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第4章
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「そう言えば、以前…」
呟き、ロイウェンはするりと立ち上がった。繋がれた手を引かれ、康泰も立ち上がらざるを得ない。
ロイウェンが歩むまま、その背を追う。
離れ行く西洋風東屋とロイウェンの背を見比べながら、茶会の片付けがまだだと言えば、侍女がすると返って来る。
「以前、天使の襲撃があっただろう」
「え、あ、うん。ミオンさんが追っ払った奴…?」
「そう…正確には、追い払わずに捕らえている」
何の為に。眉間に深い皺を刻み込み、生かす意味を問う。
「アレを潰したとて意味は無い。天界で再び生まれ落ちて、天帝の命で襲撃に来るだろうよ」
天使族は命すらも『天恵』で賄っている。いずこかで果てたとて、同じ名を持ち、記憶を有する者が生まれるだけ。
「それもまた面倒だからな、今まで潰しはせずにある程度で撤退に追い込んでは居たが…」
転移陣に辿り着く。
ロイウェンは自身よりも低い位置にある康泰の顔を見下ろした。
「ツガイも守れぬ愚図になる前に、手を打たねばならんだろうな」
ゆるりと笑んだ顔を淡い光が遮り、着いた先は極寒の地。魔皇の魔力に保護されぬそこは、吐き出す息をも凍らせる。
「守るって言われてもねー…」
「いざ、と言う時の話だ。それまでは、無理をしない範囲で好きにすれば良い」
きらきらと零れ落ちて行く氷の結晶を見つめながら、足を進めて行けば、下り階段が姿を現した。階下では篝火が揺れ、影を躍らせる。
階段も半ばに差し掛かると、寒さが更に強くなるのを感じたが、凍えるほども無いのは前を歩く男のツガイゆえなのか。
明かりは篝火だけ。ほの暗い洞窟は整備らしい整備もされておらず、長い間人が訪れる事が無かったのだろうと察するほどには空気が悪かった。
暗鬱とした薄闇の中、淡い光を放つ『何か』が地面に伏せている。生命の気配は感じない。だが、僅かな魔力の蠢きを感じ取る。魔力ではなく、『天恵』か。
牢獄の前に二人は佇む。
「さて、どうしたものか?」
しゃがみ込んだ康泰は膝の上で頬杖を付き、泥を纏う天使を見下ろした。
ふと、天使―モニスの指先に目が向く。ほんの僅かに透けているような、崩れ落ちているような。
その様をじっと見つめて天使から感じたのは、焦り。
「ああ、それは駄目だな」
ずろりと康泰の影から這い出たのは、漆黒の大蛇。格子の間から中へと入り込み、モニスの影へと潜り込む。
その瞬間。
「かっ、は!」
意識が無いはずのモニスが苦しみ出し、地面を掻いた。薄れていた指先は、実体を取り戻す。手の甲に浮かぶ鱗の痕は、腕や喉元、足にまで浮かび上がる。蛇が獲物を締め付けるように。
毒に侵されているような苦しみ様は、天恵で構成された天使の体が魔力に拒否反応を示している証拠だ。
「ああ、ごめんね」
悪びれる様子も無い、表面的な謝罪が投げ掛けられれば、体内の激痛は僅かに軽減された。それでも痛みがモニスを苛む。しかし、顔を上げる事は出来た。
違えようも無い天使の顔に、康泰は「こんにちは」と笑みを浮かべて見せた。
「そうそう簡単に逃がしたくなかったんで、我慢して貰えると嬉しいんですがね」
投げつけられた言葉のなんと横暴で傲慢な事か。
こふりと少量の血を吐き出しながら、モニスは驚愕の眼差しを康泰に向けた。その奥には、恐怖が滲む。
