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第7章 天下分け目の大決戦編

54.三浦宮御所の戦い(7)

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口羽崇数率いる口羽軍と幕府軍である鳥居景綱の軍勢が衝突。
両軍共に一進一退の攻防が続いていた。

そんな中、志太軍の本陣を目指しているであろう軍勢の姿を祐永が確認。
志太軍はどよめき始めていた。

祐宗
「あの総大将の姿、どこかで見たことがあるぞ…」

祐宗は、軍勢の中でも一際目立った男の姿を見てそう言った。
虎の毛皮で繕った袴姿に真っ赤な首巻きを巻きつけた出で立ち。

祐宗
「あぁ、そうか!分かったぞ!政豊殿、木内政豊殿じゃな!」

どうやらその人物は木内政豊であった。

政豊は、三浦将軍家との最後の決戦において援軍として参戦する事を事前に志太家と約束していた。
その約束を果たしにやって来たのであろう。
祐宗は嬉しげな表情であった。

政豊
「よぅ、志太の殿様の息子さんよ。儂のことを覚えてくれてたとぁ、あんたもなかなやるねぇ。」

祐宗の姿を見つけた政豊がぶっきらぼうな口調でそう言った。

祐永
「政豊殿の軍勢でござったか。では、これで今回の戦の勝敗は我が軍の勝利に間違い無さそうにございますな。」

祐永は、今回の三浦将軍家との決戦の勝敗は着いたと確信したような様子である。
しかし、政豊は不気味な笑みを浮かべながら祐永らに言う。

政豊
「ふふふ…残念じゃがそれは叶わぬ夢となる故、覚悟せよ!」

そう言うと政豊の軍勢は弓を引き、一斉に志太軍に向けて矢を放った。
この不意打ちとも言える攻撃を受けた志太軍は、たちまち混乱状態に陥った。

兵たちが混乱する中、取り乱しながら祐永が言う。

祐永
「政豊殿!なっ…何をいたす?!拙者たちは味方ではござらんか!」

先程の笑顔は消え、祐永は険しい表情を政豊に向けていた。

政豊
「ふふん、まだ分からぬか。この愚か者めが!」

狼狽する祐永を見ながら政豊が吐き捨てるように言った。

祐宗
「政豊殿、これは一体どういうつもりにござるか。」

祐宗は落ち着いた様子で政豊に問いかける。
この予想外とも言える状況に祐宗自身も困惑していたが、それらを兵たちの前に表わす事で更なる混乱を招く事を恐れてか、あえて平静を装っていた。
志太祐藤の嫡男であり、志太家の後継者たる自覚を持っていたが故に出来る行動であろうか。

すると、政豊がなおも不気味な笑みを浮かべながら言う。

政豊
「へへっ、あんたらの首を取れば三浦の将軍さんからたんまりと金が貰えるらしくてな。」

どうやら三浦将軍家は、志太家の人間に対して多額の懸賞金をかけていたようである。
この情報は、志太家の領地を除いた各地域において広められていたと言う。
これは、祐藤らの耳に届く事で厄介な問題を引き起こす可能性があると幕府側が考えた為である。

だが、この情報は志太家の領地である立天野山を住処としている政豊の元にも届いていた。
これは一体どういうわけなのであろうか…

実は、幕府も政豊の行方を追っていたのである。
志太家と時をほぼ同じくして幕府も政豊の居場所を突き止めていた。
しかし、幕府が政豊との接触を試みようとした頃は既に志太軍への援軍の話がまとまっていた。
この状況から見ても幕府が政豊と交渉を行ったところで決裂する可能性は十分にあり得る。

そこで幕府は、志太家の人間に対して多額の懸賞金をかけると言った情報を政豊の住処である立天野山の地域に流した。
こうして言わば間接的に政豊が幕府軍に手を貸すように仕向けていたのである。

祐永
「貴様、金で自らの魂を売ったか!この外道め!!」

祐永は政豊に罵声を浴びせていた。
しかし政豊はどこ吹く風で祐永の言葉を聞き流し、自身の意見を主張し始めた。

政豊
「ふん、何とでも言え。儂には金が必要なのじゃ。下の者を食わせて行くには仕方の無き事よ。悪く思うなよ?」

志太家との援軍の確約を破った事に対して悪びれた様子が政豊からも微塵に感じられなかった。
それどころか、生きて行くうえでは仕方が無いという事を盾に今回の裏切りを正当化している様子であった。

祐宗
「政豊殿、我らと分かり合えたと思っておったのに…真に残念じゃ…」

祐宗はうつむき、涙を流しながらそう言っていた。
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