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第4章
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傍観者を決め込んでいたロイウェンは、いまだ動こうとしないモニスへと目を向ける。かち合った双眸に恐怖が浮かぼうとも、気に掛ける義理はない。
「誓約せよ」
重い声に、強い魔力が宿る。双眸の『魔皇の刻印』がふわりと柔い光を纏った。
「ひとつ、天恵を使役する事能わず。ひとつ、冥幻魔界の概況を口外する事能わず。ひとつ、我が身のみで歩む事能わず」
ゆるりとまばたき、『刻印』の光が一層強くなる。
「ひとつ、星呂康泰を害する事、能わず。どれかひとつでも反故せし時、己が身の終焉と刻め」
圧倒的な力だった。本来なら結ばれる事の無い、一方的なものである筈の誓約が、本人の了承無しで成立してしまうほどに。
誓約の証としてモニスの左手首の内側に、『魔皇の刻印』の一部が刻まれた。
「終焉って?」
「…秘密だ」
うっそりと微笑むロイウェンに康泰は首を傾げていたが、モニスは自分に見えない手枷を付けた男を見上げて震えた。魔皇が個人を対象に誓約を強制的に刻み込んだ。それだけで、自身の体を作り変えた男が何者なのか察せられた。
「…まあ、いいや。さっさと戻ろう」
モニス=ケルブ。
名を紡がれ、モニスはそろりと康泰に視線を向ける。見遣った先の康泰の表情は、先ほどとは打って変わって年相応のものだ。それだけで、ほうと少しだけ安堵の息をついた。
「なん、ですか…」
従う訳ではない。侍る訳ではない。それでも、傅くべき相手に震える声で形ばかりの丁寧さを添えて返す。
「あんたも行きますよ。で、天帝にバレるか、俺が飽きるかまで、おままごとして遊びましょう」
我関せずで先を歩く魔皇に並んだ康泰の背をしばし眺め、そろりと足を踏み出した。
「…あの」
小さいながらも、確かな呼びかけに康泰は振り返る。
「私は、あなたの名を知らない。…おままごとも、配役が無ければ成り立たないでしょう…?」
自分の言葉に、何を言っているんだとモニスは舌打ちをしたくなった。まるで、現状を受け入れたかのような言葉だ。受け入れたくはない、が、受け入れざるを得ない現状を。
思いも寄らぬ問い掛けに、康泰は一瞬だけきょとりとまばたき、くふりと笑う。
「それもそうですね。星呂康泰って名前です。コータって呼ばれてます。配役は…んー、そのうち自然と決まりますよ」
さあさあ、行きましょう。
促されて進めた足は、先程よりも幾分か軽く感じた。
***
招かれたのは康泰が住まう居館の一室。転移陣を設けてある小さな部屋だ。
戸を押し開けば、シュノアが綺麗な礼をとって三人を向かえた。
「ただいま、シュノアさん」
「お帰りなさいませ、ロイウェン皇、コータ様」
色の違う双眸が二人の後ろに佇むモニスを一瞥すれば、視線の先のモニスは息を詰めて僅かに顎を引く。しかし、シュノアは何を言う事も無く、モニスから視線を外して康泰へと向き直った。
「部屋の準備は整っております。宜しければ、私の引継ぎが終わり次第、案内をいたしましょう。それまでは広間にてお過ごしください。それとマリが夕食はどうするのか、と…」
モニスの姿を見ても何も言わないシュノアに、康泰は二度三度まばたいた。何かしらの苦言を呈されるかもしれないと覚悟をしていたのだが。
困惑する康泰の思考を察したのか、シュノアは苦笑を滲ませた。
「近衛隊の者は、地下牢の事をある程度把握する事が出来ます。ゆえに、モニス=ケルブとのやり取りもある程度は…」
「それは初耳だ…この事、ミオンさんは?」
特段、隠し立てする気も無いし、勝手な事をと怒られるのも覚悟の上だ。それでも、出来得る限り怒られたくはない。
「簡潔に伝えております。コータ様が新しい玩具で遊ばれるようだ、と」
