過ぎ、既に1時間以上は経過している。

 リクトは頭の中で地図を思い描く。

 移動手段があるならば、直接ココに向かうとすれば今頃は近くにたどり着いているだろう。
 
 しかし警察の包囲網を考えれば、移動手段など限られてくる。
 
 ならばココに辿り着くには、まだ時間には余裕がある。

 だがしかし。
 
 リクトは瑞希を見る。

 「瑞希、お前んとこにある刀、借りてもいいか?」
 瑞希は目を見開くが、事得たりと首肯をし、走っていく。

 「アリア、キャリーお母さんと・・そうだな、みんながいる酒蔵のほうに行って、警察が来るまでみんなで固まっているようにしててくれ」
 アリアはあの時の恐怖が蘇っているのか、震えながらガクガクと首を縦に振る。

 「リクトさんは居てくれないの?」
 リクトは黒のダウンジャケットに袖を通し、アリアの頭を撫でる。
 
 「すぐに警察が到着する。それまで大勢で身を寄せて戸締まりをしてれば大丈夫だよ、それに・・」

 「リクトー、持ってきたよ!」
 瑞希は、リクトの前に一振りの刀を差し出す。

 「俺の弟子、瑞希がいるから大丈夫だ。な、瑞希」
 リクトに差し出す刀とは別に、瑞希は自分用の木刀を手に持っていた。

 「え、何が?」
 瑞希は何の話だと二人を見渡し、キョトンとする。

 リクトはなにも言わずアリアに微笑みかけ、アリアは納得するように頷くのだった。


 リクトは鞘から刀を引き抜き、刀身を確かめる。
 
 長さ60cm程の脇差しだ。
 
 「ん、丁度いい」
 瑞希が使っている竹刀袋に脇差しを収めて口をきつく縛り、袈裟懸けに背負う。
 
 「リクト・・」
 瑞希は手に持った木刀を強く握りしめ、なにか言いたげにリクトを見上げた。

 リクトは瑞希の目線の高さまで腰を落とし、ビタンと瑞希の両頬を押さえる。
 「聞いてくれ瑞希。俺は瑞希のお父さんを、許さないと思う」
 
 「瑞希はそんな俺を、許してくれるか?」
 リクトは瑞希に酷な事を聞いている。
 
 たとえ瑞希が俺を許さないと言っても、曲げる気はない。

 「そんな・・そんな事今言われても分かんないよ!リクトはお母さんのとこに行くんでしょ?なら瑞希も行く!」
 リクトの手を振り解こうと頭を振るが、リクトはそれを許さない。

 「益美になにかあれば・・俺はお前のお父さんを・・」
 リクトの瑞希を見る瞳は獰猛さを宿し瑞希は怖気づくが、ふっとその瞳が和らぎ温和さを見せる。
 
 「瑞希はココに居て、アリアやキャリーを守ってやってくれ。これは俺からのお願いだ、頼む瑞希」
 瑞希の顔から手を放し、頭を下げる。

 「ねぇリクト・・・帰ってくる?ちゃんと瑞希のとこに帰ってくる?」
 瑞希は目に涙を溜め、祈るように胸の前で手を組み、懇願する。

 リクトはそれが許しなのだと分かるも約束を守れるか分からず、頭を下げた姿勢のまま踵を返す。

 「瑞希、頼むぞ」
 一方的な言葉を置いて、リクトはその場を後にした。



        §

 

 金沢県立総合医療センター
 
 病室前で看護師の女性2人が切り裂かれた喉から血を吹き出し、折り重なるように倒れている。
 
 病室内に1台のベッドがあり、その横に置かれた点滴スタンドが、ひとりでになぎ倒された。

 「ハァハァ・・お前が俺を騙さなければ・・こうはならなかったんだ・・」
 ベッドに横たわる患者以外、その部屋には誰も居ないにもかかわらず、人の声だけがその患者に降り注ぐ。

 患者に掛けられた布団が、ひとりでにマクられる。
 
 眠っているのか、その患者は瞼を閉じたまま動こうとしない。
 
 曝け出された患者の胸の心臓近くに、細い穴が開く。
 
 その瞬間、その患者は目を剥く。
 
 悲鳴を叫ぶように口は開いてはいるが、くぐもった声しか出ない。
 
 少しずつ胸に開く穴が広がっていく。
 
 目が血走り何かを訴えかける眼差しを中空に向けるが、もがくわけでもなくその患者は右腕を中空に差し出し、そこに見えない何かに触れた。
 
 「将・・臣・・」
 くぐもった声を発した瞬間、胸に空いた穴から血が吹き出す。
 
 「そうだよ・・母さん、地獄に居るアニキによろしく言っといてくれよ・・」
 吹き出した血が中空で何かに張り付きデスマスクを形取ると、それは将臣の顔を浮かび上がらせ、絶命する母親を歪んだ顔で見届けるのだった。