「本当は、魔力に適応するように体を作り変えるのが手っ取り早いんでしょうけど、それをやるとあなたの上司にバレちゃいそうで」
何とも恐ろしい事を平然と言ってのけるのかと、康泰の傍でロイウェンはため息を吐き出した。
「モニス・マナ=ケルブ」
声を掛ければ、モニスは弾かれたようにロイウェンを見上げ、その双眸を更に開いて見せた。
「貴様は…なぜ…っ!」
痛みの事など頭から離れ、モニスはその顔色を蒼くする。狼狽する様子を見下ろしながら、ロイウェンの唇は悠然と弧を描く。
「なぜ?此処は我が領域。居ても可笑しい事は何も無いだろう?」
「っ、そのような戯言に付き合う義理は無いっ!貴様は自身に封印を掛けていたはずだ!なぜ目覚めているのだっ!」
ロイウェンが首を傾げれば、金糸がするりと肩を撫でた。
「なぜ?それをお前に教える必要が?」
眇められた闇色の双眸は、不機嫌に煌く。
モニスの双眸はとうとう恐怖に支配され、全身が小刻みに震え出し始めたのを康泰は気が付いた。
「とりあえず、話し相手はあの人じゃなくてこっちなんで、聞いて貰ってもいいですかね?」
そろりと戻って来たモニスの双眸に、自我は保っているようだと安堵する。
「長い事、ここに攻め込んでいるようですけど、なんか理由でもあるんですかね?」
問いに、モニスは小さく首を振る。知らない、と。
「ケルブ…智天使の称号を持つあなたが知らない事はないでしょう?」
琥珀の双眸がゆっくりと眇められ、同時に、体に巻きつく見えない大蛇の締め付けが強くなる。
「ぅ、くっ」
上手く呼吸が出来ない。死ぬ事が無くとも痛みはあるし、苦しみもある。
息の根を止められた方がモニスにとっては好都合。だが、それを許さぬ絶妙な加減で持って責め苦を負う。
「何も知らないはずが無いでしょう?攻め込むのならば、何かしらの益が無いと可笑しいですよね?」
「ほ、とうっに…!」
がりがりと地面を掻く。指先に傷が付き、僅かに血を流した。
呟き、ロイウェンはするりと立ち上がった。繋がれた手を引かれ、康泰も立ち上がらざるを得ない。
ロイウェンが歩むまま、その背を追う。
離れ行く西洋風東屋とロイウェンの背を見比べながら、茶会の片付けがまだだと言えば、侍女がすると返って来る。
「以前、天使の襲撃があっただろう」
「え、あ、うん。ミオンさんが追っ払った奴…?」
「そう…正確には、追い払わずに捕らえている」
何の為に。眉間に深い皺を刻み込み、生かす意味を問う。
「アレを潰したとて意味は無い。天界で再び生まれ落ちて、天帝の命で襲撃に来るだろうよ」
天使族は命すらも『天恵』で賄っている。いずこかで果てたとて、同じ名を持ち、記憶を有する者が生まれるだけ。
「それもまた面倒だからな、今まで潰しはせずにある程度で撤退に追い込んでは居たが…」
転移陣に辿り着く。
ロイウェンは自身よりも低い位置にある康泰の顔を見下ろした。
「ツガイも守れぬ愚図になる前に、手を打たねばならんだろうな」
ゆるりと笑んだ顔を淡い光が遮り、着いた先は極寒の地。魔皇の魔力に保護されぬそこは、吐き出す息をも凍らせる。
「守るって言われてもねー…」
「いざ、と言う時の話だ。それまでは、無理をしない範囲で好きにすれば良い」
きらきらと零れ落ちて行く氷の結晶を見つめながら、足を進めて行けば、下り階段が姿を現した。階下では篝火が揺れ、影を躍らせる。
階段も半ばに差し掛かると、寒さが更に強くなるのを感じたが、凍えるほども無いのは前を歩く男のツガイゆえなのか。
明かりは篝火だけ。ほの暗い洞窟は整備らしい整備もされておらず、長い間人が訪れる事が無かったのだろうと察するほどには空気が悪かった。