新しい玩具。あながち間違ってはいないのかも知れない。だが、『玩具』と称された本人は言葉にはしないが些か不満そうである。
シュノアを先頭に辿り着いた広間の扉を開ければ、小さな茶会の準備が整えられていた。
「それでは、私は一度退席いたします」
失礼しますと頭を下げたシュノアを見送り、康泰とロイウェンは対面でソファーに腰を下ろしたが、モニスは扉の前に佇んだまま動かない。
「お茶、冷めますよ」
「気狂いめいた児戯を後悔する日が来ますよ…?」
諦念を込めたモニスの忠告は、最後の良心か。それを受け止め、康泰は吐息で笑う。
「後悔するかもしれないし、しないかもしれない。まあ、出来る限り、後悔しない方向に転がるよう頑張りますよ」
豆茶の芳ばしい香りにほうと息を吐き出し、そろりとひと口。満足げな吐息が零れ落ちる。
モニスの視線はロイウェンへと向けられた。
「…報復があるやも」
「貴様如きでか」
浮かべられた冷笑に、瞬時に怒りが湧きあがるが、遠くにいる冷静な自分がそれもそうだと納得してしまう。その地位が高いと言えど、天帝が寵愛するのはたった一人の熾天使だと天使族は知っている。
「言わせて貰うならば、私が眠りに就いていたのにも関わらず、結界を崩せぬのならば話にならん」
天帝と魔皇の力は拮抗している。それは、正しい。しかしながら、いくら力が拮抗していようとも、何百年と手が加えられる事の無かった結界を突き崩せぬのならば程度が知れると言うもの。
そして、今、ロイウェンの手の内にはツガイがいる。唯一の支柱が傍に居る。
「報復なり何なり、好きにするが良い」
それこそ児戯よ。
容赦のない言葉に、モニスは歯噛みした。ぎしりと奥歯が軋む。
「凄い自信家。嫌いじゃないよ」
康泰が拳で口元を隠しながらくつくつと笑えば、ロイウェンはその柳眉を僅かに跳ね上げて事実だと態度で語る。
何の気負いもない二人を見て、心配するだけ馬鹿馬鹿しいとモニスはため息を吐き出した。
「何が起ころうと、私は知りませんから」
お好きになさいと、モニスは少しばかり乱雑に康泰の隣に腰を下ろし、その振動で小さく揺れた康泰は堪えきれずに小さく声を上げて笑った。
「誓約せよ」
重い声に、強い魔力が宿る。双眸の『魔皇の刻印』がふわりと柔い光を纏った。
「ひとつ、天恵を使役する事能わず。ひとつ、冥幻魔界の概況を口外する事能わず。ひとつ、我が身のみで歩む事能わず」
ゆるりとまばたき、『刻印』の光が一層強くなる。
「ひとつ、星呂康泰を害する事、能わず。どれかひとつでも反故せし時、己が身の終焉と刻め」
圧倒的な力だった。本来なら結ばれる事の無い、一方的なものである筈の誓約が、本人の了承無しで成立してしまうほどに。
誓約の証としてモニスの左手首の内側に、『魔皇の刻印』の一部が刻まれた。
「終焉って?」
「…秘密だ」
うっそりと微笑むロイウェンに康泰は首を傾げていたが、モニスは自分に見えない手枷を付けた男を見上げて震えた。魔皇が個人を対象に誓約を強制的に刻み込んだ。それだけで、自身の体を作り変えた男が何者なのか察せられた。
「…まあ、いいや。さっさと戻ろう」
モニス=ケルブ。
名を紡がれ、モニスはそろりと康泰に視線を向ける。見遣った先の康泰の表情は、先ほどとは打って変わって年相応のものだ。それだけで、ほうと少しだけ安堵の息をついた。
「なん、ですか…」
従う訳ではない。侍る訳ではない。それでも、傅くべき相手に震える声で形ばかりの丁寧さを添えて返す。
「あんたも行きますよ。で、天帝にバレるか、俺が飽きるかまで、おままごとして遊びましょう」
我関せずで先を歩く魔皇に並んだ康泰の背をしばし眺め、そろりと足を踏み出した。
「…あの」
小さいながらも、確かな呼びかけに康泰は振り返る。
「私は、あなたの名を知らない。…おままごとも、配役が無ければ成り立たないでしょう…?」
