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旦那様は魔王様≪最終話≫

あなたが好き 5

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 カラン――、とウイスキーの入ったグラスを揺らしながら、セリウスはバルコニーから星を眺めていた。

 沙良の記憶が戻ったと、律儀にも報告に来たクラウスの顔を思い出して、セリウスは口をへの字に曲げる。

 そんなこと、わざわざ教えられなくても空気でわかる。

 セリウスはグラスに口をつけて、はあ、とため息をつく。

 そのとき、ふと気配を感じて振り返れば、――直後、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえて、セリウスは投げやりに答えた。

「開いてるよー」

 すると、わずかな間ののち、遠慮がちに部屋の扉がひらく。

 扉から現れた人物に、セリウスはわずかに目を見張った。

「……君が僕のところに来るなんて、今度は一体、どんな文句があるのかな?」

 部屋に入ってきたリザは、チクリとしたセリウスの厭味に目を泳がせたが、意を決したように顔をあげて、持って来たバスケットを差し出した。

「お菓子を、持って来たんです。ラム酒の利いたケーキがお好きだと聞いたので」

「わざわざ? 君が? まさか作ってきたとでも言うの?」

 セリウスはグラスを一気にあおると、冷めた視線をリザに向ける。

 リザは瞳を揺らして、少し傷ついたように見えた。

(……これじゃあ、八つ当たりかな)

 セリウスは息をつくと、バルコニーから部屋の中に入った。

 渡そうとした相手に受け取ってもらえず、所在なさげにバスケットを抱えて立ち尽くすリザに、ゆっくりと歩み寄る。

 ひょいとバスケットを覗き込めば、ほんの少し淵が焦げたケーキが、いくつも入っていた。

 冗談で君が作ったのかと言ってみたが、どうやら本当にリザが作ったようだ。

 驚いたセリウスだったが、どうしてかおかしくなって、小さく吹き出した。

「君、もしかして意外と不器用?」

 ひょいっと少し焦げたケーキを一切れ手づかみで取って、セリウスは無造作に口に中に入れる。

「ラム酒いれすぎ。苦い」

「……すみません」

 しょんぼりとうなだれたリザの手から籠を奪って、セリウスはソファに腰を下ろした。

「座りなよ。何か用なんだろう?」

 この前部屋に来たときのリザは小生意気なことを口にして去っていったというのに、今日はやけにしおらしい。

 ソファにちょこんと腰を下ろしたリザは、エプロンドレスの裾をいじりながら、ちらちらとセリウスの顔を見上げては視線を落としていた。

 セリウスは開いたグラスに酒を注ぎたそうかと考えたが、思い直してパチンと指を鳴らした。

 セリウスとリザの目の前に、それぞれあたたかな紅茶があらわれる。

 紅茶に口をつけると、口に残った強いラム酒の味が妙になじんで、セリウスは二切れ目のケーキに手を伸ばした。

「あ、あの……、お口に合わないようなら、無理をなさらなくても」

「君は、俺が人に気を遣って無理に食べたくないものを食べると思うの?」

「いえ……」

 正直に首を振ったリザに、セリウスは笑う。

「紅茶と一緒に食べたら、意外といけると思っただけ。ま、今度作るなら、ラム酒を半分くらいの量にするんだね」

 二切れ目のケーキを咀嚼して、セリウスは紅茶で喉を潤す。

 リザは、セリウスがティーカップをおくのを待って、小さく頭を下げた。

「この前は……、生意気なことを言って、すみませんでした」

「なに、君、そんなことを言いに来たの?」

 セリウスはあきれた。

 リザは頷くと、視線を下に落としたまま言う。

「殿下のやり方は、卑怯だとは思いましたけど……、でも、沙良様を好きな気持ちは本当だったのに、わたしが横から口をはさむことではありませんでした」

 セリウスは、じっとリザの顔を見つめて、ふとあることに気がついた。

 確かに、彼女が口にした通り、セリウスを卑怯だと責めたことを後悔しているのも本当だろう。だが、今日ここに来たのは、おそらくそうではなく――

「君、俺を慰めようと思ってる?」

 リザの肩がびくっと揺れた。

「一メイドである君が、俺を?」

「……」

 リザは答えなかったが、沈黙が雄弁に語っている。

 セリウスはじーっとリザを睨みつけるように見つめたあとで、ふっと瞳を細めて微笑んだ。

「……そう。ありがとう」

 リザは弾かれたように顔をあげた。

 驚きを隠せない表情を浮かべるリザに、セリウスは苦笑する。

「なに、そんな顔をして。君さ、やっぱり結構失礼だよね? 俺だって、誰かに慰めてほしいときくらいあるよ?」

「あ、いえ……、その。すみません」

 セリウスは、三切れ目のケーキに手を伸ばすと、口に入れずに、ただじっとその焦げている部分を見つめた。

「……誰かをさ、本気でほしいと思ったのは、はじめてだったんだよね」

 ぽつん、とセリウスが言えば、リザが小さく息を呑んだ。

「沙良ちゃんってさ、裏表なくて、純粋で、思ったことがすぐに顔に出て――、あの子を見てると、すごく癒されるんだよね。そうやって見ていたら、どんどんほしくなって――、女の子をさ、純粋に好きだと思ったのは、はじめてだったんだ」

「殿下……」

「でも、女の子の手に入れ方なんて、知らないんだよ、俺。だって、女ってさ、何もしなくても勝手に寄ってきたもん。殿下ぁーとか言ってさ。だから、自分から好きになってもらう方法なんて、俺は知らない」

 結局間違えて、泣かせちゃっただけだったな――、セリウスは自嘲すると、手に持ったラム酒のケーキを口に入れる。もぐもぐと咀嚼して、眉を下げた。

「やっぱりこのケーキ、すごく苦いよ」

 そう言って笑うセリウスの顔が、どうしてか泣いているように見えて、リザはただ黙って彼の顔を見つめ続けたのだった。
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