 リクトが病院に辿り着いた時には、玄関前は騒然となっていた。

 我先にと逃げ惑う患者や看護師を、避難誘導をする病院職員や警官が入り乱れ、パニック状態になっている。

 リクトは正面から入るのを諦め裏手にある駐車場側へ回るが、既に機動隊のバスが横付けされ、何人もの隊員が点呼を元に整列していた。

 警官らがいるだけならまだしも、機動隊が配備されるという事は、制圧戦が展開される事態に陥っている可能性がある。 

 「えー、現在マル被は、屋上方面に移動中。何らかの武器を所持しているが未確認である。死傷者が多数出ているため、発砲許可も出ている。各自装備品の再確認をするよう・・」

 隊長らしき人物の現況説明に、リクトは焦る。
 
 死傷者に益美が含まれているのか、いや最悪な事態は今考えるべきではない。

 「被疑者氏名は竹内益美。女性、身長160㎝より高め、白いパジャマを着用・・」

 被疑者だと・・リクトは困惑する。
 
 当然この騒動の中心に、益美がいることは分かる。
 
 だがが益美な訳が無い。
 
 将臣ではなく、益美が犯行に及んでいるなど考えられないのだ。

 一体この病院で、何が起こっている・・。



 警官隊が通用口、外部階段とに二手に別れ、突入していく。
 
 建物の影から上を見上げると、ヒサシりだしている。
 
 リクトは人間離れした跳躍を見せ、2階部分に迫り出ているヒサシに手をかけ、その勢いのまま登る。
 
 建物の構造が各階に迫り出た庇が設けられていて、リクトは同じ調子で階を登っていく。

 屋上の庇に取付き、屋上の様子を覗き見るが、人の気配はない。
 
 高く設けられたフェンスを乗り越え屋上に降り立ったリクトは、辺りを見渡したその時、数m先にある屋上出入口のドアが開け放たれた。
 
 リクトは近くのベンチの後ろに身を潜める。

 開け放たれたドアから、益美が後ずさるように現れた。
 
 だが自分の足で歩いてるようには見えず、後ろに引き摺られているような体勢が不自然だ。

 リクトはベンチから身を乗り出そうとした時、同じドアから警官隊が流れ込んできた。

 リクトが躊躇している間に益美は後ずさり、リクトがいる場所から反対側へ離れていってしまう。
 
 警官隊は一定の距離を保ってはいるが、あまり距離を詰めようとせず、丸腰の女性に対し及び腰のように見える。
 
 前衛はジェラルミンと強化プラスチックの盾をそれぞれに持ち、防御態勢を維持しているが、それぞれの盾には返り血を浴びたように、赤黒い血糊がこべり付いていた。
 
 リクトは益美を連れ出す絶好の機会を逃し、方策を立て直す。
 
 益美が向かう方向の背後に回り込むため、またフェンスを乗り越え、外周パラペットの内側に沿って身を隠し進んだ。


 「大野益美!もう逃げ場はない。これ以上罪を増やすな、投降しなさい!!」
 前面に立つ隊長が、拡声器も使わず大声を張り上げ投降を呼びかける。

 益美は声を出そうとするが、もう喉がれ「イヤ、イヤァ・・」とカスれた小さな声しか出ず、しきりに首を横に振り続ける。。

 「アイツら何言ってんだか、なぁ益美」
 益美にしか聞こえない程の将臣の囁く声がし、不自然に益美の着衣が乱れる。
 
 「俺はお前と新たな人生を歩もうと思っているだけで、邪魔される筋合いは無いってぇのによ・・」
 姿が見えないながらも、将臣が益美の体をまさぐりながら身勝手な言葉を並べて囁く。