自分の言葉に、何を言っているんだとモニスは舌打ちをしたくなった。まるで、現状を受け入れたかのような言葉だ。受け入れたくはない、が、受け入れざるを得ない現状を。
思いも寄らぬ問い掛けに、康泰は一瞬だけきょとりとまばたき、くふりと笑う。
「それもそうですね。星呂康泰って名前です。コータって呼ばれてます。配役は…んー、そのうち自然と決まりますよ」
さあさあ、行きましょう。
促されて進めた足は、先程よりも幾分か軽く感じた。
***
招かれたのは康泰が住まう居館の一室。転移陣を設けてある小さな部屋だ。
戸を押し開けば、シュノアが綺麗な礼をとって三人を向かえた。
「ただいま、シュノアさん」
「お帰りなさいませ、ロイウェン皇、コータ様」
色の違う双眸が二人の後ろに佇むモニスを一瞥すれば、視線の先のモニスは息を詰めて僅かに顎を引く。しかし、シュノアは何を言う事も無く、モニスから視線を外して康泰へと向き直った。
「部屋の準備は整っております。宜しければ、私の引継ぎが終わり次第、案内をいたしましょう。それまでは広間にてお過ごしください。それとマリが夕食はどうするのか、と…」
モニスの姿を見ても何も言わないシュノアに、康泰は二度三度まばたいた。何かしらの苦言を呈されるかもしれないと覚悟をしていたのだが。
困惑する康泰の思考を察したのか、シュノアは苦笑を滲ませた。
「近衛隊の者は、地下牢の事をある程度把握する事が出来ます。ゆえに、モニス=ケルブとのやり取りもある程度は…」
「それは初耳だ…この事、ミオンさんは?」
特段、隠し立てする気も無いし、勝手な事をと怒られるのも覚悟の上だ。それでも、出来得る限り怒られたくはない。
「簡潔に伝えております。コータ様が新しい玩具で遊ばれるようだ、と」
新しい玩具。あながち間違ってはいないのかも知れない。だが、『玩具』と称された本人は言葉にはしないが些か不満そうである。
シュノアを先頭に辿り着いた広間の扉を開ければ、小さな茶会の準備が整えられていた。
「それでは、私は一度退席いたします」
失礼しますと頭を下げたシュノアを見送り、康泰とロイウェンは対面でソファーに腰を下ろしたが、モニスは扉の前に佇んだまま動かない。
「お茶、冷めますよ」
「気狂いめいた児戯を後悔する日が来ますよ…?」
諦念を込めたモニスの忠告は、最後の良心か。それを受け止め、康泰は吐息で笑う。
「後悔するかもしれないし、しないかもしれない。まあ、出来る限り、後悔しない方向に転がるよう頑張りますよ」
豆茶の芳ばしい香りにほうと息を吐き出し、そろりとひと口。満足げな吐息が零れ落ちる。
モニスの視線はロイウェンへと向けられた。
「…報復があるやも」
「貴様如きでか」
浮かべられた冷笑に、瞬時に怒りが湧きあがるが、遠くにいる冷静な自分がそれもそうだと納得してしまう。その地位が高いと言えど、天帝が寵愛するのはたった一人の熾天使だと天使族は知っている。
「言わせて貰うならば、私が眠りに就いていたのにも関わらず、結界を崩せぬのならば話にならん」
天帝と魔皇の力は拮抗している。それは、正しい。しかしながら、いくら力が拮抗していようとも、何百年と手が加えられる事の無かった結界を突き崩せぬのならば程度が知れると言うもの。
そして、今、ロイウェンの手の内にはツガイがいる。唯一の支柱が傍に居る。
「報復なり何なり、好きにするが良い」
それこそ児戯よ。
容赦のない言葉に、モニスは歯噛みした。ぎしりと奥歯が軋む。
「凄い自信家。嫌いじゃないよ」
康泰が拳で口元を隠しながらくつくつと笑えば、ロイウェンはその柳眉を僅かに跳ね上げて事実だと態度で語る。
何の気負いもない二人を見て、心配するだけ馬鹿馬鹿しいとモニスはため息を吐き出した。
「何が起ころうと、私は知りませんから」
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