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第8章
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涼やかな風が吹き抜け、緑に囲まれた白亜の城。初めて近場で見た王城は、とても美しかった。
謁見の間。エリザベートとメリディアは玉座の前に跪き、当代王妃の入室を待っていた。
「クルシア=ジュエラのご入室です」
衛兵の宣言の後、扉が開かれた。
プラチナの波打つ髪を頭頂部でひとつに結い上げ、眦の吊り上がった緋色の隻眼。左目は黒革の眼帯で覆い隠されている。
『将軍』とあだ名される風天地区の統治者、クルシア・リズ。怪鳥族の女傑である。
「楽にするがいい」
顔を上げれば、クルシアの姿は玉座に無く、メリディアが思っていた以上に近場に居た。エリザベートの正面に胡坐を掻いて床に座り込んでいたのである。
その姿に驚いたが、喜色を隠しもしない表情にも驚いた。
「久しぶりだな、エリザベート」
「お久しぶりです、お姉さま」
そう言って笑うエリザベートの表情は、メリディアが見た事の無い少女のような可愛らしいものだった。
「その子が君の娘か」
「ええ、メリディアと申します。メリディア、クルシア様はわたくしの幼馴染のお姉さまよ」
「クルシア王、わたくしはメリディア・ファラスと申します。以後、よしなに」
見下ろす訳にもいかない為に淑女の礼が取れないが、膝に手を重ね、深々と頭を下げる。
「うん、君が育てたにしては愛らしい子だ」
「あら、酷い言われようですわ」
「そうか…この子が…」
にこにこと人好きのする笑みで、クルシアは戸惑うメリディアの事を見つめている。否、値踏みしている。
そして、その双眸の奥にちらちらと燃える憎悪の火。
(なぜ…?)
メリディアはその胸の内で首を傾げる。王妃に拝謁するのは今回が初めてだ。憎まれる理由はない。
無いのだが。
はたと思い当たる事があった。
(母とクイーンは幼馴染…クイーンとクルシア王は幼馴染…もしかしたら、母と王も幼馴染…)
―嗚呼、何だか嫌な予感がする。
そろりとため息を吐き出し、無遠慮な視線に対してにこりと笑みを返した。
「クイーンには大変よくしていだいてたおります」
「…そうか。何か不自由があればワタシに言いたまえ。可能な限り、援助をしよう」
そう言って、口元だけで微笑んだ。
(ああ、こわいこわい)
胸の奥でくつくつと笑う。その目を見て、そうかと腑に落ちた。
(心とは、実に面倒だ事…)
思うものの、目は逸らさない。何だか癪だったから。
その時、慌ただしい足音が駆け込んで来た。
「御歓談中失礼いたします…!」
「何だ、騒々しい」
クルシアはふいと視線を逸らし、駆け込んで来た近衛兵に苦々しい表情を向ける。
「も、申し訳ございません…!あの、へ、陛下がお越しですっ!」
メリディアもエリザベートもクルシアも、みながみな、一瞬聞き間違いかと思った。が、それも束の間、即座に立ち上がる。
入り口に大きな人影が動いた。
「急な訪い、すまんな」
低く、少しだけ鼻にかかったような甘い声が謁見の間に響いた。声に含まれる魔力がビリビリと肌を刺す。極力抑えているであろう魔力は、それでも弱き者をひれ伏させるのに十分な威力を有していた。
姿を現したのは、逞しい肉体に豊かな白銀の鬣を持つ獅子の獣人。獅子族の魔皇フォーリァ・ティアン。
そして、その後ろを歩くのは、黒衣を纏う美しい少年。
「なんて…美しい…」
メリディアの唇から、囁くようにほろりと落ちた言の葉。
夜闇の双眸、艶めかしい黄金の長い髪。少年に全身の感覚を奪われたような錯覚を起こす。
「ようこそ、陛下。ようこそ、ロイウェン様」
クルシアは喜色を隠す事も無く微笑み、二人の男に礼を取った。倣うようにエリザベートとメリディアも臣下の礼を贈る。
「楽にしてくれ。今日は公的な訪問ではないからな」
鷹揚に笑うフォーリァ皇に、三人は姿勢を戻した。
「吸血鬼一族の末姫が訪うと聞き、近くに来る用事もあったゆえ、そのついでに顔でも見られればと思ってな」
ぱちりとフォーリァ皇と目が合った瞬間、メリディアの細い肩がびくりと跳ねる。穏やかな空気を纏っているはずなのに、微笑むフォーリァ皇に畏怖を覚える。
「御尊顔を拝しまして、恐悦至極にございます…わたくしは吸血鬼族首領ガーナード・ヴァリー公が第二十四子、メリディア・ファラスと申します。以後、お見知りおきを…」