 「隊長、盾持ちだけで突っ込みましょうか?それでダメなら・・」
 部下の一人が隊長に進言する。

 「ダメだ!相手の攻撃手段が解らん以上、これ以上隊員を失うわけには行かん!」
 
 この屋上に上り詰めるまでに、5人もの隊員を失っている。
 
 泣き叫ぶ女を取り押さえようとした2人が近づく直前に、何の前触れもなく首が飛ばされた。
 
 理由は分からない、ただ胴体から首が切り離されるのだ。
 
 そして女はその様を見て、発狂したように叫び声を上げる。
 
 二度目もそうだ。屋上へ上がる階段に先回りしていた3人が後ろから飛び掛かるが、2人は同じように首を切り離され、一人は肩口から袈裟斬りに切り落とされた。
 
 多分、相手の武器は鋭利な刀。
 
 だが、見えないのだ。
 
 そして女は立ち尽くしているだけ、ただ不自然な立ち方をしてはいるが。
 

 「それにしても、お前はいい顔するよなぁ・・俺の嫁だけのことはあるわ・・」
 益美の耳元で、ずっと語る将臣の声。
 
 益美の体を押さえ付け、時には首筋や脇腹に冷たい刃物のようなものを充てがい、益美に痛みを与える。

 
 「陸斗・・助けて陸斗・・」
 益美の口から漏れ出る言葉。
 
 「益美、あのガキの事ばかり言いやがって、俺がいるじゃねぇかよ」
 不機嫌な物言いをし、益美の太腿辺りを軽く斬りつける。
 
 「ひぎぃぃ・・」
 益美は切られた痛みに声を漏らすが、強い力に押さえ付けられ抗うことが出来ない。


 リクトは益美の真後ろ、フェンス裏に辿り着いていた。
 
 そして、益美に語りかけている言葉を耳にする。

 「いるじゃねぇか・・・野郎・・・何してくれてる・・」
 リクトは怒りで、目の前が真っ赤になる。

 だが将臣の姿は見えない。
 
 それでも益美の立ち姿から、将臣が後ろから羽交い締めで益美を拘束していると想像がつく。

 リクトは髪は逆立ち、眉間と鼻筋には幾重にもシワが寄り、まさに鬼の形相。
 
 「殺す」
 リクトは静かに言い放ち、手に持った脇差しに手にかけるが、その時一発の銃声が鳴り響くのだった。
 
 
 
