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部屋仕えは、ジアーの言うように『監視役』である。聡い人間は気が付くが、それはごく一部の人間だけで大半の人間は自身の命令を聞く奴隷程度にしか思っていない。
後宮の住人が不義を働かぬよう、他国との密通がないよう。仮初めの主人である側室たちを欺き、真実の主人に忠誠を誓うのだ。
「今代の王狗は優秀だと聞きます」
王狗。字の如く、王の狗だ。秘密裏に王の、ひいては国の安寧を守る王直属の精鋭組織だ。部屋仕えの者たちも王狗に属する。
サエルと後ろに控える女官たちの胸に光る、獅子を象った小さな黄金のブローチがその証拠である。普通の兵士や、何も知らない仕官たちは狼を模る。獅子と狼。実物の違いは大きいが、ブローチの形はあまり違いが見当たらないように作られている。
王狗の名を出した瞬間、サエルたちの空気が瞬く間に張り詰めた。
「ですが、王狗よりも狡賢い輩はいる…例えば…」
ジアーは言葉を区切ると、シュルリと面紗を取り去ると同時に目を細めて、その薄く形の良い唇に笑みを刷いた。
「私、とか…?」
その艶然とした笑みは、魔性。しかも、自覚した上で浮かべているから余計に性質が悪い。
サエルたちは慌てて顔を俯かせ、視線を床の上に投げて右往左往と泳がせた。ジアーの笑みは、男も女も関係なく不純な思いを抱かせる。
「貴方たちの忠誠心は素晴らしいが、あまり主人ばかりに意識を取られていると足元を掬われますよ」
僅かな温度も感じさせない声音で言い残し、ジアーは自分が向かうべき場所へと体を向けた。
「いずこへ」
慌てて立ち上がったサエルが声を掛ければ、再び面紗で顔を隠したジアーが首だけ振り返る。
「決まっているでしょう?…『牢獄』へ」
くつりと吊り上った口元は、嘲笑の色を濃く滲ませていた。
足は新たな住処へと淀みなく進む。場所は事前に書状にて知らされていた。
ジアーが不本意ながらも輿入れした先は、剣聖と謳われる当代王。名をアサド・アスィール=ズ・ル・ジャラーリ・ワ・ル・イクラーミと言う。戦の功績は素晴らしく、政も然り。しかし、同時に他国では感情無き冷酷の非情王とも言われ、畏れられていた。
その名は神聖なる御名とされ、人々は王の通称である『アル・マリク』と呼んでいる。
(『純血の獅子』とは…よく言ったものだ)
彼の功績を考えれば、名は体を表すと言う言葉通りの人物である。
装飾具のぶつかる微かな音だけを立てながら、ジアーは大理石で出来た長い廊下を歩いていた。ふと、角にひっそりと立つ人影を見つける。
人影は黒い衣に身を包み、フードを目深に被っている。ふわりと膨らんでいる胸元から、その人物が女だと判断した。
『全能神が化身…ジアー・ウスフール・サッタール』
微かに目視できる紅く艶めかしい唇は僅かも動かない。が、確かに目の前の女から声が発せられた。
しかし、ジアーは驚く事無く女を見つめた。女の存在はそこにあるはずなのに、まるで気配を感じない。命の脈動を感じない。
「…女魔神か。魔界の女主人が『神』と崇められる王の宮殿に何ぞ用があるのか?」
ジアーがくつりと笑えば、女魔神の唇がニタリと裂けて鋭い牙が姿を現した。
『此処には不味そうな《四枚花印》のにおいしかせなんだ。彼の神殿とは違い、此処には欲にまみれし堕落の者ばかりじゃ。早うぬしも我が手の内に堕ちてまいれ。その気高く清廉な魂はさぞかし美味かろう。のう…唯一の《八枚華印》…?』
冷たい手が、ジアーの頬をするりと撫で、女魔神の姿は霧の如く消え散った。撫でられた感触だけが、鮮明に残る。
「気高さを失った《四枚花印》は既に聖なる力を失い、そこに残るは只の抜殻。お前からすればその魂は不味かろう、女魔神…」