そう言ってドレスの裾を少しだけ摘まみ上げ、淑女の礼を取る。
「ふむ、聡明そうな姫だ。そして、何とも」
―血腥い。
きしりと心臓が軋んだ気がした。
それを察したのか、フォーリァ皇は柔和な笑みを浮かべ、その大きな手をメリディアの細い肩に置いた。温かく、大きな手だ。
「気を悪くしたならすまない。とても吸血鬼族らしく、好ましいと思ったのだ。顔を上げておくれ。私はフォーリァ・ティアンだ」
「ぞ、んじあげております、フォーリァ皇…」
「うむ。そして、コレは諸事情により我が城にて面倒を見ておるロイウェン・グロウ・オーサだ」
フォーリァ皇の言葉に合わせ、少年―ロイウェンは微かに頭を下げた。
「今、コレには喉に封を施しているから喋る事は出来ん。挨拶をせぬ無礼を許せ」
「それは構わぬのですが…制御が?」
クルシアが問えば、フォーリァ皇は緩く首を振った。
「いや、制御は問題ないのだが、制御して尚周囲への影響が大きいゆえ、最終階層を離れるときは封術を掛けておるのだ」
「まあ…それほどまでに…」
フォーリァ皇、クルシア、エリザベートがため息交じりに話す中、メリディアの意識はそこになかった。
ロイウェンの圧倒的な魔力量に心奪われ、己の血腥い魔力とは違う美しい魔力に酷い劣等感と深い陶酔感を覚えた。
今までこれほどに他者に惹き付けられた事は無く、初めて荒れた自身の胸の内に困惑しつつも、それを一切表には出さず楚々とエリザベート傍に控えていた。
「メリディア、わたくしたちはそろそろお暇いたしましょうか」
「はい」
話が落ち着いた頃、エリザベートはメリディアを振り返る。
「わたくしどもはこれにて失礼いたします」
「フォーリァ皇、クルシア=ジュエラ、お会い出来て光栄でございました」
「うむ、邪魔をして済まなかったな」
「とんでもございません。お会い出来て嬉しゅうございました。それでは…」
エリザベートの臣下の礼に倣い、メリディアも礼を贈って謁見の間を辞した。
城を出て転移陣が刻まれている東屋まで歩く。
「…メリディア」
「はい」
潜められたエリザベートの声は硬い。
「あの方に、ロイウェン様に近付くのは極力避けなさい。関わらずに済むのなら、関わらない方があなたの為だわ」
「…え?」
突然の言葉に、一瞬、何を言われたのか理解が遅れた。
エリザベートは立ち止まり、メリディアを振り返る。倣うようにメリディアも足を止めた。望月の双眸は、強い緊張感を孕んでいる。
「…クイーン?」
常にないエリザベートの様子に、メリディアも戸惑いを隠せない。
「あの方は、美しく、強い。成年となれば、その存在に誰もがひれ伏す。…陛下はお隠しになられていたけれど、ロイウェン様は次期魔王もしくは次期魔皇となられるお方でしょう」
「クイーン、それは…」
慌てて周囲を見渡した。誰かに聞かれでもしたら、大事になり兼ねない。
巡回兵の姿も無く、気配も感じない事に安堵の息を吐き、メリディアはエリザベートに向き直った。
「クイーン、とりあえず城へ戻りましょう。話はそれからでも遅くはないのでしょう?」
メリディアの提案に、エリザベートは自身を落ち着けるようにゆっくりと息を吐き出し、「そうね…」と頷くと東屋へと再び歩き始めた。
謁見の間。エリザベートとメリディアは玉座の前に跪き、当代王妃の入室を待っていた。
「クルシア=ジュエラのご入室です」
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「楽にするがいい」
顔を上げれば、クルシアの姿は玉座に無く、メリディアが思っていた以上に近場に居た。エリザベートの正面に胡坐を掻いて床に座り込んでいたのである。
その姿に驚いたが、喜色を隠しもしない表情にも驚いた。
「久しぶりだな、エリザベート」
「お久しぶりです、お姉さま」
そう言って笑うエリザベートの表情は、メリディアが見た事の無い少女のような可愛らしいものだった。
「その子が君の娘か」
「ええ、メリディアと申します。メリディア、クルシア様はわたくしの幼馴染のお姉さまよ」
「クルシア王、わたくしはメリディア・ファラスと申します。以後、よしなに」
見下ろす訳にもいかない為に淑女の礼が取れないが、膝に手を重ね、深々と頭を下げる。
「うん、君が育てたにしては愛らしい子だ」
「あら、酷い言われようですわ」
「そうか…この子が…」
にこにこと人好きのする笑みで、クルシアは戸惑うメリディアの事を見つめている。否、値踏みしている。
そして、その双眸の奥にちらちらと燃える憎悪の火。
(なぜ…?)
