旦那様は魔王様!

狭山ひびき

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旦那様は魔王様≪最終話≫

記憶 1

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 沙良は中庭でぼんやりと空を見上げるのが日課になりつつあった。

 沙良が中庭にいると、シヴァがたまに会いに来てくれる。シヴァは口数が多い方ではないから、ほとんど会話らしい会話はなかったが、隣に座ってくれることが、怖いけれど嬉しくて、沙良はいつの間にかこうして中庭でシヴァを待つようになった。

 たまに、アスヴィルと一緒にお菓子を作って、中庭でそれをシヴァと一緒に食べることもある。

 そうしてすごしはじめて、一週間が過ぎたころだった。

「隣、いいですか?」

 話しかけられて、沙良はびくっと肩を揺らした。

(セリウス様……?)

 セリウスの声だった。けれど話し方はもっと硬くて――、振り返った沙良は、そこに立っていた人物を見て目を丸くする。

 顔立ちはセリウスと瓜二つだった。けれども、髪の色は金髪で、瞳はルビーのような赤。片眼鏡をかけていて、飄々とした雰囲気のセリウスとは違い、生真面目そうな印象を受ける。

(誰……?)

 少し警戒した沙良の横に、沙良の許可を待たずして彼は腰を下ろす。

「はじめまして。私はクラウスと言います。セリウスの双子の弟です、お見知りおきを」

「セリウス様の……?」

 と言うことは、シヴァの弟ということになる。

 なるほど、どうりでセリウスに瓜二つだと思った。双子ならば同じような顔立ちでも不思議はない。

「今日は風が気持ちいいですね」

「……そうですね」

 時折ふわりと吹いていく風は、確かに気持ちがいい。

 けれども沙良に風を感じる余裕はなかった。突然初対面の人が隣に座って、緊張でどうしていいのかわからない。

 膝の上でぎゅっとこぶしを握り締めて黙っていると、クラウスが唐突に、

「セリウスがすべてを話したと言っていました。本当ですか?」

「え?」

「あなたの記憶のことです」

「えっと……、はい」

 初対面の人が沙良が記憶をなくしていることを知っているのには驚いたが、シヴァとセリウスの弟ならば知っていて当然かもしれない。

 沙良が戸惑いながらも頷くと、クラウスは片眼鏡を押し上げて、値踏みするように沙良を見つめてきた。

 じっと凝視されて沙良は落ち着かなくなる。

「それで、セリウスの話を聞いて、あなたはどう思ったのですか?」

「……え?」

「え、ではありません。あなた自身のことでしょう。どうしたいんですか。どう思ったんですか。セリウスとシヴァ兄上、どちらと一緒にいたいと思ったんですか」

 なぜだろう、尋問を受けているような気になる。

 沙良が戸惑っていると、クラウスははあ、と息を吐きだした。

「失礼。こんなことを言っても、あなたはシヴァ兄上が怖いんでしたね」

「それは……」

「誤魔化さなくてもよろしい。もともとセリウスがやらかしたことです。あなたには何の非もありません。ただ……、私が見ていられないだけです」

 クラウスは胸ポケットから小さな小瓶を取り出すと、手の内で弄ぶ。

「他人に全く興味がないあの兄上が、あなたにだけはどうしようもなく執着している。そして同時に、壊れ物のように扱っている。……あなたを見るたびにつらそうで、私には見ていられない」

「ごめんなさい……」

「ですから、あなたのせいではありません」

 クラウスは沙良から視線を外すと、ぼんやりと空を見上げる。

「……あなたの記憶を戻す方法があっても、あの人はあなたを思って試さない。私にはそれが、もどかしくて、同時に悲しくなるだけです」

 沙良は目を見開いた。

「……記憶、戻す方法があるんですか」

 クラウスは横目で沙良を見やった。

「成功するかどうかはわかりませんけどね。可能性があるものはあります」

「どんな方法なんですか?」

 沙良は思わず身を乗り出していた。

 シヴァとすごした日々が思い出せるかもしれない。それを聞くと、心臓がどきどきして苦しくなる。

(シヴァ様のことが、思い出せる……)

 思い出したかった。これ以上、シヴァを怖いと思いたくない。あの優しい人を傷つけたくなかった。

 クラウスは軽く目を見張った。

「……あなたは、兄上のことが怖いのだと思っていましたが……」

「怖いです。でも……でも、シヴァ様が優しいって、知っているんです。できることなら、思い出したい。シヴァ様を怖いと思いたくない」

 クラウスは少し迷うような表情を浮かべたが、無言で手に持っていた小瓶を沙良に差し出した。

 沙良が首を傾げながらそれを受け取ると、真剣な顔をして口を開く。

「失敗したら、あなたは永遠に目覚めないかもしれませんよ。それでもいいんですか?」

 沙良はごくんとつばを飲み込んだ。

「この薬を飲めば、あなたは仮死状態になる。その状態であれば、兄上があなたの心の奥底に眠った記憶を探すこともできるでしょう。でも、失敗したら、あなたの心は壊れて、二度と目を覚ますことがないかもしれない。……よく、考えるといい」

 沙良はじっと手元の小瓶に視線を落とした。

 クラウスはそっと立ち上げると、手を伸ばして沙良の頭を一度だけ撫でた。

「兄上はその方法を諦めました。あなたのために。……今度はあなたが、兄上のためにどうするかを、選択する番です」

 できればまた、こうして話がしたいですねと言って、クラウスは立ち去った。
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