ぽつりと吐き捨て、ジアーは再び歩き始めた。
後宮の住人が不義を働かぬよう、他国との密通がないよう。仮初めの主人である側室たちを欺き、真実の主人に忠誠を誓うのだ。
「今代の王狗は優秀だと聞きます」
王狗。字の如く、王の狗だ。秘密裏に王の、ひいては国の安寧を守る王直属の精鋭組織だ。部屋仕えの者たちも王狗に属する。
サエルと後ろに控える女官たちの胸に光る、獅子を象った小さな黄金のブローチがその証拠である。普通の兵士や、何も知らない仕官たちは狼を模る。獅子と狼。実物の違いは大きいが、ブローチの形はあまり違いが見当たらないように作られている。
王狗の名を出した瞬間、サエルたちの空気が瞬く間に張り詰めた。
「ですが、王狗よりも狡賢い輩はいる…例えば…」
ジアーは言葉を区切ると、シュルリと面紗を取り去ると同時に目を細めて、その薄く形の良い唇に笑みを刷いた。
「私、とか…?」
その艶然とした笑みは、魔性。しかも、自覚した上で浮かべているから余計に性質が悪い。
サエルたちは慌てて顔を俯かせ、視線を床の上に投げて右往左往と泳がせた。ジアーの笑みは、男も女も関係なく不純な思いを抱かせる。
「貴方たちの忠誠心は素晴らしいが、あまり主人ばかりに意識を取られていると足元を掬われますよ」
僅かな温度も感じさせない声音で言い残し、ジアーは自分が向かうべき場所へと体を向けた。
「いずこへ」
慌てて立ち上がったサエルが声を掛ければ、再び面紗で顔を隠したジアーが首だけ振り返る。
「決まっているでしょう?…『牢獄』へ」
くつりと吊り上った口元は、嘲笑の色を濃く滲ませていた。
足は新たな住処へと淀みなく進む。場所は事前に書状にて知らされていた。
ジアーが不本意ながらも輿入れした先は、剣聖と謳われる当代王。名をアサド・アスィール=ズ・ル・ジャラーリ・ワ・ル・イクラーミと言う。戦の功績は素晴らしく、政も然り。しかし、同時に他国では感情無き冷酷の非情王とも言われ、畏れられていた。
その名は神聖なる御名とされ、人々は王の通称である『アル・マリク』と呼んでいる。
(『純血の獅子』とは…よく言ったものだ)
彼の功績を考えれば、名は体を表すと言う言葉通りの人物である。
装飾具のぶつかる微かな音だけを立てながら、ジアーは大理石で出来た長い廊下を歩いていた。ふと、角にひっそりと立つ人影を見つける。
人影は黒い衣に身を包み、フードを目深に被っている。ふわりと膨らんでいる胸元から、その人物が女だと判断した。
『全能神が化身…ジアー・ウスフール・サッタール』
微かに目視できる紅く艶めかしい唇は僅かも動かない。が、確かに目の前の女から声が発せられた。
しかし、ジアーは驚く事無く女を見つめた。女の存在はそこにあるはずなのに、まるで気配を感じない。命の脈動を感じない。
「…女魔神か。魔界の女主人が『神』と崇められる王の宮殿に何ぞ用があるのか?」
ジアーがくつりと笑えば、女魔神の唇がニタリと裂けて鋭い牙が姿を現した。
『此処には不味そうな《四枚花印》のにおいしかせなんだ。彼の神殿とは違い、此処には欲にまみれし堕落の者ばかりじゃ。早うぬしも我が手の内に堕ちてまいれ。その気高く清廉な魂はさぞかし美味かろう。のう…唯一の《八枚華印》…?』
冷たい手が、ジアーの頬をするりと撫で、女魔神の姿は霧の如く消え散った。撫でられた感触だけが、鮮明に残る。
「気高さを失った《四枚花印》は既に聖なる力を失い、そこに残るは只の抜殻。お前からすればその魂は不味かろう、女魔神…」
ぽつりと吐き捨て、ジアーは再び歩き始めた。
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