メリディアはその胸の内で首を傾げる。王妃に拝謁するのは今回が初めてだ。憎まれる理由はない。
無いのだが。
はたと思い当たる事があった。
(母とクイーンは幼馴染…クイーンとクルシア王は幼馴染…もしかしたら、母と王も幼馴染…)
―嗚呼、何だか嫌な予感がする。
そろりとため息を吐き出し、無遠慮な視線に対してにこりと笑みを返した。
「クイーンには大変よくしていだいてたおります」
「…そうか。何か不自由があればワタシに言いたまえ。可能な限り、援助をしよう」
そう言って、口元だけで微笑んだ。
(ああ、こわいこわい)
胸の奥でくつくつと笑う。その目を見て、そうかと腑に落ちた。
(心とは、実に面倒だ事…)
思うものの、目は逸らさない。何だか癪だったから。
その時、慌ただしい足音が駆け込んで来た。
「御歓談中失礼いたします…!」
「何だ、騒々しい」
クルシアはふいと視線を逸らし、駆け込んで来た近衛兵に苦々しい表情を向ける。
「も、申し訳ございません…!あの、へ、陛下がお越しですっ!」
メリディアもエリザベートもクルシアも、みながみな、一瞬聞き間違いかと思った。が、それも束の間、即座に立ち上がる。
入り口に大きな人影が動いた。
「急な訪い、すまんな」
低く、少しだけ鼻にかかったような甘い声が謁見の間に響いた。声に含まれる魔力がビリビリと肌を刺す。極力抑えているであろう魔力は、それでも弱き者をひれ伏させるのに十分な威力を有していた。
姿を現したのは、逞しい肉体に豊かな白銀の鬣を持つ獅子の獣人。獅子族の魔皇フォーリァ・ティアン。
そして、その後ろを歩くのは、黒衣を纏う美しい少年。
「なんて…美しい…」
メリディアの唇から、囁くようにほろりと落ちた言の葉。
夜闇の双眸、艶めかしい黄金の長い髪。少年に全身の感覚を奪われたような錯覚を起こす。
「ようこそ、陛下。ようこそ、ロイウェン様」
クルシアは喜色を隠す事も無く微笑み、二人の男に礼を取った。倣うようにエリザベートとメリディアも臣下の礼を贈る。
「楽にしてくれ。今日は公的な訪問ではないからな」
鷹揚に笑うフォーリァ皇に、三人は姿勢を戻した。
「吸血鬼一族の末姫が訪うと聞き、近くに来る用事もあったゆえ、そのついでに顔でも見られればと思ってな」
ぱちりとフォーリァ皇と目が合った瞬間、メリディアの細い肩がびくりと跳ねる。穏やかな空気を纏っているはずなのに、微笑むフォーリァ皇に畏怖を覚える。
「御尊顔を拝しまして、恐悦至極にございます…わたくしは吸血鬼族首領ガーナード・ヴァリー公が第二十四子、メリディア・ファラスと申します。以後、お見知りおきを…」
そう言ってドレスの裾を少しだけ摘まみ上げ、淑女の礼を取る。
「ふむ、聡明そうな姫だ。そして、何とも」
―血腥い。
きしりと心臓が軋んだ気がした。
それを察したのか、フォーリァ皇は柔和な笑みを浮かべ、その大きな手をメリディアの細い肩に置いた。温かく、大きな手だ。
「気を悪くしたならすまない。とても吸血鬼族らしく、好ましいと思ったのだ。顔を上げておくれ。私はフォーリァ・ティアンだ」
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ロイウェンの圧倒的な魔力量に心奪われ、己の血腥い魔力とは違う美しい魔力に酷い劣等感と深い陶酔感を覚えた。
今までこれほどに他者に惹き付けられた事は無く、初めて荒れた自身の胸の内に困惑しつつも、それを一切表には出さず楚々とエリザベート傍に控えていた。
「メリディア、わたくしたちはそろそろお暇いたしましょうか」
「はい」
話が落ち着いた頃、エリザベートはメリディアを振り返る。
「わたくしどもはこれにて失礼いたします」
「フォーリァ皇、クルシア=ジュエラ、お会い出来て光栄でございました」
「うむ、邪魔をして済まなかったな」
「とんでもございません。お会い出来て嬉しゅうございました。それでは…」
エリザベートの臣下の礼に倣い、メリディアも礼を贈って謁見の間を辞した。
城を出て転移陣が刻まれている東屋まで歩く。
「…メリディア」
「はい」
潜められたエリザベートの声は硬い。
「あの方に、ロイウェン様に近付くのは極力避けなさい。関わらずに済むのなら、関わらない方があなたの為だわ」
「…え?」
突然の言葉に、一瞬、何を言われたのか理解が遅れた。
エリザベートは立ち止まり、メリディアを振り返る。倣うようにメリディアも足を止めた。望月の双眸は、強い緊張感を孕んでいる。
「…クイーン?」
常にないエリザベートの様子に、メリディアも戸惑いを隠せない。
「あの方は、美しく、強い。成年となれば、その存在に誰もがひれ伏す。…陛下はお隠しになられていたけれど、ロイウェン様は次期魔王もしくは次期魔皇となられるお方でしょう」
「クイーン、それは…」
慌てて周囲を見渡した。誰かに聞かれでもしたら、大事になり兼ねない。
巡回兵の姿も無く、気配も感じない事に安堵の息を吐き、メリディアはエリザベートに向き直った。
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