  「オイ、お前はここからうまくマル被の足を、撃つことができるか?」
 隊長は一人の隊員に声をかける。
 
 「ええ、盾の隙間から狙ってみます、必ず当てます」
 隊員は拳銃を構える。
 
 サクラと呼ばれる38口径の回転式拳銃。
 
 銃身が短く、決して命中精度が高い拳銃ではないが、この隊員は射撃に自身があるのだろう。
 
 ジェラルミンの盾同士の隙間から、益美の左足太腿部分を狙う。
 
 距離は約10m。
 
 撃鉄を引き、鉄爪を引き絞る。

 「パン!」と乾いた炸裂音が鳴る。
 
 その音を追うように、益美の太腿付近で火花が散り「ギン!」と金属を弾く音が鳴ると、その箇所の背景が、薄皮が落ちていくように剥がれ、刃先が折れた刀身部分が現れる。
 
 そしてそれを伝い、同じ現象を交えて益美を後ろから羽交い締めにしている男の姿が、露わになった。

 
 リクトはフェンス越しに益美の姿と、徐々に現れる将臣の姿を視認した。
 
 「お前ら・・キィアァァー!!」
 将臣は絶叫している。
 
 その様を見、リクトは脇差しを抜くと同時にフェンスを斜めに切り裂く。
 
 「益美ぃ!」
 切り裂いたフェンスに体当たりをし、屋上内に転がり込む。

 「シィィーッ」
 リクトは瞬時にゾーンへと移行し、刹那を間延びさせた。
 

 警官隊は何が起こっているか分からず、突然現れた将臣に呆然としていたが、その将臣が耳をつんざく絶叫を吠えると、警官達に恐怖が伝播する。
 
 「うわぁぁ!撃て!撃てぇー!」
 警官の一人が恐怖に駆られ、手に持っていた拳銃を撃つ。
 
 周りの拳銃を構える警官も、競うように撃ち始める。


 リクトは目の前にいる将臣の背中に向かって、脇差しを振り上げ飛び込む。
 
 だがしかし将臣は拘束していた益美から手を離し、リクトと変わらぬ速度で警官隊に向かって跳ぶ。
 
 スローに動く警官隊からいくつもの火花が飛び散り、リクトは将臣に向かって拳銃を発砲していることに気づく。
 
 「クソがぁ!」
 ゾーンが格上げされたかのように刹那が更に間延びし、逆にリクトの速度が上がる。
 
 次々に発砲された弾が、将臣の体に突き刺さっていく。
 
 将臣が盾になりリクトには弾は向かってこないが、何発かが後方へ逸れて行くのが目で追える。

 「うぉぉ!」
 リクトは体を急激に反転させ後方へ体を向けるが、弾は先へ進んでいく。
 
 その先には益美がいるのだ。
 
 益美は1秒にも満たない刹那の時間を共有していた。

 身に起こった悍ましい出来事など忘れさせるほど、愛おしい人が眼の前にいる。

 いつだって私を救ってくれるのは、眼の前にいる陸斗なのだと・・。

 益美はリクトを見つめ、両手をリクトを求めて差し出す。

 刹那の間でありながら、リクトが来るのを待っているかのように。
 
 リクトは益美に手を伸ばす。
 
 だがリクトよりも先に、弾が益美に辿り着く。
 
 何発かの弾が、益美の体にゆっくりとめり込む。
 
 リクトが益美の手を掴んだその瞬間、時の流れが戻る。

 被弾によって後方へ倒れ行く益美の身体を引き寄せ、抱き締める。

 「益美!」
 リクトは益美を抱き締めたまま倒れ込み、弾かれたように体を起こして益美の被弾箇所を確認する。

 「あ、ああ・・陸斗、陸斗来てくれた・・」
 掠れた声でリクトの名を呼び、微笑む。

 「すまん、益美・・遅くなった」
 胸と腹部へ致命傷を受けていることを確認し、リクトは険しくなる顔をなんとか抑え、引きつった笑顔を作る。

 「フフ・・最近の・・陸斗・・謝ってばっかり・・」
 益美の目から涙がアフれる。

 「陸斗らしくないよ・・私は・・がむしゃらに・・進み続ける陸斗が大好き・・だから私が支えるの・・奥さんになるの・・」
 はにかんだ笑顔をリクトに向ける。

 「分かってるよ・・もうあまり話すな、さぁ一緒に・・帰ろう」
 リクトは益美を抱きかかえるが、ふっと益美の体から力が抜けていく。

 「益美?」
 笑顔のままリクトを見る益美の目から生気が失われ、一筋の涙がこぼれた。
 
 「益美・・待ってくれよ益美・・頼むよ・・」

 リクトは益美を強く抱き締めたまま膝から崩れ、自分の顔を益美の顔へ何度も擦り付ける。

 「目を覚ましてくれ・・死ぬな益美・・益美ぃ!!」
 リクトの慟哭に、空が感応したかのように雨曇り、ぐずつき出す。
 
 辺りを明々と照らす警官隊が用意した投光機の傘に、雨の雫が舞い落ち、熱によって蒸発する。
 
 次第に舞い落ちる雨の雫が増し、辺りを雨音が埋め尽くした。

 「益美、お前が辛い時、傍に居てやれなかった・・今もそう、また俺はお前を・・」
 返ってくることのない、問いかけ。
 
 「辛かったよな・・痛かったよな・・酷いよ・・こんなの無いよ・・」
 濡れそぼるリクトの声は、益美にしか聞こえない程に雨音がかき消す。
 
 「そうだよ・・ここに救うべき魂があるじゃないか・・俺なんかじゃない・・そうだろ?」
 リクトは目を瞑り、そして意を決したように目を開け、空を仰ぎ見る。
 
 「益美を救ってくれよ!!益美の魂を!!なぁリョウ!!!」
 リクトは空に向かって叫ぶ。
 
 「頼むよリョウ・・俺なんかいいんだ・・益美を救ってくれよ・・頼むよ」
 何度も、何度もそこにはいない、リョウへ懇願する。

 だがその願いは叶うこともなく、降りしきる雨音だけが辺りを包んだ。



 「うがぁぁ・・」
 唐突に雨音をも掻き消す呻き声。
 
 投光器の光の前に、ゆらりと立つ人影を洩らす。
 
 リクトにとっては逆光になり、その姿は影でしか無い。

 その奥にいる警官隊から、どよめきが起こる。
 
 「うわぁぁ!い、生きてるぞ!」
 
 「押えろ・・取り押さえろー!」
 
 一斉に盾を持った警官達が、その影に殺到する。
 
 一人の人影に警官隊の影が重なり黒い影の山になるが、その山のような影が一瞬で弾けて一人の人影に戻る。

 リクトのところまで吹き飛ばされた一人の警官は、喉を切り裂かれており、口から大量の血を吹き出し絶命する。

 「さ、下がれー!下がれー!」
 隊長は警笛を吹き鳴らし後退しようとするが、統率が取れない程に混乱し、警官らはぶつかり合いながら我先に出口に殺到した。


 リクトは益美をそっと地面に寝かせ、着ていたダウンジャケットを掛ける。
 
 「益美、ちょっと待っててくれな・・」
 雨に濡れ顔に張り付いた益美の髪を優しくなぞり、顔を綺麗に整え終え立ち上がると、その人影将臣に向かって脇差しの刃先を突きつける。
 
 リクトの心にどす黒く滞在していた、怒りの感情が薄まっていく。
 
 只々深い悲しみと寂しさが、心を支配していく。

 「もう終わりにしよう・・」
 リクトは、片手で持った脇差しを真横に引く。
 
 「シィィ・・」
 心がいだまま、気を溜めようとしたその時。

 (ああ、終わりにしよう)
 リクトの頭の中に知らぬ声が響く。

 「な、誰だ・・」
 
 (やっと、君と一つになれる)
 その言葉とともに体の自由が奪われ、脇差しを持たない左腕が将臣に向かって突き出される。

 突き出された腕の真下に、見たことのある無数の記号が浮かび上がり白く発光すると、記号同士が結合し筒状の一塊になると光が発散し、その中からあまり見慣れない武器が姿を現すのだった。

 ・・つづく・・
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