暗鬱とした薄闇の中、淡い光を放つ『何か』が地面に伏せている。生命の気配は感じない。だが、僅かな魔力の蠢きを感じ取る。魔力ではなく、『天恵』か。
牢獄の前に二人は佇む。
「さて、どうしたものか?」
しゃがみ込んだ康泰は膝の上で頬杖を付き、泥を纏う天使を見下ろした。
ふと、天使―モニスの指先に目が向く。ほんの僅かに透けているような、崩れ落ちているような。
その様をじっと見つめて天使から感じたのは、焦り。
「ああ、それは駄目だな」
ずろりと康泰の影から這い出たのは、漆黒の大蛇。格子の間から中へと入り込み、モニスの影へと潜り込む。
その瞬間。
「かっ、は!」
意識が無いはずのモニスが苦しみ出し、地面を掻いた。薄れていた指先は、実体を取り戻す。手の甲に浮かぶ鱗の痕は、腕や喉元、足にまで浮かび上がる。蛇が獲物を締め付けるように。
毒に侵されているような苦しみ様は、天恵で構成された天使の体が魔力に拒否反応を示している証拠だ。
「ああ、ごめんね」
悪びれる様子も無い、表面的な謝罪が投げ掛けられれば、体内の激痛は僅かに軽減された。それでも痛みがモニスを苛む。しかし、顔を上げる事は出来た。
違えようも無い天使の顔に、康泰は「こんにちは」と笑みを浮かべて見せた。
「そうそう簡単に逃がしたくなかったんで、我慢して貰えると嬉しいんですがね」
投げつけられた言葉のなんと横暴で傲慢な事か。
こふりと少量の血を吐き出しながら、モニスは驚愕の眼差しを康泰に向けた。その奥には、恐怖が滲む。
「本当は、魔力に適応するように体を作り変えるのが手っ取り早いんでしょうけど、それをやるとあなたの上司にバレちゃいそうで」
何とも恐ろしい事を平然と言ってのけるのかと、康泰の傍でロイウェンはため息を吐き出した。
「モニス・マナ=ケルブ」
声を掛ければ、モニスは弾かれたようにロイウェンを見上げ、その双眸を更に開いて見せた。
「貴様は…なぜ…っ!」
痛みの事など頭から離れ、モニスはその顔色を蒼くする。狼狽する様子を見下ろしながら、ロイウェンの唇は悠然と弧を描く。
「なぜ?此処は我が領域。居ても可笑しい事は何も無いだろう?」
「っ、そのような戯言に付き合う義理は無いっ!貴様は自身に封印を掛けていたはずだ!なぜ目覚めているのだっ!」
ロイウェンが首を傾げれば、金糸がするりと肩を撫でた。
「なぜ?それをお前に教える必要が?」
眇められた闇色の双眸は、不機嫌に煌く。
モニスの双眸はとうとう恐怖に支配され、全身が小刻みに震え出し始めたのを康泰は気が付いた。
「とりあえず、話し相手はあの人じゃなくてこっちなんで、聞いて貰ってもいいですかね?」
そろりと戻って来たモニスの双眸に、自我は保っているようだと安堵する。
「長い事、ここに攻め込んでいるようですけど、なんか理由でもあるんですかね?」
問いに、モニスは小さく首を振る。知らない、と。
「ケルブ…智天使の称号を持つあなたが知らない事はないでしょう?」
琥珀の双眸がゆっくりと眇められ、同時に、体に巻きつく見えない大蛇の締め付けが強くなる。
「ぅ、くっ」
上手く呼吸が出来ない。死ぬ事が無くとも痛みはあるし、苦しみもある。
息の根を止められた方がモニスにとっては好都合。だが、それを許さぬ絶妙な加減で持って責め苦を負う。
「何も知らないはずが無いでしょう?攻め込むのならば、何かしらの益が無いと可笑しいですよね?」
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