93 / 97
第8章
8
しおりを挟む***
「は…?」
低い声が桜色の唇から零れ落ち、その可憐な顔立ちは何とも言い難い感情に歪んだ。康泰はその奇特なものを見るような眼差しを正面で受け止めた。
「もう一度、宜しいかしら?わたくしに、あなたの、従僕魔になれ、と…?」
唖然としたメリディアの声は震えていた。今まで女帝として生きて来た彼女にとって、皇以外の誰かに跪くなど屈辱以外の何物でもなかった。だが、康泰は違うと笑う。
「護衛だよ、護衛。従僕魔はリィだけで十分だ。あなたなら察してくれるだろうが、俺の立場は思っている以上に不安定だ」
歪めた表情もそのままに、メリディアは頷いた。
「…そうですわね。現状のあなたは、あくまでヴィヴィアンの客人であり、正式な『皇妃』として入城している訳でも無い。…けれども、我が君と宰相が一番警戒していたのはわたくしでしょうから、わざわざ護衛を付ける必要もないのではなくて?」
ため息交じりの言葉を康泰は再び否定する。
「あなたはあくまでその『危険』の一端でしかない。一番身近な危険が排除されたからと言って、遠い危険が消えてなくなった訳ではなくて、次の『身近な危険』になっただけだ」
康泰が言わんとせん事は分かる。メリディアもそういう風に生きて来たから。しかし、だからと言って今回の申し出に納得が出来るかと言えば、答えは『否』だ。
強いて言うなら、目の前の男は恋敵。報われないと諦念していても感情と言うのはままならないもので、恋心の裏側には常に醜い嫉妬心もある。その嫉妬心でを糧に憎悪が膨らみ、朦朧とした意識の中でも幼稚な行動を多々して来た自覚はある。しかし、謝るつもりは更々無い。後悔も、無い。
知れず、吐息が零れ落ちる。なぜ自分が、と思わない事も無い。が、目の前の男を護衛できる者は数少ない事も分かっていた。康泰自身の魔力が、本人が思っている以上に複雑である事が理由だ。
傍目から見れば強大な魔力ではあるものの、その深く奥底に存在する小さな『宝箱』。注意深く探れば見つけられる繊細なガラス細工のようなそれは、彼の純粋で強暴な『本性』を優しく閉じ込めていた。
(もし、『これ』が表に出て来た時に対処出来る者でなければ、意味がない…)
顎に指先を添え、考える。
「…一応、聞いて差し上げますわ。…わたくしを護衛にと請う理由は?」
「いざと言うとき、俺を殺せるから」
想定していたとは言え、間髪入れず返って来た言葉に息を詰めた。困惑するメリディアとは対照的に、当の本人は何とも愉快気に笑みを浮かべている。
「あなたに祈誓を強要する気はない」
メリディアは眉間に深い皺を刻み込む。
「わたくしを護衛にするならば、祈誓は必定。むざむざその命を差し出すと言うの?それとも、僅かでも忠誠心が芽生えると思って?」
「祈誓が必要な事は、分かってる。だが、祈誓はいざと言うときの足枷にしかならない。あなたに忠誠心を求める気も無い。下手な忠誠心は躊躇いを生む。まあ、そんなものあなたには関係無いだろうが」
「…確かに、わたくしであれば躊躇いの欠片も無く、あなたの首を刎ねるでしょうね」
誅殺が実行出来た暁には、我が身も塵と化すだろうけれども。
「だろう?」
「でも、残念ながらその程度ではわたくしの生きる理由にはなり得ませんわ」
にこりと、可憐に微笑んだ。
気に食わない男をこの手で殺す。それは何とも甘美な誘惑だ。だが、それだけだ。
「わたくしを『女帝』たらしめるのは、最早愛しき我が子のみ」
瞼を閉じれば、幼い頃の我が子が微笑む。ひめさま、と。
「断ち切れた縁は戻らぬ。戻せぬ。なれば、『妾』は傀儡と成りて御方に処される事を望もう」
開かれた双眸は強い光を湛えていた。女帝の名に相応しい眼差しに、康泰は「さて、困った…」と息を吐く。
自分の命以上の手札を康泰は持たない。
(交渉決裂、か…?)
舌打ちをしたくなったが、ふと、メリディアの表情が強張った事に気が付いた。その目が見るのは、己の背後。
「嗚呼…」
吐息のように漏れた声は、驚きと戸惑いに震えていた。敵意を感じない背後の気配を振り返り、康泰は己の口角が吊り上がるのを自覚する。
振り返った先、影に滲む闇の住人が右手を胸に、闇色の異形の左手を背に回して首を垂れていた。
「いらっしゃい、バーズさん」
「ご機嫌麗しく、コータ様」
声は平常。顔を上げないのは、少女のためか。
「お久し振りにございます。メリディア・ファラス=ジュエラ」
「…わたくしはもう、王妃ではないわ…」
「魔皇陛下からの廃妃の公布は、まだ、ございませんので」
メリディアの言葉に、バーズは変わらず執事然とした態度で返した。それでも久方振りの再会ゆえか、メリディアの双眸は潤んで行く。その様は宝石のごとく、美しい。
「バーズ…わたくしの可愛い子…」
様々な感情が入り混じっているのか声は掠れ、震え、それでも優しくその場に響いた。同時に、バーズの空気が揺れる。
「もう、顔を見せてはくれないの…?」
それも仕方が無いだろうと、メリディアが諦めを多分に含んで問い掛ければ、数拍の間を空け、バーズは顔を上げて見せた。その表情は揺れた空気に反して僅かも歪んでおらず、平時と変わらぬ眼差しがメリディアに向けられた。
メリディアはしばらくバーズの顔を見つめ、花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「傷つけたわたくしが言える事ではないけれど……傷は、もう大丈夫なの…?」
「はい」
「もう、苦しくは無い?」
「…はい」
「っ、そう…それなら、良かったわ…」
女帝は笑う。母の顔で。
「長い間、あなたを解放出来なくてごめんなさいね…」
バーズの無事な姿を見つめ、まばたきをひとつ。ほろりとまろび出た涙が一筋、その丸い頬を流れ落ちた。
「本当は、ぁ…あなたの姿を、一目見られるだけで良かった…それだけで良かったのに…」
俯いたメリディアの双眸からは、次から次へと涙が溢れ出る。
「一目見たら、っ、離れがたくなってしまったわ…っ」
覚悟が揺らいでしまった。もう、何も望まない筈だったのに。
小さな嗚咽が響く中、バーズは意を決したように深呼吸をし、一歩踏み出した。
一歩、二歩。ゆっくりとメリディアに近付き、傍に膝をつくと胸元からハンカチを取り出してメリディアの頬に触れた。
90
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。
ボクの名前は、クリストファー。
突然だけど、ボクには前世の記憶がある。
ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て
「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」
と思い出したのだ。
あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。
そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの!
そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ!
しかも、モブ。
繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ!
ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。
どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ!
ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。
その理由の第一は、ビジュアル!
夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。
涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!!
イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー!
ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ!
当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。
ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた!
そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。
でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。
ジルベスターは優しい人なんだって。
あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの!
なのに誰もそれを理解しようとしなかった。
そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!!
ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。
なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。
でも何をしてもジルベスターは断罪された。
ボクはこの世界で大声で叫ぶ。
ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ!
ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ!
最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ!
⭐︎⭐︎⭐︎
ご拝読頂きありがとうございます!
コメント、エール、いいねお待ちしております♡
「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中!
連載続いておりますので、そちらもぜひ♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる